#366days 11月まとめ

相応恣意 @aioushii

掴みとった手は驚くくらい華奢な手だった。すぐに別の逞しい手が私の腕を掴み、一気に引き上げてくれる。そこには１組の男女がいた。「危ないとこだったね。さ、行こう？」 #366days こうして私はお人好しな彼女らに救われた。そしてこれが、私が旅に出て、初めて他人と交わした会話だった。

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不思議な2人組だった。寡黙な男性に対し、女性はそれを補うかのようにコロコロと表情を変えながらよく喋った。「ねえ、貴方はこれから何処に行くつもりなの？」唐突にかけられた彼女の言葉に、私は返答に窮した。 #366days これは何のための旅なのか。博士からの宿題に答はまだ出ていない。

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「じゃあ貴方たちは、何処に向かってるの？」私の問いに彼女は目をパチクリさせると「え？……何処だっけ？」「俺が知るか。言いだしっぺが決めろ」「もーつれないなー」そう言って笑う彼女はとても眩しく――儚かった。 #366days 気のせいだろうか。私は以前、彼女をどこかで見た気がする。

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2人と一緒にいると退屈しなかった。突拍子の無いハチャメチャな行動をとる彼女。それを彼が諌めて、最後には2人して笑いあう。繰り返される様式美。それでいて一つとして同じ繰り返しのない、かけがえのない時間。 #366days 思えば最近、他人の想いを覗き見ていない。その必要がないから？

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「星がキレイ――落ちてきそう」夜空を見上げてポツリと彼女が呟いた。つられて見上げた夜空は、言葉通り数多の光が燦然と煌めく。「やっぱ、旅に出るもんだよね。こんなに素晴らしい星空が見られるんだもん！」 #366days 何気ない彼女の言葉。それがなぜ、こんなにも私の胸を抉るのだろう。

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「２人はどういう関係なの？」友達と呼ぶには親しすぎるし、恋人と呼ぶにはぎこちない２人の距離感。「うーん……腐れ縁？」「お守りだろ」彼女の言葉を彼はあっさりと一刀両断する。 #366days 「えー！そんなー」そう言う彼女の表情は決して嫌そうではなくて、結局、答えは分からず仕舞い。

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「え？貴方、お姉さんがいるの？その落ち着きっぷりは絶対一番上だと思ってたのに。ねえ、お姉さんってどんな人なの？」「静かな人……でしたよ。私が言葉をかけてもらったのは一度きりです」 #366days 意志も感情も持たず、予知を伝えるだけの存在。それを姉と呼んでいいかは疑問だけれど。

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「じゃあ貴方は、どんな人生を送ってきたんですか？」私の質問に、彼女は不意に目を伏せる。「何も……してこなかったよ」言って彼女はどこか遠くを見つめると「だって私は――」 #366days そこで彼女は言葉を詰まらせ「それも言い訳だね――どこまで行っても私は私なんだから」そう呟いた。

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彼女は言った。「私はどこまで行っても私だから」と。けれど私には、彼女と同じ言葉は口が裂けても言えない。求めることや、考えることを放棄して生きてきた。だから私には、私らしさが分からない。 #366days 世界中どこを探しても、私はきっと、どこにもいない。ならば私は何者なんだろう。

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「何してるの？」不意にかけられた声にびっくりして、思わず悲鳴を上げてしまう。「ごめん、驚かせちゃった？……それ、日記？」私が書いていたのは、毎日欠かさずつけているこの記録で――「内緒です」 #366days 話してもよかったかもしれない。それでも秘密にしておいた方がいい気がして。

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「え？海を見たことがないの？」「はい、ありません」もっとも、他人の心を通して見た回数は数えきれない。「むう、近くに海があれば、すぐに行くんだけど……でもいつかは、絶対見るべきだよ！」 #366days 「そうですね、いつかきっと」いつかが訪れる保障なんてどこにもないと知りながら。

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「アイツさ、同性の友達なんていなかったから、アンタといるとすごく楽しそうなんだ」普段は無口な彼の話に、私は面食う。「だからさ、勝手なお願いだけど、アイツとはもう暫く一緒にいてくれないか？」 #366days 「ええ、喜んで」これまでのようにこれからも。断る理由なんてどこにもない。

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彼女がどこか謎めいているのとは対照的に、彼は意外にも自分のことを隠さず話してくれた。「旅に出る前？看護士をやってたよ。本当は医者になりたかったんだけれど……それでも大切な人の力になれたんだ、後悔はないさ」 #366days いつか見た夢の形。たとえ思い描いた結末と違ったとしても。

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3人で食事して、3人で笑いあって。研究所にいた頃は――いや、ほんの一月前でさえ、こんな夢みたいな時間を過ごせるなんて想像すらできなかった。 #twnvday だからこそわかってる。この幸せな時間はきっと、ほんの些細なきっかけでかき消えてしまう、幻のように儚いものなんだってことを。

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2人との旅で最も変わったのは、食事だった。料理を任せっきりもよくないと、手伝いを買って出てみたものの、これがなかなか上手くいかない。「意外に不器用ねー」「お前も人のこと言えないだろう！」 #366days 知識はいくらでもある。それが実践できねば無意味と悟ったのは、最近のことだ。

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「何処に向かってるか分からないけどさ。旅の目的を聞かれたら、死に場所を探してるとしか言いようがないよね」唐突で衝撃的な彼女の発言は、それで終わらない。「私さ、予言を聞いたんだよ」 #366days 「予言が無ければ旅に出ることもなかったかな」言った彼女の笑顔は、私には眩しすぎる。

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「そんな深刻な顔しないでよ、同情してほしくて話したわけじゃないからさ」あっけらかんと彼女は言い放つ。「最期の日まであとちょっと。くよくよしてるのは勿体ないでしょ？」 #366days 予言を聞いた人は何人も見てきた。なのに彼女にかける言葉一つ浮かばない私は、なんて無力なんだろう。

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「アイツの言う通り、アンタが思い悩む必要はないよ」彼はそう言ってのけるが「貴方は……悲しくないんですか？」「……人はいつか死ぬんだ。それがいつなのかわかるのは、悪いことじゃないだろ」 #366days それが本心なら、なぜ貴方はそんなにも辛そうなの？その一言が私にはかけられない。

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記録を手繰りながら考えていた。この旅で私は何を手に入れたのだろうかと。そんな自問に熱中するあまり、気づけなかった。「どういうことなの？」突然の声に振り向くと―― #366days 「どうして貴方が、旅に出る前の私のことを知ってるの？」そこには記録を覗きこみ、呆然と佇む彼女がいた。

相応恣意 @aioushii

「なぜ私が病院にいた頃のことを知ってるの？」それは1月6日の病人の記述。目の前の溌剌とした姿からは想像できないけれど、言われてみれば、あの時の“彼女”と目の前の“彼女”は纏う儚さがどこか似ている。 #366days 「ねえ、貴方は何を隠してるの？」その強い瞳に抗う術などなかった。

相応恣意 @aioushii

私は記録を彼女に渡した。言葉をつくすより、それが全てを語ると思ったからだ。黙って記録を読み進める彼女が何を思うのか、その表情からは読み取れない。やがて記録を閉じると「１つだけ言わせてもらっていいかしら？」私を真っ直ぐ見据えて言った。 #366days 「貴方、何様のつもりなの？」

相応恣意 @aioushii

投げつけられた辛辣な言葉に、一瞬、呼吸の仕方を忘れる。「私、は――」そう、敢えて言うなら私はバケモ――「ごめん、言い方が悪かった。そういう意味で言ったんじゃないの」不意に彼女が謝罪する。 #366days 「この日記は貴方がつけたのよね？けれど、この日記にどれだけ貴方がいるの？」

相応恣意 @aioushii

私は彼女の言葉を、すぐには理解できなかった。だって私は毎日、人々の営みとともに思ったことを書いてきた。「違うわ、貴方のそれは想いじゃない。すごく冷めた単なる雑感よ」 #366days 「貴方は人とは少し違った能力を持ってるだけで、神でも化け物でもない。いつまで傍観者気取りなの？」

相応恣意 @aioushii

傍観者。その一言が私の心を的確に抉る。「これは貴方の日記なのに、どうして貴方が実際に見て、触れたものが書かれていないの？他人の心を覗けるなら、これくらい、旅に出なくても書けるじゃない。それに――」 #366days 「今、貴方が私の心を覗けないのは、私が貴方の目の前にいるから？」