僕は、「生きる意味」はわからないけれども、「生きるとは何か」と言われると、今のところ「世界を自分で引き受ける(受け止める)こと」だと思っている。世界を引き受けるためには、やはり自分の世界観が必要でそれが「善く生きる」ことだと思う。
2012-10-30 22:19:01今のところ僕が「善く生きる」ための世界観に、数学や数学から派生して学んだことは大きく影響している。これは「数学が(社会に出て)役に立つか」とはまったく次元が違う話なのである。
2012-10-30 22:21:39そして、僕は数学が素晴らしいくて面白いと思っているけれども、僕にとってそれは「たまたま数学だった」だけである。きっと歴史と深く向き合った人は、その人の世界観の構築に歴史から大きく影響を受けているだろうし、文学に傾倒した人は文学が元となった世界観を持っていると思う。
2012-10-30 22:23:53すべてを知ることはできない。僕は歴史の知識は中学校レベル以下だし、それでも全然普通に生きているわけだけど、だから「歴史なんて過去のことしらなくても生きていけるじゃん」と思うのではなく、僕がもし歴史に傾倒していたらそれによって「善く生きる」ための今と違った世界観があったと思う。
2012-10-30 22:28:43生徒に面と向かってはなかなか言えないけれど、「数学は何の為に必要なのですか?」という問いに対する僕の答えは「僕が善く生きるためです」になる。
2012-10-30 22:35:07人の世界観を構築するカギはどこにでも何にでもあるということ。「僕は数学が何にもわからないけど、毎日楽しく生きられているので数学なんて意味ないよね」というのは、とても貧しい。これは数学を何に変えても同じ。
2012-10-30 22:37:06僕は文学や歴史の知識が乏しい。だからそれらによって構築された世界観によって世界を引き受けることはできない。それはとても残念なことだと感じる。それらで構築された世界観を通して世の中を観るとどのようにみえるのか、知りたいが知ることができない。
2012-10-30 22:39:19「自分で世界を引き受ける」ということについて、素晴らしく書かれているのが茂木先生の「脳と仮想」です。世界観を揺るがされます。オススメです。
2012-10-30 22:47:50