軍人と暗殺者４

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 服をしまえと言われても、引き出しの空間の方が広くてすぐに終わり、僕もレーションを片手にソファに腰掛けた。蓮見は行儀悪く寝転がったままピザを食べながら本を読んでいる。雨音は規則正しく道路や窓を叩いていた。あいつら、いい奴らだろ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 最初自分に話しかけられてると気付かず無言でいると、付け加えられた。リオネルとリン。…君の知り合いとは思えない。ようやく返事をするとひでぇなと笑う。俺がいない時に何かあったらあいつらのとこ行け。悪い様にはしねえだろ。おかしなことを言う。僕は彼を殺しに来たのに。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 口に出しかけてやめる。服まで買わせた相手に言う言葉じゃない。よく降るな。ぽつりと蓮見は呟いた。それには何も答えず、僕も窓を眺める。こんな時間がいつまでも続くとは思っていない。それでも今は穏やかで静かな時間だった。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep よく降るのう。煙草を吸っていると、立石さんが空を見上げながら呟いた。そうですね。さっき千石がずぶ濡れになっていたぞ。…そうですか。思わず苦笑する。水も滴るいい男、などと言っておったが。寝言ですから聞き流してやって下さい。手厳しいの。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep お前さん、ここで当てたか。当たっちゃいましたね。立石さんは私の横に座る。私達が使っている物より大きくて長い刀。こんなものを使いこなせる人には見えない。けれど一度戦場に出ると普段の穏やかさは隠れ、冷徹な鬼がそこにはいる。鳥羽。はい。今ならまだ引き返せる。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 戦場にいる時と同じ、冷ややかな目で空を見ながら立石さんは言う。…どこへです。私も空を見たまま問い返す。ワシは道楽でやっておる。老い先短い身じゃ、せいぜい最期まで楽しめれば良いと思っているでな。ここまで来て引き返しても同じことでしょう。だったらとことん行きます。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ワシはお前さんの花嫁姿を密かに楽しみにしているんじゃが。思いがけない言葉に思わず銜えていた煙草を落としかける。 からからと立石さんは楽しげに笑った。見せてはくれぬか。着物でもドレスでも美しかろう。ご冗談を。かろうじて言い返すと立石さんは優しく笑う。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep そういう選択肢もあるとは思わぬか。蓮見も喜ぶ。…相手を考え直せって、説得される気がしますけど。まあの、お前さんにその意思があるなら部隊全員そう言うだろうがの。生憎、そういう選択肢は軍に入る前からないんです。どちらの意味じゃ。どちらの意味もです。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 私の言葉に立石さんはやれやれとため息を吐いた。頑固じゃの。はい。傷跡だらけの体でドレスは着れないですし、両親には絶縁されてますから…ああ、そうだ。仕返しとばかりに、立石さんの顔を覗き込んで言う。立石さんが一緒にヴァージンロードを歩いてくださるのなら、考えます。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 一瞬立石さんは大きく目を見開いてから、大声で笑った。年寄りをからかうな。からかってないです。ワシで良いのか。立石さんが良いです。軍服ではまずいのう。モーニング、できればタキシードですねえ。くっくっくと楽しげに立石さんは笑い続ける。千石は嫌がらんか。知りません。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ひとしきり笑って、立石さんは言う。好きにせえ、タキシードでも何でも着てやるわ。きっと似合いますよ。からかうなと言うに。呟いてから、ぽつりと付け加える。だから、生き残れよ鳥羽。立石さんも。そうじゃの、千石の嫌がる顔が見物じゃ。くっく、と立石さんはもう一度笑った。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ぱたん、と自分の手に本の表紙が当たって目が醒める。知らないうちに寝てたらしい。考えてみたら最近早朝から呼び出されたり徹夜させられたり寝不足だった。昨夜寝る時間を削ってついベンジャミンで遊んでしまったのはともかく。雨はまだ降り続いているが少し収まってきたようだ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 窓に当たる雨音が寝る前より少なくなっている。すっかり冷めてしまったコーヒーを淹れ直そうとベッドから降り、思わず苦笑する。 ソファで金髪の暗殺者が静かに寝息を立てていた。お前、俺を殺しに来たんじゃなかったっけ。心の中で呟いて、台所へ行く。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep なるべく音を立てない様に思わず気を遣いながら淹れ直したコーヒーを啜り、煙草に火をつける。時計を見ると４時を回っている。意外と俺も寝てたな、と暢気に思う。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 明日のことを考えると正直、気が重い。まず机の上に書類が堆く積まれているだろうし爺さんは嬉々として稽古だ組み手だと俺を叩きのめすだろうしリオネルから荷物は来るし狙撃手に今日の詫びをして、姫中将殿と約束を取り付ける。千石と少し話もしたい。…帰ってこれるのかこれ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep かたん。雨音に紛れ、音がした。扉に備え付けられたレターボックスではない、 おそらく下にある集合のポストの方だろう。途端、今まで穏やかな寝息を立てていた暗殺者が飛び起きた。あの音を聞き逃さないのは流石だと言うべきだろうが、それにしても酷い顔色だった。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep おはよ。声をかけるが無反応。いつもなら聞こえた上で無視をしているという体だが、今はおそらく耳に届いちゃいないだろう。気付かない振りをして、ドアを開けポストまで行く。 俺には音の正体の察しがついている。少なくともあいつが飛び起きる代物でないのは確かだ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 部屋に戻ると、ベンジャミンはソファの上で固まっている。 テーブルの上に、ポストに入っていた荷物を置いてやる。リオネルが仕立てた俺のシャツだ。 もっとも、シャツの中には色々と書類が入っているだろうが、そこまで見せてやる必要はないだろう。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ひでぇ顔色。俺の言葉に、ようやく固まっていた深緑の瞳が動き出した。思わず頬に手を伸ばすと跳ね除けられた。触るな。落ち着け。昨日の燃えかすの中身は分からないけれど主旨はこれで分かった。脅迫だ。逆の腕で抱き寄せようとすると、やめろと叫ばれる。悲鳴の様な声で。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep うるさい。一言言って、胸に小さな頭を抱くと小さな声で呟かれた。もうやめてくれ。無視して小さな体を抱きしめたままソファに座る。ベンジャミン。名を呼ぶと、びくりと体は腕の中で震える。放せ。やだ。俺を殺しにきた段階で、こいつの命は終わっていたというなら。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 今、俺が好きにして何が悪い。 その服、着心地良いだろ。あんな物騒な服や支給品の服より、ずっと。思わず、眠ってしまう位。後藤がここの服しか着たくないと言う様に俺も許されるならここの服しか着たくない。俺は財布に余裕がないので難しいが。あと、ベッドも寝心地良いだろ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ソファは安物だけど寝具はそこそこの買ってるからな俺。…何の話だ。うん、だから。ここから出て行きたくないだろお前。俺の一言に顔を上げたベンジャミンの瞳は剃刀の様に鋭い。けれどそこに浮かんでいるのは殺意でも憎悪でもなく、哀しみ。…どうして、そんなものを僕に教えた。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 深緑の瞳が、揺らぐ。どうしてって、俺が与えられるのはそれ位だから。誰もそんなこと頼んでない。じゃあ何で出て行かなかった？靴がないにしても逃げたきゃ裸足で出れるだろ。言いながら俺は立ち上がり、小さな体を抱き上げベッドへ行く。放せ！うるさいっつってんだろうが。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 投げ込む様にベッドに降ろすと俺を見上げる剃刀の瞳は鋭く光る。相変わらず綺麗な瞳。どうしてこんな綺麗なものを使い捨てなんて勿体無いことをするのか。こういう訓練は受けてなかったんだろ、お前。ベッドに俺も腰掛けるとすかさず腕が飛び出してくる。それを掴み、捻りあげる。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 細い腕。女物が着れる位なんだから当たり前か。もうそろそろ観念したらどうだ。君に言われる筋合いはない。…震えてるじゃねえか。腕を引き寄せ、もう一度抱きしめるとあっさり力は抜ける。首筋を食むと、嫌だと呻かれる。いいから。舌をそっと走らせるとびくりと体は震えた。