『よい旅を』

だれかが世界をつくった。 彼らはどこからか来て、どこかへと去っていった。 これは彼らを振り返ろうという試みだ。 続きを読む
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Shimada Yuichi @chimada

不気味だと思った。どうしてこんな生き物がかつて僕たちの隣に生息していたのだろう。不安になった僕に触れる手がある。「大丈夫だよ。もう彼らは僕たちとは関わらない」女性はガラスの外にいる。僕たちはガラスの内にいる。ふと、ガラスに穴が空いていることに気づいた。ガラスの内に女性が侵入した。

2012-11-26 23:29:20
Shimada Yuichi @chimada

女性が侵入した。パートナーは僕の腕を掴んだ。「逃げるぞ!」けれどどうしてか僕はそこに根付いたように動けない。女性が僕を見る。そしておじきをするかのように頭をさげた。まるで人間のようだ。彼らにはそんな知能はないはずなのに。僕は女性に向けて手を伸ばした。女性はこちらに駆け寄る。

2012-11-26 23:31:46
Shimada Yuichi @chimada

僕は女性を手に入れた。瞬間。僕たちのいた空間が暗転する。「気をつけて」女性が言葉を発した。僕にもわかる言語だ。彼らの声を聞いたことがなかった僕は驚いた。「しゃべれるんだ」「あたりまえでしょ。男の子はそんなことも知らないのね」「君たちは知っているの?」「教えてもらったの?」「誰に」

2012-11-26 23:33:54
Shimada Yuichi @chimada

〈ヘビ〉を名乗った両性具有の人型生物は僕たちに何か果物を手渡す。女性が僕をヘビのところに導いたのだ。「これを飲みなさい」ヘビが差し出したのは透明なグラスに注がれた飲み物だった。女性が先にそれを飲む。僕も同じようにグラスに口を添えた。とたん。喉が焼けるような錯覚。それから食道へ。

2012-11-26 23:36:17
Shimada Yuichi @chimada

まるで内臓が食らわれるような。そんな感触を覚えた。「ぐあ」そんな言葉が女性の口から漏れる。僕の声からも「ぐぐ」と言葉が出る。男の声と女の声がひとつのいびつな音楽を描き出す。「どうだね」ヘビは訊ねる。「死の味を思い出したか」僕は口から呪いを吐き出した。僕の口は汚れ。無垢は終わった。

2012-11-26 23:39:04
Shimada Yuichi @chimada

落ち着いて辺りを見回すとそこには何もなかった。「ここは?」女性がヘビに訊ねる。ヘビは答える。「ここは世界。かつての世界だ」世界は荒廃していた。そして拒絶していた。「違うね」ヘビは言う。「君たちが彼らを拒絶した。それで君たちは〈箱舟〉にのって世界から去った。もう、いいだろう?」

2012-11-26 23:43:22
Shimada Yuichi @chimada

「どういうこと?」女性がヘビに聞く。「君たちは眠っていたんだ」ヘビが言う。「夢を見ていたんだよ」僕はヘビに頼む。「僕にはパートナーがいたんだ」ヘビは答える。「それも夢だ。君たちはたったふたり世界に残されたものたちだ。君たち以外には人間はだれもいない。しかしもはや君たちは目覚めた」

2012-11-26 23:46:49
Shimada Yuichi @chimada

「わたしはもう一度夢を見たい」「見ればいいだろう。ここで」「僕はもう一度パートナーに会いたい」「君のとなりにはパートナーがいるだろう」「わたしはもう一度さっきの夢を見たい」「あきらめなさい」「僕はこれからどうしたらいいんだ」「これから君たちをヘビがサポートする。君たちの創世を」

2012-11-26 23:49:02
Shimada Yuichi @chimada

「お願いだから」ヘビはそれまでとはうってかわって哀願するような調子で僕たちに訴えかける。「君たちで新しい世界をつくりあげてくれ。そうすることによって壊れる前の世界が生まれ変わる。君たちはふたりでひとつの世界をつくりあげる。眠っていた世界を揺り起こしてくれ」ヘビは目に涙を浮かべた。

2012-11-26 23:52:43
Shimada Yuichi @chimada

一日目。僕たちは世界をつくった。二日目。僕たちは人形をつくった。三日目。僕たちは暗闇をつくった。四日目。僕たちは子供をつくった。五日目。僕たちは魔法をつくった。六日目。僕たちは遺体をつくった。七日目。「ほんとうにやるの」「そうだ」「じゃあ」「はい」僕たちは世界に致命傷をつくった。

2012-11-27 00:04:26
Shimada Yuichi @chimada

ひとたび動き始めた世界は自らその形をつくりあげていく。世界は僕たちの手を放れたのだ。「おつかれさまでした」ヘビが僕たちにねぎらいの言葉をかける。「これでよかったのだろうか」僕は聞く。「よかったんだよ」妻が答える。「あとはわたしたちがここから離れるだけ」「わかった」僕はうなずいた。

2012-11-27 00:09:07
Shimada Yuichi @chimada

まずはヘビが世界から去った。いっても形を変えて世界を影から守っていくのだそうだが。次に妻が世界から去った。彼女は世界に呪いを残していった。「あなたたちはこれから長い眠りにつくだろう」それが妻が残した呪いだった。最後に僕がひとり残された。後ろを振り返るとそこには眠った世界がある。

2012-11-27 00:12:38
Shimada Yuichi @chimada

ぐんぐんと世界が僕から離れていく。僕は戻ろうと思った。けれどもはや戻れないということはわかっていた。それでも僕は叫びつづけた。「お前たち。あとに残るものよ。僕たちはお前たちをつくった。僕の手から放れていくお前たちよ。行ってらっしゃい」そうして僕は世界から去った。世界がはじまった。

2012-11-27 00:19:32