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白石一文『翼』ツイッター連載小説
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kounoeakira
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翼 29-35 病院のそばのビジネスホテルに泊まり、十九日も二十日もほとんどを病室で過ごした。聖子や子どもたちは一度も姿を見せなかった。
2013-08-12 06:30:29![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
翼 29-38 「三日前に帰って来たの。こんなことになってるとは思いもしなかった」 私は彼女の顔を真っ直ぐに見る。
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翼 29-40 「一体どうやって責任を取ってくれるの。人の家庭をめちゃくちゃにして楽しい?」 そう言い重ねてくる。
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翼 29-41 私は黙って彼女の前を通りすぎ、窓際に移動した。そちらにも丸椅子を置いてある。日が暮れて窓の外が暗くなったら、いつもその椅子に移動していた。
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翼 29-42 私は腰を下ろして、ベッドを挟んで向かいに立つ聖子を見上げた。 「私は何もしていないわ」 と言った。
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翼 29-43 「彼と出会って、いまのいままで何もしていない。彼と付き合ったこともなければ、彼のことを愛していると言ったこともない。
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翼 29-44 それどころか、ほんの少しでもそうだと覚られるような素振りさえ一度だって見せたことはない。そのくらいはあなたにだって充分に分かっているでしょう」
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翼 29-45 聖子は黙りこくってじっと私の顔を見ていたが、自分も置かれていた丸椅子に腰を下ろした。そして一度、彼の顔を見やり、 「それもそうね」 と呟くように言った。
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翼 29-46 「この人、ずっとあなたのことが好きだったのね。でも、まさかこんなことをするほど好きだとは思わなかった」 独り言のように彼女は言った。
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翼 29-48 「この前、話したのと同じ。とにかく別れてくれの一点張りなの。絶対にイヤだって言っていたら、だったら僕は死ぬしかないって言い出した。
2013-08-13 09:03:21![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
翼 29-49 馬鹿じゃないの、何て卑怯なことを言うのって笑ったわ。そしたら、あの晩、寝室に入ると、彼が腕に注射針を刺して私を待っていた。
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翼 29-50 もう一度だけ頼む。お願いだから別れてほしい。子どもたちのことは責任を持つ。約束するからって言った。
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翼 29-52 この中には塩化カリウムが入っている。この量でちょうど致死量だ。これをいま僕が注射すれば僕は死ぬ。だから、お願いだ。別れると言ってくれ。彼はそう言った。
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翼 29-53 何を馬鹿なこと言ってるのって私は言った。まさか本当にそんなものが入っているとは思わないでしょ。ただの脅しに決まってる。だってそうでしょう。そんなことしたって何の意味もないんだから。
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翼 29-57 最後に言ったわ。きみのことはちっともうらんでなんかいない。ただ、僕は自分に絶望したんだって……」
2013-08-13 09:18:58