工房径連作ついのべ集3

同期の会社員同士のツンデレラブ。なるべくひとつひとつのついのべも独立するように心がけてはいたのですが、力及ばず。すみません。計25本。
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工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 「春なんか来ねえよ」冴え冴えと光るオリオンに八つ当たりした。凍てつくような夜気がコートを割って忍び込む。「春には帰るから」そう言った彼女は転勤で南へ。立春を過ぎても梅の蕾は固く、桜はさらにその先だ。「春はまだか」俺は冬眠の熊みたいに春を待つ。腹ぺこな胸を抱えて。

2013-02-21 23:22:42
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 同期入社したときから負けん気の強い女だった。媚びない、頼らない。新人らしからぬ言動はたびたび周囲の反感を買った。翌年の会社の花見で、彼女はひとり酌もせず、満開の桜を見上げてた。薄闇の中、横顔は花のように儚げで。紙コップの安酒に花弁ひとひら。俺も一緒に恋に落ちた。

2013-02-22 12:44:08
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 納涼会で彼女の隣に陣取った。好きなくせに喧嘩を仕掛けてばかりの天の邪鬼な俺だが、あからさまに目を逸らされるとさすがに凹む。下戸の彼女の前には、汗をかいたビールのジョッキ。黙って奪い一気に煽る。見ろよ、俺を。お前のすべてを飲み込む覚悟は、いつだってできてるんだぜ。

2013-02-26 18:51:20
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 月曜日、彼女が熱心に読んでいた雑誌は「夜の水族館特集」。週末の帰り際「行く?」水族館のチケットを差し出した。「女の子にドタキャンでもされたの」憎まれ口を叩きつつ彼女の目はチケットに釘付け。「嫌なら他を当たるよ」隙を見せたほうの負け。俺は誘いのルアーをぐっと引く。

2013-02-26 12:55:25
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 夏のジャズフェス、秋の美術館。「他に誰か誘う子いないの」連れ回すたび同じ台詞を繰り返す同期の彼女。「いい加減わかれよ。お前みたいな気難しい女、下心なしに誘うと思うか」。遠回しな告白の答えは「気難しくて悪かったわね」。意地っ張りなお前らしい、と言えばらしいけど。

2013-02-26 17:48:21
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 冬になっても俺たちの間は平行線のまま。彼女は俺を拒まない、でも気も許さない。社運をかけた企画のコンペが始まり、候補になった彼女は多忙さを増した。やつれた横顔を見ながら、帰社するふりをして彼女の夜食を買いに行く俺。そんな甲斐甲斐しいキャラかよ、と毒づきながら。

2013-02-27 07:53:20
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel ひとり残業する彼女に何度か食事を差し入れた。囁くような「ありがと」の後「寒い中わざわざ戻ってこなくても」とつけ足すのがいかにも彼女だ。「言ったろ? 下心があるって」報酬だ、とばかりに重ねる唇。「これで手懐けたなんて思わないで」涙目で凄んだって、俺を煽るだけだよ。

2013-02-27 18:21:55
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 彼女の企画が社内の最優秀賞に選ばれた。「がんばった甲斐があったな」「ありがと。あなたの差し入れのおかげかも」いつも意地っ張りの彼女がやけに素直なことに違和感を覚える。「しばらく私の顔を見なくて済むわよ」知らなかった。最優秀賞の社員が一年海外留学になることなど。

2013-02-28 16:41:24
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 仕事に妥協を許さず、群れることを嫌った彼女。思えばずっと留学を見越して、皆と距離を置いていたのだ。だけど拒まなかった、ふたりきりの外出も、奪うようなキスも。ぐっと手を引けば、儚げな横顔が歪む。「がんばれるのかよ、俺なしで」がんばれそうもないのは、俺のほうだった。

2013-02-28 22:19:37
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 彼女は留学先の住所すら告げずに旅立っていった。会社の支社が建つその都市は、温暖なアジアの国にある。その国の料理は好きでよく食べるくせに、無知な俺は首都がどこかさえ知らなかった。地球儀の上、すっと指を滑らせる。線を引くようにたやすく、俺もそこに行けたらいいのに。

2013-03-01 18:06:20
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 「個人情報です」総務課では彼女の留学先の住所を教えてくれない。仕方なく「仕事の資料なんです」と泣きつき、郵便を託した。事務的な社用封筒の中身は、ふたりで歩いた場所の絵葉書。水族館、ジャズフェスが開催された避暑地、美術館。女々しくも、宛先に俺の住所を書いて。

2013-03-01 18:06:51
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 何度となく自宅のポストを覗くが、彼女からの便りはない。諦めかけた6月、開けたポストからはらり、と絵葉書が落ちた。夕陽に染まるエキゾチックな寺院は、彼女のいる国の世界遺産。裏返せば「もったいなくて出せないような絵葉書、送ってこないで」。彼女らしいひと言に苦笑した。

2013-03-03 07:10:58
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 異国で暮らす彼女に絵葉書を出す。打ち上げ花火、路地裏に咲く鉢植えの朝顔、燃えるような渓谷の紅葉。何度目かにやっと、見知らぬフルーツが溢れる市場の絵葉書が届いた。「新天地でがんばろうとしてるのに、郷愁を誘おうなんてひどい人」そんな恨み節さえ、俺にはひどく甘い。

2013-03-03 07:11:28
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 「海外の仕事が楽しくて、あなたのことなんて忘れてしまうわ」飲み会でそう言ったのは、俺と彼女をよく知る同僚の女。「淋しいんでしょ?」そう言って俺の手に重ねる手。身動ぐと、内ポケットに入れていた異国の絵葉書が布越しにちくりと触れた。「悪いけど」払った手に迷いはない。

2013-03-03 14:31:14
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 飲み会に行くのはやめたが、彼女の帰国をただ待ってる俺じゃない。ジムで身体をいじめ抜き、圧力鍋料理に挑戦。英会話教室に通い、経済新聞を購読した。彼女の国の株を追い、政情不安が続く国と知る。「株価小反落ってマジかよ」と年賀状に書けば、彼女の返事は「春には帰るから」。

2013-03-03 14:32:00
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 春はどこだ。温暖な彼女の国にはきっとない氷点下の夜、俺はたまらなくなって闇雲に街を走った。元気か。淋しさやプレッシャーに押しつぶされてないか。葉書では問えない言葉を、拳に握りしめて。弱音を吐けないまま海の向こうで暮らす彼女を、叶うなら抱きしめたい。今すぐに。

2013-03-03 15:03:14
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 彼女の帰国の話はまだない。不眠症気味の2月、英会話教室で「春眠暁を覚えず」を習う。In spring one sleeps a sleep that knows no dawn.(春に人は、夜明けを知らぬ眠りに落ちる)まどろみの淵に落ちたい、願わくばふたりで。

2013-03-03 15:31:43
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 上司から昇進を打診され春が近いことを知る。「英語や株式も勉強してるらしいな」「それより海外にいる彼女は」恥も外聞もなく詰め寄った。4月に戻れば当然昇進するはずの彼女。差し置いて同期の俺が、と言うことは。「4月の帰国は無理かもしれん」。それ以降の話は覚えていない。

2013-03-04 17:54:29

工房径さんは、「夜の海辺」で登場人物が「振られる」、「鎖」という単語を使ったお話を考えて下さい。 #rendai http://shindanmaker.com/28927

工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 「帰国しないってことは、振られたんだろうな」夜の海辺で独りごちた。冷たい潮風が襟元から吹き込み、鎖骨が軋む。アダムの鎖骨で作られたイブのように、俺の鎖骨もこのまま剥がれて、お前になってしまえばいい。そんな狂気のまま、俺は自分の鎖骨を拳で叩く、折れるほど。

2013-03-04 17:54:55

工房径さんは、「早朝のベランダ」で登場人物が「浮気する」、「紅茶」という単語を使ったお話を考えて下さい。 #rendai http://shindanmaker.com/28927

工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 眠れぬまま午前4時。ベランダで燻らすのは、浮気心を起こして買ったいつもと違う煙草。どこかで猫が恋の相手を乞うて鳴く。つくづく、春だ。人も、鳴いて想いが叶うなら。そう考えてはっとした。俺は本当に鳴いたか。腹の底から身いっぱい。いつしか空は、紅茶みたいな色の朝焼け。

2013-03-05 18:55:41
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel スケジュールを調整し、国際線の時刻を調べた。彼女の家も電話番号も知らない。わかるのは、あの国の我が社の支局にいることだけ。飛行機のチケットをとり、トランクに当座の物を詰め込んだ。会って訊けばいい。俺の番(つがい)になる気はないかと。声の限りに鳴き、身を震わせて。

2013-03-05 21:24:52
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 休日出勤していた俺が、忙しい年度末に有休をとる。訝しむ同僚に昇進前の息抜きだと誤魔化し、黙々とタスクをこなした。いよいよ日本を発つ日、会社から空港に直行しようとトランク持参で家を出る。途中、目の前を横切る猫にガンを飛ばした。俺はもうお前たちを羨んだりしない。

2013-03-06 08:25:33
工房径(koubou-kei) @pleaseinuplease

#twnovel 出発まで時間がない。終業と同時に会社を飛び出し、地下鉄の駅までダッシュした。派手な音を立てて転がす黒いトランク。音が大きくなって目を上げれば、前方から赤いトランクを転がす人影が。儚げな面差しに目を疑った。がたん。赤と黒、ふたつのトランクが止まる。彼女、だった。

2013-03-06 17:41:42