山本七平botまとめ【「芸」の絶対化と量①】／日本軍の”強さ”の基は受験戦争型の「芸」磨き／～「芸」絶対化の生き方を疑わない日本人～

山本七平bot @yamamoto7hei

1】「…何やかや言ったって日本軍は強かったですよ。あの物量に対してあれだけ頑張ったんですからなぁ。確かに全世界を敵に回したから敗れたんで、こりゃ軍の責任でなく政府・外交の責任でさぁ。それまでこっちの責任に被せられて日本軍の責任にされちゃたまりませんよ」＜『日本はなぜ敗れるのか』

山本七平bot @yamamoto7hei

2】こういった意味の発言をする人は少なくない。そしてそういう人のあげる具体的実例は、その実例があくまでも事実であるだけに、非常に説得力があって反論できない。では、それは果して事実なのであろうか。もし事実とするなら、その「日本軍の強さ」なるものの謎は一体なんなのであろうか。

山本七平bot @yamamoto7hei

3】これは一言でいえば、中小企業・零細企業的な強みなのである。私自身零細企業者なので、両者の相似点については強い実感をもっているが、普通の人へはこの点がなかなか理解しにくいと思うので、具体的な例をあげて比較してみよう。

山本七平bot @yamamoto7hei

4】私の取引先のＴ印刷所は、機械二台、家族だけの零細企業である。その印刷機の一つは、今では恐らく博物館にしかないと思われる、俗にチャンドラという印刷機で、Ｔさんはそれをもう半世紀も使っている。いわば印刷機の三八式歩兵銃である。

山本七平bot @yamamoto7hei

5】だがこのＴ印刷所の”技術”は、高性能総自動化最新式印刷機で刷った印刷物よりはるかに立派であり、Ｔ印刷所ファンの出版社は多い。…大出版社の代表的出版物で、そのカバーとか箱とかの実に鮮明な美術印刷が、実は、この三八式歩兵銃＝チャンドラの製品であるものも決して少なくない。

山本七平bot @yamamoto7hei

6】これは実にすばらしい”技術”であり、従ってどんな不況が来ても、どんな大資本・総機械化・最新式印刷工場と受注を争っても、ある印刷部門に関する限り、Ｔさんは負けない。いわば絶対的な強みをもっているのである。

山本七平bot @yamamoto7hei

7】しかしＴさんがもっているのは、正確にいえば個人のもつ”芸”であっても客体化でぎる”技術”ではない。いわばＴさんの技術は、”武芸”と同じような”印刷芸”であって、正確には、氏から離れて、それだけを系統的に多くの人が同時に学びうる、体系的技術ではない。

山本七平bot @yamamoto7hei

8】またこの”芸”はチャンドラでだけ生かされるもので、氏がチャンドラで素晴らしい印刷をするから、…最新式印刷機ならもっと素晴らしい印刷ができるかといえば、そうではないのである。いわば他に伝えられず、他に利用・転用できない閉鎖的な術、即ち体得した秘術ともいうべきものであろう。

山本七平bot @yamamoto7hei

9】従ってこれを修得するには、Ｔさんのところに徒弟に入って、一対一の秘伝伝授で、体で学びとる以外に方法がない。これを技術と考えるなら、なぜこういう技術が発生したかである。

山本七平bot @yamamoto7hei

10】言うまでもなく零細小企業は、規模・資本その他のすべてが極端にまで制約された企業であり、この制約の中で、”芸”だけで他と競争して生き残ることを要請されている。これはちょうど、武器を日本刀にのみ制限し、この制約の中で、”武芸”だけで優劣を争う行き方と似ている。

山本七平bot @yamamoto7hei

11】従ってこの制約の中で争う限り、この”芸”はいずれの場合であれ、圧倒的な強みを発揮しうる。また客観情勢が偶然にこの制約と一致すれば、同様の効果をもちうる。宮本武蔵が、客観的制約を剣に限定されているなら”百人斬り”も可能であろう。ただし武蔵の術は、機関銃の前には役に立たない。

山本七平bot @yamamoto7hei

12】われわれは、非常に長い間、この一定制約下に「術」ないしは「芸」を争って優劣をきめるという世界に生きてきた。この伝統はいまの受験戦争にもそのまま現われており、ちっとやそっとで消えそうもない。

山本七平bot @yamamoto7hei

13】そしてこの「術・芸」絶対化の世界に生きていると、この「術・芸」が、それを成り立たせている外部的制約が変わっても同様の絶対性を発揮しうるかの如き錯覚を、人びとに抱かすのである。

山本七平bot @yamamoto7hei

14】簡単に言ってしまえば、チャンドラで最高級の印刷ができる者は、それ以上の優秀な機械をつかえばそれ以上の印刷ができるという錯覚であり、これが極限まで追むと「一芸に秀でたものは万能」という考え方をも生む。従って双葉山や呉清源が新興宗教の看板になり得た。

山本七平bot @yamamoto7hei

15】さらにこの考え方は、当然に、チャンドラを大量に揃えれば、輪転機にも対抗でき、チャンドラに徹底的に習熟して”芸”たりうれば、どんな最高の技術にも勝ちうるという考え方にもなる。そして、これがさらに極端にまで進めば、竹ヤリで原爆に対抗できるという発想になる。

山本七平bot @yamamoto7hei

16】こう書くと、戦前の日本人とは何とまあ非科学的なと考えやすいが、実は、戦後も少しも変ってはいない。これがどれくらい変っていないかは、前にも記したが、南京攻略時の『百人斬り競争』の戦前・戦後の扱い方を見ればわかる。この記事が最初に出たのは、言うまでもなく昭和１２年である。

山本七平bot @yamamoto7hei

17】”当時”の人間は非科学的であったから…小銃・機関銃・手榴弾の存在する現在の戦闘において、…日本刀を戦場で使い、その”芸”を活用して、バッタバッタの百人斬りをやって、刀も折れねば本人が負傷もしない、ということを信じ得たとしても、あるいは不思議でないかも知れぬ。

山本七平bot @yamamoto7hei

18】これはいわば武”芸”絶対化の世界である。そして絶対化されれば現実には、日本刀にはこれだけの強度はなく…大坂の陣で宮本武蔵ですら、これを活用でぎなかったという事実は無視されても致し方がない。そしてこれが極限までいけば、竹ヤリで原爆に対抗できるという発想になって当然である。

山本七平bot @yamamoto7hei

19】言うまでもなくこれは、毎日新聞の一特派員の”戦意高揚”のための創作記事だが、問題は、この創作が何の抵抗もなく受けいれられたという事実であって、この道は竹ヤリ対原爆の悲惨な敗滅へとつづいているのである。

山本七平bot @yamamoto7hei

20】そしてこの事実の背後には、徳川時代以来の、外的制約を固定して、それが絶対に動かないという根拠なき信念のもとに、その固定の中で芸をみがき、その芸が極限まで達すれば、外的制約は動かなくてもそれを乗り越え得て万能でありうるという考え方があった。

山本七平bot @yamamoto7hei

21】そしてその伝統的思考パターンが、何の疑問もなく戦後に継承されていることは、この記事が日中ブームの中で、再び #本多勝一 記者によって事実として報ぜられたとき、人びとは無条件でこれを事実として受取ったことによって示されている。

山本七平bot @yamamoto7hei

22】そして事実でない、といえば、文字通りおそるべき抗議文の山となった。抗議の前に、なぜ事実の検証をしようとしないのであろうか。これを抵抗なく事実として受取れる背後にあるものは、依然としてつづく、前述の”芸”絶対化信仰の世界である。

山本七平bot @yamamoto7hei

23】一体われわれは戦後、戦前に比較してどれくらい”科学的”になったのであろうか。小児でも疑問をもって然るべぎ記事を、なぜやすやすと信じてしまうのであろうか。これをやすやすと信じ得た人は、戦争中の日本人を笑う資格はないし、大本営発表を批判する資格もないと私は思う。

山本七平bot @yamamoto7hei

24】そして小松氏が敗戦の最も大きな原因としてあげているのは、この点なのである。【①精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた】

山本七平bot @yamamoto7hei

25】【④将兵の素質低下（精兵は満州〔事変〕、支那事変と緒戦で大部分は死んでしまった】言うまでもなく、この二つは関連している。まず、”芸”の世界が成り立つには、二つの原則が必要である。すなわち、外的制約の同一化ないしは同一水準化、およびその中における無限の訓練である。