10周年のSPコンテンツ!
60
高橋 準 @myriel_june
今日は「公共政策論I」(今井照さん)の講義に来ています。ゲスト講演者で、南相馬市役所の庄子まゆみさんがいらっしゃっています。庄子さんは大学院地域政策科学研究科の修了生です。 #fukushimadai #福島大
高橋 準 @myriel_june
それでは恒例、メモ連投のお時間です。今日は「公共政策論I」にゲストスピーカーで来て下さった、庄子まゆみさん(南相馬市役所)のお話。
高橋 準 @myriel_june
庄子「3.11当時は市民課にいた。今日の話は3点について。被災対応の状況は自治体の数だけあるが、まずは南相馬市の状況を共有したい。続いて、震災後、基礎自治体(市町村)の現場では、何が起きていたか。そして、1年9カ月が過ぎた南相馬市の現状と今後について。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「南相馬市は、2006年に、旧鹿島町・原町市・小高町の合併でできた市。市役所は福島第一原発から約25km。市内は原発からの距離で3つに分かれる。20km圏避難区域と、30km圏屋内退避区域、それ以外。これがちょうど、旧小高・原町・鹿島に該当。住民感情を分断した。」
高橋 準 @myriel_june
このあとスライドで、昨年3月11日以降に市民が撮影した写真が映されました。防潮林(松林)を越えて押し寄せる津波を、2kmほど離れたところから撮影したもの、翌日の小高区の海水がたまった農地、海岸から2kmのところを通っている6号線を越えて運ばれた船など。
高橋 準 @myriel_june
エピソードとして、ある小学校(やはり海岸から2kmほどの場所にある)では、いったんそこへ避難した人たちを、児童の保護者が誘導してさらに避難し、難を逃れたということもあったとか。写真では、小学校の校庭に何隻もの船が横倒しになっていました。
高橋 準 @myriel_june
そのほか写真では、泥が建物の中を埋め尽くした特養老人ホーム(特養では入居者の避難が遅れ、亡くなった方も多い)、原町火力発電所(座礁した石炭運搬船が撤去されたのは先週だとか)等。また、避難区域指定・再編の経緯の解説なども。
高橋 準 @myriel_june
庄子「市役所は2年前に耐震工事をしたばかりで、庁舎は無事だった。発災の当時、市議会開催中で、自分も議場がある4階にいたが、すぐ下に降りて、市民課に来ていた住民の方たちを誘導して外へ。住民票等のデータがあるサーバ監視も指示。一時ダウンしていたが、予備電源で復帰。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「すぐに災害業務に切り替わった。15時には前庭で災害対策本部が設置された。しかし、地域防災対策のファイルは床に落ちて、すぐは見つからないし、中身をしらない職員がほとんど。何を自分がしたらいいのかわかっていない。私自身、何が書いてあるのか、以前一度確認した程度。」
高橋 準 @myriel_june
庄子さんが南相馬市の地域防災対策マニュアルを持ってきてくださっていたので、中を見てみることができました。子ども、高齢者、障がい者、外国人などの対応は記述されていました。なお、特に「女性」にかかわる項目はなかったようです。(詳細には見ていませんが。)
高橋 準 @myriel_june
庄子「市民課は食料や毛布の確保と配分などが役目。ただ、市には備蓄をしていなかったので、防災無線で呼びかけて、市民に提供をお願いした。飯舘村の職員に電話をして、提供を依頼。先方も水が出ないたいへんな状況だったが、「持って行きます」という返事をもらった。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「内陸なら大丈夫なのではないかと思って、福島市と川俣町にも依頼したが、「被害が大きくて無理」ということだった。それまでは津波の被害の情報しか入ってこなかったが、そこではじめて内陸部の地震による被害の様子がわかった。とにかく情報がまるでなかった。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「その晩は役所に泊まり。翌3月12日夕方に小高に弁当を届けに行ったが、避難所には誰も残っていなかった。原発の爆発で、20km圏に避難指示が出たため。ところがその情報が市役所に届いていない。インターネットはつながらないし、電話も通じない。衛星電話1本だけ。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「小高区の避難で、8000人が避難対象に。市内のスーパーが食料を積極的に提供してくれていたが、社員が避難するので閉めることに。女性職員による炊き出しを開始したが、避難してきた全員には追いつかない。かき集めた炊飯器のスイッチを一度に入れると、ブレーカーも落ちる」
高橋 準 @myriel_june
庄子「一食出しては、次はどうしようと考え込むような状態。3日目からは、米も塩もラップもない。一度閉めたスーパーを開けてもらって、あるだけの米やその他の物資を買い込んだが、財務からは「なんでこんなに必要なのか」と言われてしまった。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「たぶん、すぐ復旧すると思っていたのだろう。だが、保育士さんなどにいわせると、ミルクでも医薬品でもなんでも必要だと。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「もう食料は無理というところまで行った。自衛隊の空輸でもない限りは追いつかないと。しかし、その自衛隊が市役所に来て、80km圏外への退避を呼びかけていった(3月14日夜)。正式なものではなく、現場の判断だったというが。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「亡くなった方も大勢いたが、3月16日には灯油がなくなったので火葬ができない状態になった。「これは、もうだめかな~と」。山形の業者に連絡したら、「鍵を開けて持って行ってくれ」。翌日には再開。」ここ、ちょっとあいまいな部分なのですが、綱渡りのような毎日だったようです。
高橋 準 @myriel_june
庄子「わかったこと。指定管理者制度に移行したために、非常時にいろいろな施設が機能しない。災害時の契約がない。職員が避難してしまう。民間委託の弱点がさまざまに出た。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「避難所は市内55箇所に。8000人を受け入れ。ただし、県外へと積極的に誘導したので、21日以降は3カ所、300人程度になった。新潟県知事から、「南相馬市からの避難者を全面的に受け入れる」と電話をもらった。三条市、燕市、小千谷市、長岡市などへ住民を送り出した。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「3月20日過ぎからは一度避難して、戻ってくる人もいて、地域の見守り隊を組織。4月16日から市民課に住民が殺到。東電の仮払金の受け取りに住民票が必要だという情報が、新聞報道で流れたため。ふだんの30倍の発行をした。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「双葉町村は東電と交渉して住民票がなくても仮払金を受け取れるようにしたが、南相馬市はそれがなかった。職員は9時間以上経ちっぱなし、トイレもいけず、食事も取らないでひたすら住民票を発行。業務にさしさわるので、東電に交渉して、翌月から住民票無しでもいいようになった。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「生活環境について。最初は物資が全然入ってこない。小売り店はそれでも、3月26日から営業再開。スーパー1店舗が原町区で4月30日から再開。5月上旬にもう2店舗。大手家電量販店は9月に。各社携帯電話ショップは遅くて、10月下旬。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「震災以降、医療・介護が行き届かない状態。病院のベッド数は震災前の半分。教育・保育面では、とにかく子どもの数が減った。以前の54%(今年度初め)。私立幼稚園は経営難になっている。若い世代が戻ってきていない。金融では地元信金のみ営業継続。ほかは遅れた。」
高橋 準 @myriel_june
庄子「住民の感情の動きを自分なりに整理すると、茫然自失期から激怒期を経て、ハネムーンと無気力が同居する時期へ。さらに現在は、「あきらめる」と「がんばる」とが同居、加えて放射線への不安。」
残りを読む(30)

コメント

Toshiaki Ono @onotoshiaki 2012年12月25日
タイトルを「庄子まゆみさん『南相馬市役所の震災対応とその後の取り組みについて』」に変更しました。
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする