川上稔のTwitter小説

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川上稔 @kawakamiminoru

ひょっとして、英雄が「死んでいない」と言われたのは、当時の僕達の放送とかがあったってのも、少しは原因になってるのかもね。

2010-08-14 03:43:08
川上稔 @kawakamiminoru

ああ、そういう話を聞いたのも、戦勝国側にいたからだよ。ここに戻ってきて、意外と気楽にしてられるのもそのせい。いや懐かしい。ほら、この酒場のドアの向こう。今、雑貨屋だろ? あれ、元は僕の家。

2010-08-14 03:44:32
川上稔 @kawakamiminoru

今住んでるのは誰だか知らないが、相談すべきかな。「床下にエロ本があったと思いますが、すいません今はそういう女が趣味じゃないんです。僕のことを誤解しないでください」って。この酒場だって元は友人の家がやって……、マスター御免、悪い意味じゃない。懐かしいだけだから。

2010-08-14 03:45:51
川上稔 @kawakamiminoru

で、何でここに来たのか、って? ああ、別にもうここに友人がいないことも解ってるし、彼女や他の皆もいないのも知ってる。だけどアレさ。ほら、あの、丘の上の総統閣下の通信塔、ってか像。あれね。

2010-08-14 03:47:09
川上稔 @kawakamiminoru

あれ、地元の人達……、ってもう僕の知らない連中──、御免、知らない人達だけどさ、何だか強引にぶっ倒してこじ開けようってしてるんだろ? 明日って聞いた。何しろ噂にあるもんね、通信塔の最上階、総統閣下の寝泊まりしていた部屋には財宝が詰まってるって。

2010-08-14 03:48:28
川上稔 @kawakamiminoru

だけど、あれがぶった押される前に、ちょっとやっておきたいことがあるんだ。何かは言わない。詰まらないことだよ。あ、君、さっきの、入ってきたときの曲頼む。ああ、そう、それだけはこの町に昔からあった曲だ。同じだ。だからここに入ったんだ。最後に聴けて良かった。

2010-08-14 03:50:02
川上稔 @kawakamiminoru

「──じゃ、さよなら。多分、この町には戻らないから。うん、行ってくる。──金は払うよ!」

2010-08-14 03:50:36
川上稔 @kawakamiminoru

さて、酒場を出よう。今は夕刻。歩きで塔に向かえば、深夜から未明にはつくんじゃないかな。酒も食い物も持っている。そして何よりも、除隊するときの退職金代わりに貰った、軍用の照合水晶だけ抜かれた通信機がある。

2010-08-14 03:52:03
川上稔 @kawakamiminoru

あの、総統閣下の像を昇ってみようと思うんだ。

2010-08-14 03:52:39
川上稔 @kawakamiminoru

いつも見上げていた、100mくらい? あの総統閣下の像を昇り、てっぺん。いや、中ではなく、頭の上にでも立って、「えーと」ああ、やばい。それからどうしよう。ヘローやっか? 本気か? でも何のための通信機だ? ああ、そうとも、これで僕の戦後だなんて思ってないともさ。

2010-08-14 03:54:01
川上稔 @kawakamiminoru

ただ僕は、昔のように馬鹿をやってみたいだけなんだろう。中等部の夜、窓の外を窺いながら、親の動きを気にしながらレディオを聞き、放送し、不意に盛り上がって外に飛び出して夜気を浴びるような、あの馬鹿が。

2010-08-14 03:55:04
川上稔 @kawakamiminoru

あの馬鹿な時代は、戦争によって寸断されたのか、それとも、卒業によって当然そうなるべきものだったのか。いや、実は寸断ではなく、停止であって、僕にはまだまだそれが有り続けるのか。

2010-08-14 03:55:50
川上稔 @kawakamiminoru

「おいおい」──幾つも息を入れ、休みをいれたつもりだったが、数時間歩くと、存外に早くついた。今からこれを昇れば、日の出前に上につくだろう。塔の周囲に作業員達はいない。塔を倒して得る分け前の協定として、抜け駆け無しのため、町に戻っていると酒場で聞いた通りだ。

2010-08-14 03:57:01
川上稔 @kawakamiminoru

懐かしいな。この塔の足下までは、昔にも「偵察」に来たことがある。そうそう、このカーブを左に曲がると、あったあった大きい木──、小さいな……。何これ……。僕が大人になったのか子供の頃に馬鹿だったのか。ああ、後者っぽいから哀しい。でも大人だから酒を飲もう。

2010-08-14 03:58:17
川上稔 @kawakamiminoru

さて燃料も入れた。昔にあった鉄柵も無い。あとは周囲確認の上で塔の足下──、デケえよコレ!! 100mじゃねえよもっとあるだろ! ある意味記憶通りだ。子供の頃の僕は聡明だったと今証明された。当時証明されてればどれだけ良かったか。

2010-08-14 03:59:59
川上稔 @kawakamiminoru

でもまあ、昇ると決めたら昇ってしまおう。一生に一度ってやつだ。小官は総統童貞をこれから捨てるであります……! うん、多分、上から見る風景は気分いいだろうしね。朝に降りて憲兵に捕まるのもいいと思ったけど、今なら皆が起きる前に下って、始発で王都方面に行ける筈だ。

2010-08-14 04:02:00
川上稔 @kawakamiminoru

さあザイル用意して、──と。「え? 何? 先客?」っていきなり誰ですかアナタ。聞こえた声に振り返ると、「……あれ?」見覚えあるというか、知ってる雰囲気の女が居る。訂正。彼女がいる。って何!? 彼女!? マジで!? 「やだ! 久し振り!!」やだって何だよ一体。僕は──。

2010-08-14 04:03:46
川上稔 @kawakamiminoru

気まずい……。嫌な汗だ……。だって、こんなとこで何してんのって言われたら、ええ、塔を昇ろうとか。誰だよこんなドリームプランの実行しようとした馬鹿。──僕か! いきなり昔馴染みの娘に再会して、ファーストの会話が職質状態になるのはどうしたら、ああ、先手打てばいいのか!

2010-08-14 04:05:00
川上稔 @kawakamiminoru

よし、先に問おう! なるべく自然に、自然に! 「──あ、久し振り、そっちこそこんなとこで何してるんだい!?」あー! 僕、馬鹿! 何をこんな変なとこで爽やかになってんだよ! そう、よく考えたら彼女だって怪しいじゃん!? 平然としてんなよ僕!

2010-08-14 04:06:43
川上稔 @kawakamiminoru

でも彼女は言った。「うん、ちょっとまあ、今、向こうの町に住んでるんだけど、この塔が倒されるって聞いて、一回昇ってみようかと思ってさ」神様……、キチガイがここに居ます。二人。「で、入り口閉まってて残念ね、みたいな」あ、屋内からの御予定? 外からのキチガイは僕だけです、か……?

2010-08-14 04:07:57
川上稔 @kawakamiminoru

「既に開けられてるかなあ、と思ったら、まだ閉まってるし、誰もいないでしょ? 帰りの列車は出ちゃったし、町に降りようか、ここで夜明けまでいようか考えてたのよ」と、彼女は近くの物置から物色したらしい食糧の袋を見せる。まさか焚き火とかやって痕跡残してないだろうなー……。

2010-08-14 04:09:12
川上稔 @kawakamiminoru

が、僕は、彼女が持ってる袋に、ロープやハーケンがあるのを見逃さなかった。「その気があれば、僕が先行して昇れるけど?」「外? 本気?」「うん、戦地は山岳だったし、ここの現場にあるもの使えば、君の分くらいは」だから「この像、服着てたりで引っかかり多いからフツーに登山気分で行けるよ」

2010-08-14 04:10:31
川上稔 @kawakamiminoru

そして昇ることになりました。ええ、僕が多量のロープを持つことと、ルートが直線ではなくて服の皺や関節の曲がりを利用した斜め切りになることだけが予定と違う。あ、あと、彼女がいることも。降りるルートは考えておかんとなー……。

2010-08-14 04:11:58
川上稔 @kawakamiminoru

表面は荒れてるからホールドし放題。像の姿勢は直立に近いけど、ズボンの皺が螺旋状だから急な坂と同じだな。定期的にロープをザイルとして張って、手摺り代わりにしてから彼女を誘導。一部難しいところは彼女を背負って「あ、いいの? 重くない?」でけえ……!!

2010-08-14 04:13:19