友野詳氏の「シャハルサーガ 第1部」 ストーリー版
#SSG選択 全身を、黒エビにたかられながら、アリクのマガナックが、つっこんできた。「無茶するな!」。エビをはらい落とし、ユーディアをマガナックに乗せる。「できるだけ……息を止めるんだ」二人と一匹は、いちかばちか、間近の流砂に身を躍らせた! #シャハルサーガ (88‐B)
2013-02-08 23:15:45第12夜
アリクとユーディアが、並みの体であったなら、流砂から逃れ出る前に窒息していただろう。しかし、魔の要素をとりこんだ肉体は、通常よりはるかに長い、空気補給なしの生存を、可能にしていた。その肉体こそが、追われる原因なのだから、皮肉なことではあったが。 #シャハルサーガ (89)
2013-02-12 23:00:38流砂は、大地のひび割れを抜け、地下の大空洞へと、ふたりを運んでいった。帝都大宮より広い、ほの白く輝く岩窟へ、青い砂の滝がそそぎこむ。大洞窟の底に、湖のように広がる砂へと、アリクとユーディアは一度沈みこみ、そして、マガナックにひきあげられた。 #シャハルサーガ (90)
2013-02-12 23:00:52「……助かった?」砂だまりのほとり、平らな岩にはいあがって、手足を広げ、仰向けになって、ユーディアは呟いた。「……わからない。でも、オレたちは、まだ生きている。ふたり……いっしょに」。アリクの言葉に、マガナックが、不満そうに羽の唸りを響かせた。 #シャハルサーガ (91)
2013-02-12 23:01:07「すまん。三人だ」アリクはあわてて言い、そして、一気に緊張がとけたからだろう、高らかに笑い出した。ユーディアは、しばらくそれを見つめていたけれど、やがて、つられて笑いだした。先に笑いを止めたのはアリクだ。自分を見つめる瞳に気づいて、少女も唇を閉じる。 #シャハルサーガ (92)
2013-02-12 23:01:19「……ごめん。……わたしが笑ったりなんか……」と、ユーディアがうつむいた。顔など見えなくても、丸めた背中が、彼女のかかえた罪悪感を伝えてくる。アリクは、はっとして、彼女へとにじりよった。ユーディアが身をかわした。「だめ。わたしのせいで……アリクは……」 #シャハルサーガ (93)
2013-02-12 23:01:31少しの時間、アリクは考え、そして立ち上がった。ほがらかな声を作る。「ユーディアの笑い声、はじめて聞いた」アリクの口調に、光を感じて、少女は少年を見上げた。「ユーディアの笑い声。聞いてると力が湧いてくる。ほら、見てごらん」。アリクは、たたっと駆け出した。 #シャハルサーガ (94)
2013-02-12 23:01:43青い砂のところどころに、白く輝く岩が突き出ている。アリクは、岩から岩へ、軽妙に飛び移り、ひときわ高い岩から、高々と宙に舞った。一回転、二回転、ユーディアの表情が輝き……アリクは3度めを回りきれず、頭から砂へつっこんだ。ユーディアが悲鳴をあげて駆け寄る。 #シャハルサーガ (95)
2013-02-12 23:01:55青い砂を蹴立てて、少女が走る。青銅色の髪に、ひとふさの白銀がまじり、たなびく。黄金色の瞳には涙がいっぱいだ。彼女が、頭を埋もれさせたアリクの腕をつかんだ。同時に、少年が頭を砂からひきだした。ユーディアがアリクの右腕を抱きしめたまま、二人の瞳が出会う。 #シャハルサーガ (96)
2013-02-12 23:02:11「ごめん……笑ってほしかったのに泣かせてしまった」。アリクの無骨な指が、ユーディアのなめらかな頬にのびる。今度は、少女も逃げなかった。指が届く紙一重の直前で、ざざっという無粋な音が邪魔をした。あわてて二人がそれぞれに周囲を見回す。砂が渦巻いている。 #シャハルサーガ (97)
2013-02-12 23:02:25青い砂に、渦が現れていた。ちょうど人を呑みこむくらいの大きさだ。ひのふのみ、合計五つ。ほぼ均等に、アリクとユーディアを取り巻いていた。マガナックが飛翔して、ふたりのそばに舞い降りる。アリクは、ユーディアをマガナックにまたがらせ、盾となる位置に立った。 #シャハルサーガ (98)
2013-02-12 23:02:53「俺は、ユーディアと同じ種類のものになってたんだな。ユーディアはそれを気づかせまいとしてくれてたんだろ? でも、もういまは、離れようと思わないでくれ」油断なく、周囲の渦を見つめながら、アリクは自分の腕をつかんだままのユーディアの手に、自分の手をそえた。 #シャハルサーガ (99)
2013-02-12 23:03:18「巻きこまれたなんて、いまさら思わない。俺がきみを捕まえたんだ」。砂の渦は生き物の仕業だ。砂漠の地下に住む怪物を、アリクは思い浮かべた。怯えがわきあがってくる。だが、恐怖は、あの闇を心臓からひきずりだしてはこない。ユーディアのぬくもりがあるからだ。 #シャハルサーガ (100)
2013-02-12 23:03:29「わたしとあなた……ふたりだけの種族。……静かに暮せる場所はあるのかな……」ユーディアの呟きに、アリクはなんとも返事のしようがなかった。港に来るという『迎え』は、ユーディアが〈悪魔〉と知って味方しているのか。だとしたら闇の信徒の可能性もあるが……。 #シャハルサーガ (101)
2013-02-12 23:04:52#SSG選択 渦からにじみ出てきたのは、粘性を持った水塊だった。内部に色とりどりの球体を抱えている。〈姿なきグルグドゥ〉と呼ばれ、人と同等の知性を持つ水の種族だ。彼らがいるのなら、海への水路があるのか? 港まで案内してもらえるかもしれない! #シャハルサーガ (102‐B)
2013-02-12 23:05:41第13夜(第1部最終夜)
……港まで連れて行ってもらえるかもしれない。もちろん、無料でとはゆかないだろうが。いや、そもそも彼ら〈姿なきグルグドゥ〉は、何をしにに、アリクたちの前にあらわれた? 分たちの領域への、無断侵入者を、捕らえるためと考えるのが妥当ではないか?ならば……。 #シャハルサーガ (103)
2013-02-16 23:00:57アリクの緊張を感じて、マガナックが翅を広げ、両手の鎌をすっともちあげた。しかし、アリクは、マガナックの背をなでておちつかせた。そのアリクの手をめがけて、〈姿なきグルグドゥ〉が、体の一部を細く長く伸ばして、取り縄のように巻きつけてきた。 #シャハルサーガ (104)
2013-02-16 23:01:10とっさに、アリクはその透明な触手をふりはらった。右手が獣毛におおわれ、爪がナイフのようにのびる。〈姿なきグルグドゥ〉の肉体が、水滴になって飛び散った。四体の〈グルグドゥ〉の内部にある球体が、赤く鋭く光った。その光は、なんらかの意志を示しているのだ。 #シャハルサーガ (105)
2013-02-16 23:01:57〈グルグドゥ〉は、内臓の明滅で意志を交わす。時には、人間が呪文を唱えるのに相当することもある。そして、いまの明滅は、体内の魔法具を起動させるためのものだった。赤い内臓が、変形して文字になる。「……読めない」。〈沙覇留〉族は、一部しか読み書きをしない。 #シャハルサーガ (106)
2013-02-16 23:02:36「……わたし……わからない」。ユーディアは、自分が文字を読めるかどうか、わからないのだと言った。アリクたちの反応のなさにじれたのか〈姿なきグルグドゥ〉たちが、薄い膜のように変形し、自分たちの体を広げて網のように二人を囲んだ。戦うしかないのだろうか。 #シャハルサーガ (107)
2013-02-16 23:03:19けれど、その時だった。また砂が渦を巻いた。さきほどより巨大だ。その渦を感知して〈姿なきグルグドゥ〉たちが、肉体の形をもとに戻す。そして、渦からにじみ出てきたのは、ひときわ大きな〈グルグドゥ〉だ。内部に、小さな影をかかえている。 #シャハルサーガ (108)
2013-02-16 23:03:58「いたか」「いたのだ」「仕事の途中放棄」「放棄するはよくないな」「じつによくない」「報酬は払えぬ」「払えぬな」なんと? 〈グルグドゥ〉の内部から出てきたのは、ファタタ族だった。流砂船のあるじ、アリクたちの雇い主だ。 #シャハルサーガ (109)
2013-02-16 23:04:09「魔の匂い?」「せぬな」「水のものは感じるか?」「わからぬか」「ならば、よい」「魔のものとはっきりしたら」「そのときはつぶす」「それまで働け」ミーアキャットのような種族、ファタタ。彼らは、全員でひとつの知性を共有する。個人の経験は、全体の経験なのだ。 #シャハルサーガ (110)
2013-02-16 23:04:26