あるいはこんなエイラーニャ4

エイラいじめに定評のあるlowen_loweさんの久しぶりの新作!
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@lowen_lowe

多方向からの同時攻撃で「今から可能などの位置にも絶対命中弾が来る」未来を見てしまったことでパニックを起こしたエイラは、せめてシールドを張れば半分を防げたことに気づけなかった。細かい赤の光条は、無慈悲にエイラの白い肌を貫き、そしてその華奢な身体に飛ぶ力を失わせる。皆が絶叫する。

2012-10-23 00:37:36
@lowen_lowe

腕、脚、下腹部、胸部、掌、被弾はあらゆる箇所にあった。頭部と重要な臓器を避けていたのが不思議なくらいだ。それでも彼女は片肺と胃、それに右の指の複数と左足を失った。左手と下半身は永久に動かないと宣告され、炭化した傷を切開した痕は痛々しい傷痕になった。

2012-10-23 00:42:36
@lowen_lowe

もう、皆と共に風呂に入ることもできないだろう。エイラは包帯まみれの身体を虚ろな眼でちらと見て、そう思った。ロンドンは晴れていた。看護婦の押す車椅子は病院の庭を周るばかり。似たような少女たちがいくつも見られた。あの娘など盲目のようだ。軍病院はウィッチの墓場だな、そう思う。

2012-10-23 00:45:29
@lowen_lowe

そういえば仲間はどうしただろう?空を眺めながらエイラは思った。暇を見て見舞いに来てくれてもいいだろうに。それとも散髪して入院着になっている自分を発見できなかったか。いやな気分を抑える。今はリハビリだ。せめて自分で車椅子を扱えるようにならねば。

2012-10-23 00:48:09
@lowen_lowe

病院の夜は早い。睡魔がやってくるまでの間にエイラが考えることといえばひとつだ。あぁ、サーニャに会いたいなあ。その思いにふけることが、彼女から全てが一瞬で奪われた現実を忘れさせてくれる。身体の自由、そして仲間たち、居場所。戻るべき祖国はネウロイの手中、奪い返す力を持っていた筈なのに

2012-10-23 00:51:02
@lowen_lowe

基地の医務室で応急処置を済ませ、本土の病院に運ばれるまでの間、エイラの意識は存在しなかった。何がどう行われたのか全くわかっていない。ただ、漠然と、いつかあそこへ戻って、そしてきっとサーニャとまた会話しようと、そうぼんやり思っていた。名誉の負傷、除隊かもしれないが時間と金は困らない

2012-10-23 00:53:08
@lowen_lowe

「苦戦してるのかな」 ラジオから流れる戦局を聴くたび、エイラは思った。指を失った掌でも、自ら車椅子を動かせる程度には回復したが、やはり肺活量の欠如が厳しい。すぐ息切れする。魔力も元に戻らない。もどかしかった。それでも執拗に申請した結果、501の基地へ訪れる許可を得ることができた。

2012-10-23 00:55:24
@lowen_lowe

傷が治りきったわけではない。痛い。そもそもこの傷はもう治らないだろう。神経が直接喚きたてる。道路がデコボコしているからだ。黙れ、身体。車に揺られながら、見覚えのある道に出たとき、エイラは一瞬傷の痛みを忘れ、そして、直後に、何か違っていることを理解した。

2012-10-23 00:58:54
@lowen_lowe

「あれ?」半年振りの光景。それを見たエイラは、言葉を失った。喉が震える。眼を逸らしたいものがそこにはあった。しかし身体がそれを拒絶する。ようやく搾り出したのがこの言葉。「いやだ……」基地は半壊していた。中央から半分消失している。瓦礫は撤去されているが、痛々しい火災の跡はそのままだ

2012-10-23 01:04:36
@lowen_lowe

車が停まっていた。運転手は振り返りもしない。隣に座っていた看護婦が心配そうな顔で言った。「行きますか?」くそう。そういうことか。不利なことは隠される、戦時中の軍隊とはそういうものだ。怒りが先走ったが、すぐあることに気づいて心が冷えだした。仲間たちは、どうなった?「行く」短い返事。

2012-10-23 01:07:30
@lowen_lowe

折りたたみ式の車椅子を出すが、基地までの道のりは舗装されていないので、運転手と看護婦に付き添われてようやくエイラは懐かしい、というにはあまりにも変貌した、基地へ、たどり着いた。空気は同じだった。少し焦げ臭いが。庭にバラックを認める。人の出入りが激しい、皆あそこにいるだろうか。

2012-10-23 01:09:30
@lowen_lowe

忙しなく兵員が行ったりきたりしていた。近寄るのを躊躇する程度に。どうやら野外でストライカーユニットを整備しているようだ。整備区画が破壊されたのだろう。MPが近寄ってくる。「失礼、ご用件は」「部隊員です」MPは怪訝な顔の次に、同情的なそれを浮かべ、指揮所なら以前の食堂だ、と言った

2012-10-23 01:13:47
@lowen_lowe

髪は手術後より少し伸びたけどまだ前ほど伸びていない。ミーナ中佐は私が解るかな?ああ、仲間たちに会える。なんで見舞いに来ないんだよって毒づいてやらなきゃ。サーニャは元気かな。きっと今は寝てるだろうな――全部、不安を打ち消すためだ。もうわかってる。皆がもとどおり無事であるなんてことは

2012-10-23 01:17:01
@lowen_lowe

食堂の直前で運転手と看護婦に待っているよう頼み、一人で進んだ。食堂は原型をとどめていなかった。出入り口と廊下はそのままだが、入り口には衛兵が配置され、そして中は様変わりして将校と士官の出入りが激しい。途中何度も呼び止められた。中に見知った顔はないようだ。後ろから声。「エイラ?」

2012-10-23 01:19:10
@lowen_lowe

車椅子を転回させる。そこにはバルクホルン大尉が立っていた。驚いた顔で。「大尉」いの一番に小言が来ると思った。だがそれより前に、彼女の眼に涙が浮かんでいるのを理解し、次の瞬間には自分は彼女に頭部を抱きしめられていた。バルクホルンの嗚咽が廊下に響く。周囲のものは驚いていた。

2012-10-23 01:22:28
@lowen_lowe

エイラも震える声を搾り出した。「大尉、かえってきたよ。生きてるよ」「ああ、ああ……よく戻った、よく戻ったな、傷はいいのか」「大丈夫とはいえないけど、会いに来れたよ」バルクホルンが落とした書類を部下が拾い集めている。二人を奇異な目で見るものはすぐ減り、廊下は喧騒を取り戻した

2012-10-23 01:24:21
@lowen_lowe

短い時間だったが、その抱擁は長い時間に感じた。他の皆について聞くのが怖くて、バルクホルンの優しさにエイラは浸ったままだった。だがそうしてばかりもいられない。一番怖いことを聞かねばならない。「大尉」彼女も察したのか、腕を解いてエイラの両肩に据える。「ああ。皆のことか」「そう、皆は」

2012-10-23 01:27:08
@lowen_lowe

わかっていた。この雰囲気はアットホームさを優先したミーナのものではないこと。坂本少佐がいないこと。バルクホルンが…訂正しなかったが…少佐の階級章をつけていること。そして、外の野戦整備場に、皆のストライカーが存在しなかったこと。とっくに、わかっていたのだ。

2012-10-23 01:30:02
@lowen_lowe

「皆は…なっ……!」バルクホルンの顔が歪む。ああ、私はとんでもないことを「基地が奇襲を受けて、直撃を受けたとき、ミーナが、ミーナが!」しゃくりあげる彼女は初めて見た。嗚咽で言葉がよく聞き取れない。いいよ、大尉、もうわかってる。無理しないで。壊れた腕で彼女の背中をぎこちなく撫でた。

2012-10-23 01:32:23
@lowen_lowe

長い時間の後、ようやく落ち着いたバルクホルンと再会を誓って解れた。とても皆の状況を聞ける状態ではなかった。しかし「迎撃に失敗して」「皆で出ていれば」という言葉は、エイラの頭の中に、最悪の想像を受け入れる覚悟を要求していた。宮藤あたりは無事だろうな。その時出てないのは、出てないのは

2012-10-23 01:36:28
@lowen_lowe

他の誰かに会うのが怖かった。運転手と看護婦のところへ戻り、帰るよ、と短く述べる。目が赤かっただろうか。看護婦から大丈夫かと心配された。運転手から早すぎないか、とも。答えは「大丈夫」それだけ。今ならまだ大丈夫。心の中のわけのわからない不安として押し込めていられる。今のうちに……

2012-10-23 01:38:34
@lowen_lowe

「エイラ!」懐かしい声がした気がした。「エイラ!待って!!」その声は近づいてくる。幻ではない。急いで振り返った。あの白銀の髪と、小さな体躯を持った彼女が、ああ、何も変わっていない。ただ一生懸命に走ってくる姿は初めて見た。信じられない。サーニャに抱き付かれるまでエイラは絶句していた

2012-10-23 01:43:19
@lowen_lowe

「サーニャ……?」エイラは飛びつかれて傷が痛んでも、懐かしい髪の香りが鼻をくすぐっても、それが現実だと思い出せなかった。しかし「そうよ、エイラ!無事だった、生きてた!」涙でいっぱいのサーニャの笑顔が視界いっぱいに入ってきたとたん、こらえてきたものが全て溢れ出た

2012-10-23 01:45:27
@lowen_lowe

言葉にならなかった。しかし、これは現実だ。サーニャは生きており、五体満足で、そして自分も生きていて、再び彼女に会うことができた。二人は互いの名前を呼びながら泣きじゃくって抱擁し続けた。周囲の視線など気にせず。それで充分だったのだ。二人の関係に、何があったなんて野暮でしかない

2012-10-23 01:48:22
@lowen_lowe

「帰るの?」先に切り出したのはサーニャだ。「ごめん。外泊許可は取ってないんだ」赤くなった眼で二人は互いを見つめあった。自然と笑みが漏れる。それがおかしくて、どちらからともなく笑い出した。「きっとまた会えるよ」「うん、次は、みんなに」そうだ、次は皆と会おう。それがどんなに悲惨でも。

2012-10-23 01:51:24