矢作俊彦氏による除染レポート

「鼻をつまんで菅を支持する」と題した文章をしめした。 矢作俊彦氏の除染レポート。取材先の一人が「本当に事故が収束して線量が下がるなら、線量が下がってから除染すればいい」、と。なるほど。
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矢作俊彦 @orverstrand

「何、訳の分からないこと言ってるんです!」ベルリン陥落から40年近くたって生れた青年は大声を張り上げた。「あの特措法の56条ね、採決の直前に突っ込まれた。あれは電力総連を背景にした当時の官房副長官と財務大臣の仕業だって声もあるんです。

2012-11-09 18:58:22
矢作俊彦 @orverstrand

菅直人が、再生可能エネルギー特措法に執心するあまり取引したか迂闊に見過ごしたったって声が」

2012-11-09 18:58:31
矢作俊彦 @orverstrand

「Kの紹介だからしょうがないけどね」従兄弟の重機リース会社社長は困惑気味に天井を仰いだ。  そこは野っぱらの真ん中に置き忘れられたプレハブ小屋で、休耕田とも空き地ともつかない当の野っぱらには錆だらけのブルドーザやパワーシャベルが首をうなだれていた。

2012-11-09 18:58:56
矢作俊彦 @orverstrand

 警戒区域を南へ出て、何キロか下った6号線沿いの一角だった。K君から電話が行っていたにもかかわらず、彼の従兄弟は当初、聞いていない素振りを見せた。それから、頷き、息を吐き、プレハブ小屋に居合わせた、一山いくらで夕方の八百屋に並びそうな萎びた若者たちを人払いした。

2012-11-09 18:59:08
矢作俊彦 @orverstrand

「除染業務講習会か。もう、半年以上前のことだよ」  訪ねたのが5月の半ば過ぎ、除染モデル事業は、すでに終ろうとしていた。 「で、何が聞きたいの?」従兄弟は言った。長袖シャツの袖口から水しぶきのような刺青をのぞかせ、煙草を手にとった。

2012-11-09 18:59:45
矢作俊彦 @orverstrand

「具体的に、どんな内容だったんですか」 「内容も何も、講習会なんて形だけ。――そう言ったら語弊があるけどさ」  従兄弟はまだ40代になったばかり、自分で言った言葉に照れて頭をたたいた。「去年10月になって、やれ除染だ、講習だって言うわけだよ。

2012-11-09 18:59:55
矢作俊彦 @orverstrand

特措法が通ったころから話は聞こえてたんだが、撥ねられちゃってさ。5倍だか6倍の難関なんだ。おれらなんか、重機を持ってるじゃないか。建設業や塗装業、ビルの清掃業なんかまだ良い方だ。ハウスクリーニングの業者や、ひどいのになると嘘くせえシロアリ駆除まで応募してたんだからね」

2012-11-09 19:00:51
矢作俊彦 @orverstrand

「揉めなかったんですか」 「揉めたさ。揉めに揉めて、向こうも渋々、応募者全員が講習を終えるまで発注をペンディングしたんだ」少々自慢そうに、K君の従兄弟は煙草の煙をラワンの天井に吹き上げた。「だってそうじゃない。この講習受けてお墨付きを手に入れれば、晴れて除染業者だよ。

2012-11-09 19:01:20
矢作俊彦 @orverstrand

今回はテストかもしれねえが、このあと除染は続くんだ。何しろ避難区域全体を除染するわけだからね。この間読んだ週刊誌だと、最高で100兆円が落ちるって言ってる。それはオーバーだとしても、数10兆円はかたいだろう」 「それで、講習はどんなふうだったんですか」

2012-11-09 19:01:46
矢作俊彦 @orverstrand

「まあ、よくある講習会だよ。法律や条例が変わるたび、役所でやるような簡単なやつ。二日間で、一日目が放射線についての講義」 「防護服の着方とか、そんなことから始まるんですか」  彼は大きく頷いた。「向こうも、大してよく分かっていないんだ。専門家とか言うのが来てるわけでもない。

2012-11-09 19:02:19
矢作俊彦 @orverstrand

係のやつがペーパーを読み上げるって感じかな」 「原子力機構の人間?」 「いやあ。県の役人じゃないか。よく分かんないけど。違うかな、東京から来たやつとは思えなかったがね」 「で、二日目は?」

2012-11-09 19:02:40
矢作俊彦 @orverstrand

「まあ。除染のノウハウだよ。しかし、向こうもちゃんとしたノウハウ持ってるわけじゃない。まあ、そんな印象だったなあ。集めて仮置き場に持っていく。それだけのことだ。テキストなんか10枚ちょっとのペーパーだよ。ああ。後は線量計の扱い方。それを実際やってみて、簡単なテストをしておしまい」

2012-11-09 19:03:20
矢作俊彦 @orverstrand

 これで、おしまい。そんな感じで手をパンと叩いた。  終わりに出来なかったのは、次の彼の言葉のせいだった。 「だって、考えてもみなさいな。フクイチの事故が本当に終息するなら、線量はどんどん落ちていくでしょう。どうせ5年、10年と帰れないなら、落ちてから除染したって良いじゃないの。

2012-11-09 19:03:52
矢作俊彦 @orverstrand

それを、なんでいまからするのよ」  K君の従兄弟は警戒地区で生れ、育ち、あの事故まではそこに会社も構えていた。このプレハブも、借りの事務所だ。  そんな被災者のひとりから、どうせ何年も帰れないと聞くのはこれが初めてだったからだ。(第2回につづく) 第3回は、次号『GQ』誌に掲載。

2012-11-09 19:05:09