ニセコイ二次創作「テンコウ」

「転校しても、私たちずっと友達だからね」「るりちゃんのこと、ずっと忘れないから」 扉の向こうから聞こえてくる友人たちの声――。私は涙を堪えて震えながらぎゅっと唇を噛み締めていた。
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架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「よう、最近いつもここで何してんだ?」「いいから、見てて!」 私は舞子の袖を取って引っ張り寄せた。いつもなら顔を見ただけで鉄拳を振るいたくなるが、あの時はこんな男にすら縋りたかった。「オイ、いきなりなんだよ」 彼には答えず、私の震える人差し指は一条君の下駄箱を指差した。#テンコウ

2013-01-14 16:49:07
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「あの中に手紙を入れてるの……」「手紙?」「小咲が、一条君のこと、好きだ、って」「おい、それ反則じゃ!?」「いいから見てて!」 小咲は実質一度は告白したようなものだ。私がこういう形を取ったっていいだろう。……それに、今はそんなこと言ってる場合じゃない。「始まったわ」 #テンコウ

2013-01-14 16:52:18
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「オ、オイ、なんだよ、あれ……」 隣で舞子が生唾を飲み込む音が聞こえてくる。私がこの光景を目にするのは三度目だが、何度見ても不気味さは拭えない。勝手に、開いているのだ。手紙を入れた一条君の下駄箱が勝手に開き、途端に強風が巻き起こって、中の手紙は風に乗って運ばれていく。#テンコウ

2013-01-14 16:54:40
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

手紙の舞った方向に私は走り出した。「ま、待てよ!」 慌てて舞子が追いかけてくる。風に乗った手紙は淀みなく焼却炉へと飛び込んだ。これで、私の用意したメッセージは文字通り灰燼に帰したわけだ。「やっぱり……今日も同じ」。「今日も、って。こんなんが何度も続いてるのか!?」#テンコウ

2013-01-14 16:56:37
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

興奮した様子で舞子が問いかけてくる。「そうね……下駄箱に手紙を入れたら、三回中三回こうなったわ」 私の答えを聞いて、舞子はしばらく驚きと呆れ顔の入り混じった表情を見せていたが、不意に真顔になると、ややあってこう言った。「……条件を確定したいな」 条件?? #テンコウ

2013-01-14 17:01:18
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「つまりだな。何かしらこの現象が発生する条件があるはずなんだ。誰がやっているのか、どうやってやっているのか分からないが、何らかの意図があるからこそ同じ状況下で同じ現象が起こるわけだ。それなら条件を微妙に変えて再現性を確認すれば」 この現象に隠された意図が読み解ける!? #テンコウ

2013-01-14 17:06:22
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

次の日から、私と舞子は異なる条件を複数設定し繰り返し実験を試みた。手紙を変えてみる。白紙にする。内容を変える。ビデオレターにする。宛先を変えてみる。舞子の下駄箱に入れる。私の下駄箱に入れる。実験の間、一条君はたびたび白紙の手紙を受け取って首を捻っていたが仕方がない。#テンコウ

2013-01-14 17:08:50
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

半月ほど実験を繰り返していると怪奇な現象も流石に見慣れたもので、段々と気味悪さは薄れてきた。共に実験を行い適切な指針を示してくれるパートナー、舞子集の存在も正直大きかった。この時の私は彼に対して、作業上のパートナーという以上の、親近感のようなものを覚え始めていた……。#テンコウ

2013-01-14 17:12:26
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「よし、大体データは揃ったな」 舞子が私を見てウインクしてくる。以前の私なら条件反射的に鉄拳を振るったものだが、そんな彼に、私も優しく微笑み返していた。「一応仮説は出来上がった。だが、その前に一つ確かめたいことがある」。彼は一条家へ行くと言った。#テンコウ

2013-01-14 17:19:06
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「集、気をつけてね……。なんだか嫌な予感がするの」「心配ないさ。夜、電話する」 その時の私には、それが彼との最後の会話になりそうな、そんな予感さえしていた……。#テンコウ

2013-01-14 17:28:07
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

けど、そんな私の心配は杞憂に終わった。21時14分。舞子から私のケータイに電話があった。舞子は確信に満ちた声で、しかし、少しだけ焦った様子でこう言った。「裏付けが取れたよ。やはり、あの現象にはルールが存在する。ただ、これは思っていた以上に深刻な問題かもしれない」#テンコウ

2013-01-14 17:30:37
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「深刻って、どういうこと……?」 舞子が続ける。「この現象は今回は手紙で起こっていた。手紙がどうなろうと大したことじゃない。けれどこれが人だったらどうなる?」「え……」「文化祭のことを覚えてるか」 文化祭……小咲が足首を捻って……ジュリエット役が千棘ちゃんに……あっ! #テンコウ

2013-01-14 17:33:53
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「この現象を引き起こしている"ヤツ"にとっては、そいつの設定したルールこそが最優先なんだ。そのルールを破ろうとしたら……物なら壊れるし、人なら怪我をすることもある。たぶん小野寺は気付かぬうちにそのルールを逸脱してしまったんだ。怪我で済んだのはラッキーだったかもしれない」#テンコウ

2013-01-14 17:37:40
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

最悪の事態を想定して……私はごくりと生唾を飲み込んだ。「"ヤツ"が誰なのかは分からない。何の目的でこんなことをしているのかも不明だ。けれど、ルールはおぼろげに見えてきた。ルールから逸脱しないよう、注意深く避けていけば、最悪の事態は防げるかもしれない」#テンコウ

2013-01-14 17:41:29
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「小咲に、一刻も早く伝えないと…」「ああ。だが、伝え方は考えた方がいい。これを知ってしまったこと自体がルールに抵触しているかもしれない。とにかく今からそちらに行くから今後の対策を考えよう。俺の仮説の妥当性も確認して欲しい」電話を切った私は震える体を抱いてベッドに座った。#テンコウ

2013-01-14 17:46:10
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

だが、それから結局、舞子は私の家を訪ねなかった。何度もケータイに電話したが、電波の届かないところにいるようだ。私は不安に苛まれながら、いま日記帳にこれまでの経緯を綴っている。明日、いつもどおり学校に登校してきた舞子と笑い合って、この夜の不安が笑い話になれば良いのだが…。#テンコウ

2013-01-14 17:51:08
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

けれど、もしも舞子の身に何かが起こっていたら……。彼は言っていた。「これを知ってしまったこと自体がルールに抵触しているかもしれない」と。舞子と私の仮説は……たぶん同じだ。舞子の次は、きっと私の番なのだろう。ああ、もうすぐ夜が明ける。私は今の状況を楽観視していない。#テンコウ

2013-01-14 17:54:13
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

<その次のページからメモの筆跡は極度に乱れた走り書きへと変わっている。>

2013-01-14 17:58:23
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

おそらくだが、私に残された時間は少ない。それでも、できるだけ冷静に、今朝からの事の顛末を記しておかなければならない。私の親友、小咲のためにも。誰かまともな人がこれを発見し、小咲に然るべき対策法を授けてくれることを願って。

2013-01-14 18:01:58
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

今朝、学校に行っても、案の定、舞子の姿はなかった。始業のベルが鳴っても姿を見せない。HRの後、私はたまらなくなって担任に尋ねた。「先生、舞子から欠席の連絡は届いていますか?」 だが、先生はきょとんとした顔を浮かべて、こういったのだ。「舞子くんなら昨日転校したでしょう?」#テンコウ

2013-01-14 18:04:41
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「転…校…」「そうよ、みんなで駅まで見送ったじゃない? 色紙も書いたし」そんな馬鹿な……馬鹿な……。そうだ一条君に、舞子の親友の一条君に聞こう!と振り返ったら、機先を制するように彼もこういった。「集は転校したよ」。横の千棘ちゃんも繰り返す。「舞子は転校したでしょ」。#テンコウ

2013-01-14 18:07:40
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「小咲っ、小咲ッ!」 私は小咲を見た。だが、彼女も。「るりちゃん、舞子君は転校したよ」。みんなと同じ、抑揚のない声で、石膏のような目で私を見て言ったのだ。「嫌ぁああ!!!!」 私は慌てて教室を飛び出した! #テンコウ

2013-01-14 18:09:29
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

私は走った! 肺が張り裂けんばかりに走った!! どうすればいいのかわからない。皆が狂ったのか、それとも私が狂ってしまったのか! どこに逃げればいいかも分からない。分からないが、とりあえず自室だ、自室に閉じこもるんだ! しかし、自宅まであと数歩という距離で、それが来た! #テンコウ

2013-01-14 18:14:04
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

ヒュン――と、硬い何かが私の額をかすめて、家の壁にぶつかった。跳ね返り、ころころと足元に転がるそれは……野球ボールだ。私がしばらく呆然としていると、野球部のユニフォームを着た男が現れて、「すいませんね、ファールが飛んじゃって」。頭を下げてボールを持っていった。#テンコウ

2013-01-14 18:17:27
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

私はホッとしながら自宅へ入った。なんだ、ただの野球部か。……いや。待てよ。おかしい、ここは住宅街だ。野球部が練習できるスペースなんてこの辺にない。それにこんな時間から部活……? その時、私は不意に小咲の言葉を思い出した。「告白しようとしたんだけどボールが飛んできて……」#テンコウ

2013-01-14 18:20:42