「からくり仕掛け」

あなたはだれがつくった 世界はだれがつくった わたしはだれがつくった 続きを読む
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Shimada Yuichi @chimada

眠りに移らない。少しだけ待ってみよう。なんてことはない。ちょっと遅れているだけだ。「きゃん」女の子の声が響いた。わたしは女の子の姿を認めた。女の子は申し訳なさそうにしている。「すみませんわたくしあなたをのぞいていました」「帰って」そうして女の子は帰った。夢は現とつながっている。

2012-11-19 22:30:52
Shimada Yuichi @chimada

眠るのは少しだけ〈境目〉に立つことだ。夢と現の間。そこに境目がある。わたしたちは眠るとその境目に立つ。そこからいわゆる夢を見る。境目から見る夢はそこでしか見られない。目覚めた時には姿を変えてしまう。なのだけれど。ときどき夢と現を行き来するものがあらわれる。あの女の子がそうだった。

2012-11-19 22:37:48
Shimada Yuichi @chimada

帰ったと思った女の子は帰っていなかった。「おかわりください」「お帰りください」「朝から冗談きついですよ。〈仮面〉さん」「朝からわたしは冗談を言わないよ。〈辛子〉ちゃん」大学生であるわたしはどこかの夢からあらわれた女の子を自宅に保護している。帰れないのだそうだ。はやく帰ってほしい。

2012-11-19 22:43:09
Shimada Yuichi @chimada

帰らない女の子、名前は〈辛子〉という。辛子マヨネーズの辛子だ。もちろん本名ではない。「〈あちら〉と〈こちら〉の人々はほんらい関わることがないのですよ。だからほんとうの名前を呼んではいけないのでわたしを好きに呼んでください」それでわたしは辛子が嫌いだったので彼女を〈辛子〉と呼んだ。

2012-11-19 22:45:23
Shimada Yuichi @chimada

彼女のほうもわたしのことを本名では呼ばない。〈仮面〉と呼ぶ。仮面舞踏会の仮面だ。どうしてそう呼ぶのか。わたしはそのことについては聞かなかった。わたしたちはほんらい関わることがないらしい。それでも無理に関わろうとすると混乱が起きるそうだ。わたしたちは距離を置いて暮らしている。

2012-11-19 22:55:31
Shimada Yuichi @chimada

眠ろうとして眠れなかった夜のこと。〈辛子〉は夢枕にあらわれた。違う。あれは夢ではなかったのだ。「すみません。〈こちら〉の人」泣きそうになっていたけれど〈辛子〉は泣かなかった。「どうしたの」わたしはようやくそう言った。驚いていたのだ。「〈あちら〉に帰れないんです」〈辛子〉は答えた。

2012-11-19 23:01:01
Shimada Yuichi @chimada

夢と現を行き来するものがある。〈辛子〉はそのひとりだった。「なるほど。それで今夜はわたしが眠ろうとしているのをのぞいたわけだ」「はい。のぞいていました」〈辛子〉は神妙になりながらもわたしの質問にひとつひとつ答えていった。答えられないこともあった。「どうして帰れなくなったのだろう」

2012-11-19 23:11:42
Shimada Yuichi @chimada

〈辛子〉はわたしにとっての夢から来たらしい。そんなことどうして信じられる。「どうしたら信じてもらえるでしょう」〈辛子〉は嘆いた。信じてもらえないのは辛いことだ。けれどなにより辛いのは信じようとしないことだ。「いいよ。今晩は家に泊まりなさい。夜遅くに迷子の女の子を 外に出せないよ」

2012-11-19 23:14:41
Shimada Yuichi @chimada

ところで夢とはなんだろう。それは「もうひとつの現」なのだと〈辛子〉は言った。わたしの理解だとこうなる。夢は非・現だ。母国にとっての外国のようなものだろうか。そこでは使っている言葉が異なる。流れてきた歴史が異なる。そして何より見ているものが異なる。「わたしとあなたが異なるように」

2012-11-19 23:26:44
Shimada Yuichi @chimada

〈辛子〉は迷子のようなものなのだ。それもひとりきりで知らない国に取り残された女の子のようにひどく不安定な。「ここに泊めていただいてもいいんですか」〈辛子〉はおずおずとわたしを見た。「いいよ」わたしは言った。「それではまずはじめにお風呂に入りなさい」そうして〈辛子〉は家に泊まった。

2012-11-19 23:41:16
Shimada Yuichi @chimada

〈辛子〉は帰るための通路をさがしている。「それはどこにあるんだ」わたしは聞く。「どこにあるんでしょう。〈仮面〉さんは知ってますか」「知ってたら教えたいのだけれどね」わたしはため息を吐いた。「さがすしかないね」「なるほど。『通路をさがす』ですか」〈辛子〉は妙に感心したようすだった。

2012-11-19 23:49:59
Shimada Yuichi @chimada

スクランブルエッグ。ベーコン。トースト。ミルク。サラダ。ケチャップ。バター。ジャム。ドレッシング。わたしは簡単な朝食をつくった。〈辛子〉はその様子をながめていた。そういえば夢と現では食文化も異なるのだろうか。「食べられる?」わたしは聞いた。「美味しそうです」〈辛子〉はそう言った。

2012-11-19 23:54:26
Shimada Yuichi @chimada

朝食をとったあとで〈辛子〉に聞いた。「通路をさがすあてはあるの?」「ありませんね」〈辛子〉は言った。「そもそもこんなことになるのはめずらしいのです」「そうか」「あ。いま〈仮面〉さんは〈辛子〉に『ドジっ娘属性がある』と踏みましたね。見てらっしゃい。度肝を抜いてあげる」「がんばって」

2012-11-20 00:01:30
Shimada Yuichi @chimada

辛子は小学四年生の女の子! ある日お姉さんの部屋をのぞいていたら、大変! 元の世界に帰れなくなっちゃった! 漂流少女スパイシー辛子は毎週水曜夕方六時から放送中。見てね! 「おつかれ。〈辛子〉。」「ふぃー。どうもです。〈仮面〉さん」「ところでその衣装は着替えようか」「お願いします」

2012-11-20 20:21:32
Shimada Yuichi @chimada

外に出ることにした。そこで〈辛子〉はわたしに頼んだ。「〈仮面〉さん。〈辛子〉はこんな服ではどうにも目立ちすぎやしませんか」そうなのだ。〈あっち〉から来た〈辛子〉の服装はどうも〈こっち〉の文化にそぐわない。それは旅人の衣装だった。「着替えさせてください」わたしには心当たりがあった。

2012-11-21 21:16:52
Shimada Yuichi @chimada

「〈辛子〉。このひとが御厨楓さんだ」「はじめまして。〈辛子〉ちゃん」「はい。〈辛子〉と申します。本日はお会いできて光栄です」「あらまぁ」「すみません楓さん。急に押しかけて」「いいのよ。ところで今日はどういったご用向きで」「楓さん。この子に服を貸していただけないでしょうか」「はぁ」

2012-11-21 21:26:08
Shimada Yuichi @chimada

「〈仮面〉さん! わたしは生まれ変わりましたよ! これでどこからどう見てもわたしは普通の女の子です!」「そうだね。興奮するなよ。〈辛子〉」楓の手によって〈辛子〉は変身した。もっとも楓ひとりの手によるものではない。彼女は蜘蛛の巣のように編まれた人脈をたどって〈辛子〉に服を用意した。

2012-11-21 21:31:45
Shimada Yuichi @chimada

用意された服を着た〈辛子〉はわたしの前に進み出た。「〈仮面〉さん。ありがとうございます」「そうじゃないだろう。〈辛子〉。礼なら楓さんに言え」「そうでした。それでも。ありがとうございます」「それなら。どういたしまして」わたしたちは互いに頭をさげた。これにて一件落着「じゃないですよ」

2012-11-21 21:40:42
Shimada Yuichi @chimada

「そういえばですよ。〈仮面〉さん」「どうしたの。〈辛子〉」「さきほどわたしたちは御厨楓さんにあるものをだれかに届けてくれと頼まれました。それっていったいなんだったんですか」「手鏡だよ」「手鏡?」「割れやすいものだから注意しないとね」「卵のように?」「そう。卵のように大切に運ぼう」

2012-11-22 20:59:57
Shimada Yuichi @chimada

御厨楓はひとり鏡台に向けて報告する。「こちら楓。〈種子〉と接触した。〈種子〉は助手を得て行動している。行動に支障をきたすような要因は今のところ見当たらない。わたしは〈種子〉に方向を示唆した。これからも任務に基づき〈種子〉への援助を継続する。以上、報告を終える」鏡台は沈黙を保った。

2012-11-22 21:19:25
Shimada Yuichi @chimada

「〈仮面〉さん。少し歩きませんか」「〈辛子〉。いいけどさ。けっこう歩くよ」「どのくらいでしょう」「どのくらいかな。ほんらいなら電車を使うところだ。電車って知ってる?」「はい。電車は人を詰めて運ぶ乗り物のことですよね」「〈辛子〉。時間はあるからゆっくり歩こう」「はい。〈仮面〉さん」

2012-11-23 21:42:21
Shimada Yuichi @chimada

わたしはなんども後ろを振り返った。そのたびに〈辛子〉がついてくるのをたしかめる。歩きはじめのころはふたりとも軽口を叩き合っていたのだが、時間が経つにつれて口数は減っていった。どこまで歩けばいいのだろう。「〈辛子〉さん。まるで水槽にとじこめられたみたいです」「だれが見るんだろうね」

2012-11-24 22:01:59
Shimada Yuichi @chimada

「〈辛子〉」「ん。どうしましたか。〈仮面〉さん」「楓さんに頼まれて手鏡を渡しに行く。わたしはいいんだよ。けれど〈辛子〉は早く帰りたいんじゃないのか」「お気遣いありがとうございます。けれどもこんなすてきな服をいただいたお礼を〈辛子〉もしたいのです」「それじゃあ」「ええ。行きますよ」

2012-11-25 21:26:24
Shimada Yuichi @chimada

目の前に穴があらわれた。地面ではない。目の前だ。わたしがいぶかっていると、〈辛子〉がわたしの手をつかんだ。「〈仮面〉さん。走りましょう」「おい」わけもわからずわたしは〈辛子〉に手をひかれてかけ出した。後ろを振り返るとそこに穴はなかった。それでもわたしたちは走るのを止めなかった。

2012-11-26 21:41:41
Shimada Yuichi @chimada

「なんなのあれ!?」わたしは〈辛子〉に構わず叫んでいた。〈辛子〉はわたしの隣で平然と息を整えていた。「さぁ。なんなんでしょうね」〈辛子〉はなにかを知っている。わたしにはそう思えた。「行きましょうか」「どこへ」わたしは落ち着き払った〈辛子〉に腹を立てた。〈辛子〉は先に歩き出した。

2012-11-27 21:16:15
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