山本七平botまとめ【「芸」の絶対化と量②】/日本は「物量で」負けたわけではない/~受験戦争型「芸」磨きの弱点とは~

山本七平著『なぜ日本は敗れるのか―敗因21ヶ条』/第7章 「芸」の絶対化と量/185頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

26】ところがこれがいつの間にか一種の”芸”になってしまい、その”芸”を磨きあげ、練りあげる事が訓練になってしまう。私などは…戦場では絶対に起り得ない様な状況を設定されて、この”芸”の訓練の”しごき”をうけた。そしてこの”芸”の極意に遠した人が射撃の名人とか神様とかいわれた。

2012-09-02 22:28:08
山本七平bot @yamamoto7hei

27】”芸”はこれだけで終わらない。射弾観測といえば「一言」だが、実際には、炸裂する砲弾があげる内煙の基部を瞬時に観測して、眼鏡内の目盛りで、目標との誤差を計らねばならない。煙はすぐに消え、また風で移動するから、文字通り「瞬間的」な一種の「カン」で把える。

2012-09-02 22:57:47
山本七平bot @yamamoto7hei

28】さらにこれが短延期榴弾ともなると、もっと複雑である。これは地表に落ちた砲弾がはねあがって、空中で作裂するように出来ている…信管だが、この場合は砲弾が接地した時の土煙で観測せねばならない。これは、私のような素人の手にはおえない。いわば”名人芸”を要請される観測である。

2012-09-02 23:28:12
山本七平bot @yamamoto7hei

29】だが、このようにして受けた訓練、その結果による”芸”が、果して役立ったであろうか。私はもちろん名人ではなく”名人芸”は持っていなかった。しかし、たとえもっていても、すべてが無駄であったろう。

2012-09-02 23:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

30】というのはジャングルに砲弾が落ちたら煤煙は見えない。たとえ何やらそれらしきものが見えても「基部」は不明である。では、そうなった時、一体どうすればよいのか。この「前提の一変」は”名人芸”ではおぎない得ない問題であり、これだけは幾ら”芸”を磨いても解決がつかない。

2012-09-03 00:27:55
山本七平bot @yamamoto7hei

31】アメリカ軍はこの問題を、いとも簡単に解決した。彼らは我々が「垂直発煙弾」と呼んでいた砲弾を開発した。そして、この構造は、何も難しいものではなかったのであり、日本側でも”芸”に熱中していなければ、すぐに出来る簡単なしろものであった。

2012-09-03 00:57:43
山本七平bot @yamamoto7hei

32】「日本海大海戦」の絵を見たことのある人は、水中に落ちた砲弾が垂直の水柱を吹きあげているのを見たであろう。これは海軍の砲弾が徹甲弾で弾底信管であるから、水中に落ちれば、砲弾の尾部が作製して、中の火薬が水を吹きあげる。

2012-09-03 01:28:00
山本七平bot @yamamoto7hei

33】これが水を水柱に吹きあげるわけだが、同じ型の砲弾を造って、中に発煙剤と少量の火薬を入れておけば、その砲弾は土中にもぐって、自らがあけた穴を筒にして、煙柱を吹きあげる。それがジャングルの樹上高く柱のように吹き上がれば、それだけで、弾着点がわかるわけである。

2012-09-03 01:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

34】言ってしまえばごく簡単な事なのだが、制約を固定した前提を考えて”芸”に熱中している世界では、この簡単な発想すら浮かばないのである。これが造れるか造り得ないかは「物量」の問題ではない。

2012-09-03 02:27:56
山本七平bot @yamamoto7hei

35】このわずかな一工夫もない事のために、練りに練った”芸”は全て無力になってしまう。そのため、砲撃できる「面」が、自己の前提に適合したところに限定されてしまう。…北満(満州)の広野なら、その”芸”も前提に合ったものだったかもしれぬが、南方のジャングルにはその前提自体がない。

2012-09-03 02:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

36】さらに、以上の術は、観測所と砲車とが、電話・無電その他で密接に連絡できない限り成り立たない。しかし、これらの通信手段が常に完備しているとは限らず、戦闘がはじまれば一切の通信手段が破壊されることは十分にありうる。そのとき一体どうするのか。

2012-09-03 03:27:56
山本七平bot @yamamoto7hei

37】私は現地で参謀にこれを貿問したことがある。そのときの返辞は次のようなものであった。「なに、電話が通じんと射撃ができん!キサマそれで砲兵将校か。関東軍では一万メートルでも手旗の逓伝で連絡しとる、訓練を徹底すれば、それだけのことができるんじゃ、ワカッタカ」。

2012-09-03 03:57:41
山本七平bot @yamamoto7hei

38】通常通信能力三百メートルの手旗で、一万の距離に正確に送信することは確かに”名人芸”であり、それは”芸”としては極致であるといえる。しかしそれも、前提あってのことである。確かに北満なら、手旗の連絡も可能であろう。

2012-09-03 04:27:56
山本七平bot @yamamoto7hei

39】ではどうやって、視界ゼロのジャングルで手旗送信ができるのか?もちろんできない。従ってこの参謀には、前提が違えば”芸”の威力は皆無になるという考え方がない。

2012-09-03 04:57:43
山本七平bot @yamamoto7hei

40】…こういう場合”芸”は受験勉強と同じであって、試験のやり方という前提が一変すれば、百点満点が八十点になるという形にならず、零点になってしまう。さらにこの”芸至上主義”は、実情を無視した”神がかり的自信”を発生させる温床になった点で日本軍の致命傷にもなった。

2012-09-03 05:27:55