『アイカツおじさんと幼女先輩2』 全てが無だった。アイカツ!を極めた日にそれは訪れていた。 音が遠くに聞こえる。視界が霧に覆われる。身体が溶けてゆく。 アイカツおじさんは全国を巡り歩いていた。《1/33》
2013-02-26 03:05:59アイカツ!筐体は幼児向けに設計されているため、膝をついてプレイする。そのためにズボンの膝には大きな穴が開いていた。着替えも何ヶ月もしていない。まるで浮浪者である。 全国の設置店を回るアイカツおじさん。《2/33》
2013-02-26 03:06:14彼にはルールがあった。店に入るのは16時以降。幼女が極端に少なくなる時間だ。そして1店につき1プレイ。何の意味があるのか。それでもカードは1枚ずつ増えていき、リュックを圧迫していく。《3/33》
2013-02-26 03:06:28「重い」 渇いた唇から苦痛の声が出る。 「重い」 それはカードか、全国一位の重圧か。 アニメも始まり新参も増え、彼はいつしか「伝説のアイカツおじさん先輩」と呼ばれるようになっていた。《4/33》
2013-02-26 03:06:40暗くなってから現れるアイカツおじさん。出てくるカードを確認せずにリュックに入れる。 1プレイで好成績を収めるアイカツおじさん。出ていく彼はかつての全国一位。 このアイカツおじさんは伝説のアイカツおじさん先輩。出る杭も己で打って消えてゆく。《5/33》
2013-02-26 03:06:52一体どこへ向かうのだろう。深い闇に深い闇に。彼にはそれも見えていない。見ていない。見ようともしない。見たくない。 見せよう。皆さんに。アイカツおじさんの末路を。全てを忘却して抜け殻となったアイカツおじさんの伝説を。《6/33》
2013-02-26 03:07:06「アイカツはクソゲーだ」 決して許されない言葉を。極めた男が決して口にしてはいけない言葉を。誰でも怒りを覚えるだろう言葉を。小さな声で誰にも聞こえないように呟いて。公園のベンチに丸まりながらアイカツおじさんは静かに涙を流した。《7/33》
2013-02-26 03:07:26大型スーパーのスピーカーから流れる音楽。聞き覚えがある。風景にも記憶がある。前にここに来たのはいつのことだろうか。それよりここはどこだろうか。 「一周したか」 達成感もない。もう一度同じ事を繰り返していくだけ。ただアイカツ!をプレイして次の店へ。それだけの作業だ。《8/33》
2013-02-26 03:07:42ぼんやりと筐体に100円を入れる。 カードの絵も見ずにリュックへしまう。全てのカードを持っているからだ。いらない。いらない。でも捨てない。捨てられない。 スコアだ。今の自分にはスコアが必要なのだ。ボタンを叩きながら、アイカツおじさんは気が遠くなっていく。《9/33》
2013-02-26 03:07:56ああ、ここで終わるのか。終わろうか。眠ろう。ずっと待っていた深い闇へ。 遠くから声が聞こえる。 聞こえる。 (おい、終わったら台から離れな) 聞こえた。 「おい、終わったら台から離れな!」 聞こえる! アイカツおじさんは顔を上げた。《10/33》
2013-02-26 03:08:13「久しぶりだな!」 世界が弾けた。色が広がった。音が透き通る。 光が。眩しいほどの。何故忘れていたのだろう。この光を。 死人のような顔でアイカツおじさんは声の主を見る。 そこにいたのは。 「見てくれよ、これ揃ったんだ!」《11/33》
2013-02-26 03:08:27バインダーを開いて見せてくる幼女。違う、それは。 「あんたとトレードした衣装が揃ったよ!」 それは 幼 女 先 輩 。《12/33》
2013-02-26 03:08:43「あ、あ、お久しぶりです」 アイカツおじさんは精一杯の笑顔を浮かべた。それはとても汚くて醜い。笑い方がわからない。歪んで苦しみから逃げ出すように、口の形で誤魔化すのだ。 それを見透かすように幼女先輩は最大の笑顔で言う。《13/33》
2013-02-26 19:47:37「あんた、まだ燻ってるじゃないか。燃え尽きちゃいない」 意味がわからなかった。アイカツおじさんはすがるように幼女先輩に手を伸ばした。 「僕はアイカツがわからない。全てを理解したはずなのに。アイカツって何? 僕は何で、僕はどうして、僕は」《14/33》
2013-02-26 19:48:20あはっ、と幼女先輩は流した。アイカツおじさんの背中を叩く。 「ふたりでしよう!」 アイカツおじさんは流されるまま幼女先輩に続いて100円を投入するのだった。いつもの画面が目の前に広がる。 「あたしの得意曲だからな!」《15/33》
2013-02-26 19:49:24伝説となったアイカツおじさんに不得意曲などない。幼女先輩と言えども手抜きはしない。 楽曲が始まる。 アイカツおじさんの出だしは完璧だ。ノーミス。ノルマは余裕だろうか、邪魔してくれるなよ。しかし、隣を見るとどうだ。見るに悲惨な状況だ。《16/33》
2013-02-26 19:50:21それでも、それでも幼女先輩は笑顔で叩くのだ。 「うん、たんたん、たたたん」 叩くのだ。まるで勝ち負けを意識しないように。純粋に画面に夢中になってひたすらと叩くのだ。 アイカツおじさんは吐き気を抑えた。リズムが狂う。ボタンを叩く手が痺れていく。《17/33》
2013-02-26 19:51:22何でだ! 何でだ! 僕は全国一位も取った! 負けるのか! この自分より未熟な幼女先輩に、負けるのか! 僕が一番なんだ! 「おい、チームアピール!」 幼女先輩の声にアイカツおじさんの目に光が宿る。ふたり同時のタイミングでボタンを押さなくてはならない。《18/33》
2013-02-26 19:52:29「やったあ!」 成功した。画面にキレイなエフェクトが流れる。 僕は、僕はどこにいるのだろう。アイカツおじさんは未だに無の平地に戸惑っていた。 ゲームは終わる。合格だ。 それでもアイカツおじさんは状況を理解できない。《19/33》
2013-02-26 19:53:26この気持ちは何だろう。これは何だろう。誰か教えてください。誰か。 「な、楽しかったな!」 幼女先輩が親指を立てた。その時にアイカツおじさんは理解した。 「楽しい?」 「おう!」と幼女先輩が答えた。《20/33》
2013-02-26 19:54:24楽しい。 アイカツおじさんに光が差した。氷を溶かすように。身を焦がすように。 ああ、楽しかった。楽しい。すごい。 今までに貯め込んだ黒い塊が、苦労した魂が。一気に崩壊する。ひび割れた一点から噴き出すように。《21/33》
2013-02-26 19:55:19「うあああああああああああああああああああああああ」 アイカツおじさんは大声で泣いた。両手の平で顔を覆って。 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」 獣のように泣いた。それは最も野蛮で、最も単純な歌。涙の歌。《22/33》
2013-02-26 19:56:21幼女先輩が周りの目を気にしながら狼狽える。少しして、諦めて。 彼女はアイカツおじさんの頭を撫でた。 「よし、よし」 アイカツおじさんが泣きやむまで。ずっとずっと。 「よし、よし」 ずっとずっと。《23/33》
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