軍人と暗殺者2

長月笹良 @sasa_sep

@Yukilinus 見覚えのない部屋で目を覚ます。簡素なベッド、写真一枚ない殺風景な壁。飛び起きると一糸纏わぬ我が身。狼狽して視線を泳がせると、ソファの上の衣服が目に入った。仕方なくそれらを身につけ、シャツのボタンを留めようとしてもたつく。合わせが逆だ。女か。何故か苦く思った。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep はい、さっさとここにサインする。 とても上官に対してとは思えぬ鳥羽の言葉に黙って従い、書類にサインをする。相変わらず字だけは綺麗ねと呟いていた鳥羽が美しい眉を顰める。あ。何。サインするだけの物に文句を付けられる覚えはないが。ネイル剥がれてる。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 銃と刀を握ってるとは思えぬ白く細い指を鳥羽は見せてくる。どの爪も深い赤が塗られていたが、人差し指の先端の赤が、確かに少し欠けていた。いつもここはすぐ剥がれる。不満げに呟いてからこちらを見てさらりと言う。早退していい？帰って直したいわ。お前、俺ナメてんの。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep これが俺の部隊の双璧と謳われる鳥羽中尉の真実の姿。平時など生理痛だと言って平気で一週間休みやがる。もっと最悪なのはもう一人の双璧で、看病と称して一緒に一週間休みやがる。大方上司が俺だからいいと思ってるんだろう。まあ、受理する俺が一番悪いとは立石の爺さんの弁。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep それにしても、お前爪短いのな。伸ばしたら撃つ時邪魔。なるほどね。お洒落より戦優先。おっかない。昼食の後に残りの書類持ってくるからここにいなさいね。サボるんじゃないわよ。･･･アイ・マム。俺の言葉にお疲れ様と鳥羽は手を振る。全く、どっちが上官か分かりゃしねえ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep あ、今日は出汁巻き定食？千石が楽しげに言いながら部屋に入ってくる。こいつに限ったことではないが、昼食時にやたら部下どもが俺の部屋に入り浸るようになったのは椿が食事を持ってきてくれるようになってからだ。てめえ毒殺される心配ねえだろうよ、食いたきゃ出世しろ出世。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 椿さん和食得意なの？俺の言葉を無視して千石は万能狙撃手に訊いてる。ああ、中将殿がお好きでな。へー和食党なのか、あの人。･･･頼むから姫中将殿にだけは手を出してくれるなよ千石。そんな命知らずなことはしないね。俺に無断で出汁巻きを一つ摘みながら千石は笑う。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 姫中将殿の忠実なる副官は苦笑するだけだった。大人な万能狙撃手。では、後ほど。椿は短く言って部屋を出て行く。鳥羽ちゃんが爪欠けたから帰りたいってさっき。あー気にしてたな、赤は目立つから。千石は楽しげに言う。それ位帰るまで我慢すりゃいいのに、可愛いよねえ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 可愛いねえ。惚気はともかく、あのおっかない女を可愛いと言えるこいつも凄い。殺し屋囲ってるお前に言われたくないね、蓮見。返す言葉がない。幼馴染だっけ。そう、ずっと一緒。何かきっかけあったの？少なくとも俺には。へえ。あいつ、昔神社で巫女の手伝いしてたんだよ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 姫中将殿とは異なる、近寄りがたさはそれか。俺は妙に納得した。結婚式とか行事の時に、赤い袴着てちょっとお化粧して、座ってるだけだったけど。それが本当に綺麗だった。千石は子供の様に無邪気に言う。ただの生意気な幼馴染が全然違って見えたんだ。つまり惚れたと。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep そうだな、欲しくなった。紅を差した唇がたまらなかった。だからって軍人にして血染めにすることなかったろうに。あれはあいつが言い出したことだから。え？まじで？じゃなきゃ俺だって薬剤師の仕事捨てやしないよ。だからデスクワーク専門。その気になればこいつも強いんだが。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep まあ、こいつに本気を出させるのは相当ヤバい状況だろうが。家を出たかったんだろ。あいつ両親と仲悪いからな。軍人になるっつったら絶縁されてせいせいしたって笑ってた。おっかない。俺が呟くとそうだろうと千石は笑う。いやしかし、軍服があんなに脱がせにくいと思わなかった。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 巫女の着物と袴の方がよっぽどマシだわ。…ちょい待ち。千石がさらりと流した発言に俺は思わず突っ込む。なに？巫女の着物と袴の方がってどういう。え？言ったじゃん、欲しくなったって。昔っていつ頃。中二かな？結婚式の手伝いしてるとこに行って披露宴やってる間に押し倒した。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep …うわ、ないわ。えーそうかあ？お前にだけは言われたくないよ、ここで殺し屋とやったんだろ？しかも男。神社でやるか普通…しかも、初めてじゃねえの？それ犯罪だろうよ千石。でもあいつ、あの頃と今と胸のボリューム変わってないし別に問題は。いや、問題はそこじゃねえよ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ……何の話、してるの。低く、よく通る声に俺と千石は思わず固まる。あれ、くれはどうした？慣れてる千石は、それでも顔を引きつらせながら言う。…どうした、じゃないでしょう？人の黒歴史を何で上官に暴露してるのよあんたは！銃の引き金を引きかねない勢いで鳥羽は叫ぶ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 黒歴史って失礼な。あ、嘘ごめんなさい、撃たないで。蓮見大佐。はい、何でしょうか。発砲許可は出せませんが。思わず敬語になって尋ねると凄みのある笑顔で言われる。頭が痛くて気分が悪いので早退してもよろしいですか？えーっと俺の仕事は。よろしいですよね？ …アイ・マム。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 千石大尉。太陽すら凍りつかせる瞳で、鳥羽は幼馴染を睨みつける。はい、何ですか鳥羽中尉。あとよろしく。えー。今日は帰ってこなくていい。俺の机に書類を叩きつけて、鳥羽は出て行った。なあ、お前んち泊めて。千石、俺の家が今どういう状況か分かってて言ってる？

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 今、金髪の仔猫懐かせるのに大変なんだけど。あーそっか。そりゃ無理だな、千石は笑う。もーいい、お前も早退しろ。お気遣いどうも大佐殿。にやりと笑って千石は出て行く。俺はため息混じりに自宅に電話をかける。出ないだろうけど留守電位は聞こえるだろう。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 今夜は遅くなりそうだ、ソファじゃなくてベッドで寝てろ。メッセージを吹き込んでおく。部隊の双璧が色恋沙汰で相打つ。笑えない。不敗と名高い我が部隊はこんなもんだ。俺を殺しに来たのに何故か俺の部屋のソファを寝床にしている綺麗な殺し屋に今夜教えてやろう。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep その文庫本が机に置かれてたのは俺の部屋に誰もいなくなったほんの数分の間のことだった。今流行の、女子高生作家の最新作。泣ける、とか帯には書いてある。前は確かキャバ嬢の自叙伝だった。ため息混じりに本を軍服の裏ポケットに入れる。ブックカバー位つけろ、昼行灯後藤。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 屋外の喫煙スペースに誰もいないのは幸いだった。本を取り出し、真っ先に表紙と帯を外してライターで焼いてやる。煙草を銜えつつ、ただでさえ読みにくい文章を読んでいく。中身なんてどうでもいい。何ページかに一文字、小さく赤い印がついている。目を凝らさないと見えない位。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 明チょウ資りョうしツに来らレたシ あサっテあタりニ召カんノ可のウせイたかイ

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 俺と後藤は仲が悪い。ことになっている。まあ別に仲が良いわけでもないが。後藤は家柄も良い。戦場での実績もある。軍部の派閥は大きく分けて二つ。貴族出身の軍人どもと平民からの叩き上げの軍人ども。後藤はそのどちらにも属さずにいながら嫌われてもいない珍しい将官だ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep だから俺の上官と言うある意味でおいしい地位を得たとも言える。それをさほど利用しようともせず、むしろ好き勝手させてそれでも後藤は俺の知る限り痛い目に遭っていない。肺に持病がなければ軍部でさぞかし暗躍してたことだろう。昼行灯後藤のもう一つの渾名は死神少将。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 勝手に出歩くなと言うに。俺が文庫本と格闘し終わった頃に立石の爺さんがやって来る。ちょっと外の空気吸いたくて。胸ポケットに文庫本を仕舞ったことを見逃す爺さんではなかった。何じゃ。うん、昼行灯から。あやつは相変わらずこういうやり方が好きだの。爺さんは呆れ顔で言う。