経験的研究とルーマン学説研究との間
- contractio
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@kabutoyama_taro いずれにしても「システム論では、」の枕詞で繰り出した借金は、まるで返済できてないとは思いますけども。
2013-06-06 17:53:42@kabutoyama_taro とはいえ、それは宮台さんが例外なので、一時期勁草からあれこれ出ていた奴などは、ほとんど「学説研究」じゃないですかね。
2013-06-06 17:57:15・そして、〈以後〉についていえば──ジンメル、ウェーバー、デュルケームを別扱いしてしまうと──「特定の学者についての学説研究がコンスタントになされ・蓄積されている」と言えるものがあまり思いつかないのであった。
2013-06-06 23:51:54たとえば、ゴフマンについての邦語研究とかほとんどない。ルーマンより もっと人気があるだろうブルデューやらギデンズですら怪しいし。 そういうのと比べると、「ルーマン研究」は細々とではあるが、継続性も量も他のよりはある気がする(研究水準は問わない&別に褒めてません)。
2013-06-06 23:52:19・で、その後に80年代の「黄金のソシオロゴス時代」がやってくるわけだが、ここで盛んだったのは──学説研究ではなくて──(狭い意味での)理論研究だったのではないか。
2013-06-06 23:52:47・・・というわけで、ルーマンについて「学説史というスタイルで関わることへの積極的忌避感みたいなものがある」というイメージは、私にはまったくないのであった。 https://t.co/EonPY79Q96
2013-06-06 23:53:09まぁなにしろ、東北大サトベン スクールあるしねぇ。 https://t.co/oNfkYkUhhK そういう ふつうの社会学のジャーナルに載った論考あれこれが 甲山さんの目には止まらなかったということでしょうかね。
2013-06-07 00:03:41なんかそれ筋の通らない話だな。 RT @sebastianus: 日本で社会学を専攻する人たちが宮台あたりの真似をしだして、理論への志向がなくなったとはうちの先生も言ってたし私もそうだと思うわ。 …
2013-06-07 00:05:47@contractio むろんやってはる人はやってはるという事実性を否定するのではなくて。例えば本田ゆき先生だって院生時代はバリバリのローマ人だったんですけどJILPT以後はルの字も出なくなったのはなぜでしょう、みたいな話です。
2013-06-07 00:53:48@contractio ちょっと前、超久々にこんなの書かはったようではありますが。http://t.co/8zj2j9t06R
2013-06-07 00:54:58@kabutoyama_taro 拝見しました。 これを書かねばならなかった何か特殊な事情があったのだろうと推察されるところです。
2013-06-07 01:11:44@kabutoyama_taro 宮台さんの場合にも本田さんの場合にも共通しているのは、経験的研究とルーマンへの参照の単なる「乖離」ではないですかね。
2013-06-07 01:13:49@kabutoyama_taro 「学説史というスタイルで関わることへの積極的忌避感」と表現できるような高尚な(?)ものではないのでは。
2013-06-07 01:15:42@kabutoyama_taro 「ルーマンが経験的研究に乗っからない」という前提のもとで、本田さんのほうは普通の論文ではルーマンには触れないことにしており、他方 宮台さんのほうは「これはルーマンです」と言い張る、という違い。
2013-06-07 01:18:13