- XavierCohen
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冬が長く続いた 山羊たちは飢えていた 冷たい雪に閉ざされた森の外れで 其処だけ青青と草木を茂らせた魔女の庭 山羊たちは忍び込み 喰い荒し 踏み荒らした 魔女は激怒した 喰い意地ばかり張った卑しい獣どもめ 此れからは悲しみや寂しさの様なものばかりを喰って 飢えを満たすがよいわ
2013-05-24 15:18:21魔女は山羊たちを硝子瓶に変えて仕舞うと 崖の上から海へと投げ込んだ 多くの硝子壜が割れて失われたが 更に多くの硝子壜が悲しみや寂しさの様な物を求めて 海原へと彷徨い出た そして一つの硝子壜がとある砂浜に流れ着いた
2013-05-24 15:25:23めぇぇ めぇぇ 硝子瓶が悲しく泣いていた 母を喪った赤子の様な声だった 少女が拾い上げると硝子瓶は早速に誘惑を始めた お嬢さん 貴女も淋しいのですね 此の世界には貴女の様な人が何万と居るのです 私に手紙を預けて下さい 何処かで貴女を待つ誰かの元へ 必ず届けてあげましょう
2013-05-24 15:38:21少女は手紙を書いた “貴方の愛を失ってから 60日と7時間が過ぎました…” 長い長い手紙だった 余りの悲しさに硝子瓶は思わず舌舐めずりした 夜が白白と明ける頃 少女は手紙をそっと硝子瓶に入れた 私に御任せ下さい 約束は守ります 硝子瓶は涎を堪えて言った そして海へと流れて行った
2013-05-24 16:02:25むしやむしやむしや そんな風に硝子瓶は流れ着く先先で欺瞞を働いた むしやむしやむしや しかし喰らえば喰らう程に飢えは増した 涙の様に透明だった硝子瓶は 悲しみや寂しさの様なもので青く染まり 怨嗟の様なもので黒く濁っていった むしやむしやむしや
2013-05-24 16:11:30少女が砂浜で硝子瓶を見付けた 暗闇が凝り固まった様な漆黒の硝子瓶 美しいと思った そっと手にしてみた そっとではあったのだが 辛くも維持されていた均衡を崩すには充分だった そして爆ぜた 少女と少女が住む海岸の町が火焔に呑み込まれた 跡形も無く地上から消し去られて仕舞った
2013-05-24 16:21:26幾つもの港や小さな島 もう少し大きな島が失われた しかし硝子瓶たちは尚も日日姿を変える海岸線から海岸線へと 悲しみや寂しさの様なものを求めて漂流を続けた 当処の無い漂流の間に多くの硝子瓶が失われた 数え切れない程の命も共に失われて仕舞った
2013-05-24 16:35:29そして一つの硝子瓶が魔女の住む島に帰還した 暗闇が凝り固まった様な漆黒の硝子瓶 とても美しかった 魔女は己の仕業に満足した様に にぃぃと口角を歪めた 喰い意地ばかり張った卑しくも可愛い獣め 硝子瓶を山羊に戻してやると御自慢の庭で自由にさせた 暗闇が凝り固まった様な漆黒の山羊を
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