モータードリヴン・ブルース #1
「腹が……水……せめて水を」モーティマーは譫言めいて呟きながら、幾つか角を曲がった。「助けてよォ……」彼は倒れ込んだ。「もう死ぬ……」重金属雨が激しく降りだした。バシャバシャと水を跳ね散らし、「ああ畜生!いきなり降りだして!濡れちゃう!濡れちゃう!」という声が近づいて来た。26
2013-03-19 16:33:03モーティマーは朦朧と見上げた。ジャケットを頭の上に雨除けめいて翳しながら女が駆けてくる。緑のワンピース・ドレスは豊満な胸を強調し、胸の谷間にはアサガオの刺青。モーティマーの横を通り過ぎ、足を止め、戻ってきた。「あんた、どうしたの?」「……」モーティマーは呟いた「食べ物を……」27
2013-03-19 16:35:57……三十分後、モーティマーは肩からバスタオルをかけられ、震えながらバーカウンターの椅子に座っていた。「これ、着られるかしら」妙齢の女はメキシコ国旗柄のスウェットを抱え、奥から現れた。「昔の男の服で悪いわね」「ア……」モーティマーは惚けたように口を開いた。「ア……うん、ハイ」28
2013-03-19 16:42:21「カレーライスでいい?」「エ?」女はにっこり笑った。「お腹空いてるんでしょ?」答えるより早く、モーティマーの腹が鳴った。「ア……」モーティマーは腹を押さえた。女はくすくす笑った。「すぐにあっためるからね」モーティマーはおずおずとスウェットを着、カウンターに立つ女を見た。29
2013-03-19 16:49:58モーティマーは震える手でスプーンを取り、皿に山盛りに盛られたカレーライスを口にした。「おいしいですか?」女はカウンターの向こうからモーティマーを見た。モーティマーはガツガツとカレーライスをかきこんだ。かきこみながら、彼は号泣した。 30
2013-03-19 16:52:44身体を重そうに揺すって「外して保持」のテープを踏み越え、中年デッカーのシンゴ・アモは現場にエントリーした。「ドーモ」マッポが帽子を傾け、アイサツした。「ドーモ」昼の曇り空の下、電線の上にはバイオカラスがすずなりに、おこぼれにあずかろうと見下ろしている……無残な死骸を。 1
2013-03-19 17:04:23「何件目だ?」「三です、三」続けてエントリーした若いデッカーが補足した。「これ、アレですよね、トコシマに来ちゃったかあ。参りましたね」「他所と合わせて何件だ」「ちょっとわからないですね」「こっちが上、あっちが腰から下」「デスネー、見ればわかります」「あれが右腕」「デスネー」 2
2013-03-19 17:09:38そのデッカー、タバタ・ヤスキリは、根本から砕け折れた電柱を指さした。「で、あれが電柱ですね」「ナメてんのか、タバタ=サン?」シンゴが睨んだ。「エッ?」「見りゃわかる!」「それを言うなら右腕も……」「被害者は、アー、ヒキャクかこれは。身元は?」「確認中です」現場マッポが答えた。3
2013-03-19 17:16:00「今朝の被害者連中が、アー、ペケロッパに、プッシャー?」「デスネー」タバタは答えた。「被害者それぞれに関連性は無しでしょうかね」「そうだな」シンゴは電柱に近づいた。「ツジギリの類いだろ」「その柱もですよね」とタバタ。「他所では工場が爆発炎上したりしてますよ。派手です」「派手な」4
2013-03-19 17:31:19「トコシマ区の境界に検問張ってます」「逃がしちまってもいいのによ」「デスネー」「しょうがねえな」シンゴはオカキバーをかじった。「気に入らねえ感じがするぜ」 デスネー」……ザリザリザリザリ……「……」……ザリザリザリザリ…… 5
2013-03-19 18:54:08……ザリザリザリザリ……暗黒非合法探偵フジキド・ケンジは、IRC非合法通信傍受システムの表示から顔を上げた。事件現場のマッポビークルからのIRC通信の断片がモニタを流れてゆく。 6
2013-03-19 18:58:45複数台のUNIXによって構成される暗黒非合法システムは、ネオサイタマのネットワーク上に「ニンジャ」という単語が流れる瞬間を常時監視している他、マッポやデッカー、ヤクザのネットワークにも一部喰い込み、キナ臭みのある案件や殺すべきニンジャの情報をフジキドにもたらす。 7
2013-03-19 19:05:30今回、彼の耳目を引いたのは、ここ一週間のうちに繰り返し発生している殺人破壊事件である。マッポネットのセキュリティレベルは非常に高く、断片的な情報が得られたのは僥倖であった。この破壊行為はなかなかに規模が大きく、単なる場当たりのツジギリ行為とも考えにくい。 8
2013-03-19 19:12:36ツジギリ……そう、サイバネティクス武装を用いて市民を殺害するサイバー・ツジギリの頻度は一時期よりもかなり増している。フジキドはそれらツジギリを斡旋するブローカーの存在を追っていた。ニンジャが関わる大規模な闇マネーの流れ。その上流にアマクダリ・セクトの影がある。 9
2013-03-19 19:28:59セクトがサイバー・ツジギリを推し進める理由は何であろう?「……」フジキドはバッテラ・スシを上の空で掴み、咀嚼する。今回の件が実際その文脈上にあるか否かを確かめる必要がある。当然、別のニンジャの悪行であれば、これを滅ぼす。単純なフローチャートである。 10
2013-03-19 20:01:02「実際ポイント・オブ・ノー・リターンに来ています」テレビモニタからはコメンテーター座談会の音声だ。「キョート政府は我々の相互に積み上げた信頼と実績の……」フジキドは席を立ち、トレンチコートを着込んだ。「関税の再設定……露骨過ぎます。侮られたらおしまいだ」 11
2013-03-19 20:15:07座談会の右上ではワイプされた国会中継の様子だ。議員達が壇上で争い、揉み合っている。国会はパフォーマンスの場であり、そのやり取りにさしたる意味はない。全てを決めるのはテレビ中継される事のないネオサイタマ議会だ。フジキドはハンチング帽を被る。そして部屋を出た。 12
2013-03-19 20:23:01ブンブンブー、ブンブンブーブブー。無機質ベース音鳴り響く駐車場管理室の実際狭い室内。ポルノオイランピンナップで埋め尽くされた壁に囲まれ、タバコの吸殻が散乱する机に両足を投げ出して座るのは、管理人のジョミタだ。工場生産アルコールを片手に、酩酊の極み、濁った目でポルノ新聞を読む。14
2013-03-19 21:49:47大通りを進行するデモ隊を一瞥、放屁すると、再びポルノ新聞に目を戻す。「ウィック!こんなお前、ウィック!しょうがねえ悪いボディだお前。娼婦」ブツブツと呟き、合成アルコール酒「高級味」のラベルを爪で引っ掻く。「くせえくせえ」窓を開けると、外の喧騒が飛び込んでくる。 15
2013-03-19 21:55:57「不当賃金に断固だ!」「負けるものか!」デモ隊をぼんやり眺め、「うるせえうるせえ」再び放屁した。「あの、スイマセン」窓口にサラリマン。「車が出せないんですよ。機械がおかしいみたいで」「ア?」ジョミタはサラリマンを睨んだ。この駐車場ではジョミタが王様だ。「追加料金未払いだお前」16
2013-03-19 22:00:24「エッ?」サラリマンは愛想笑いした。「15分しか停めてないんですよね」「ア?」ジョミタはサラリマンを睨んだ。「返さねえぞ車。グダグダグダグダ、学校の先生かお前。全然わからん。倍額払わせるぞお前」「エッ……」「早く払えお前」 17
2013-03-19 22:08:08「……」サラリマンは憮然としてトークンを余分に手渡す。ジョミタは背中を掻き、解放ボタンを押した。ガゴン!サラリマンは車へ駆け戻り、急いで発進させた。「バカ!」捨て台詞を吐き、走り去る。ジョミタは既に興味を失い、別のポルノ新聞を取った。「いやらしい奴だお前。ウィック」 18
2013-03-19 22:13:32大通りではデモ隊の発する喧騒が更に増す。ジョミタは顔をしかめた。「うるせえうるせえ」喧騒が本当に煩いのだ。ジョミタは机の上に唾を吐き、無機質ベース音のボリュームを上げた。やがて、大通りを人々が走ってきた。何人も。何十人も。何事か喚いている。「なんだウィックキキうるせえ。娼婦」19
2013-03-19 22:19:04