『いばらの』十文字青

「なろう」で別作を公開されているようデス。 『いばらの』の公開も同サイトで始めたようデス。 そっちで読みたい方はこのURLからいてらデス。 http://mypage.syosetu.com/351347/
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いばらの @i_barano

 駆けだそうとしたら、肩をつかまれた。「何も逃げることないでしょ、茨野くん?」そして、力ずくで振り向かされた。その瞬間、シャッター音がした。二人。 01-26

2013-07-08 17:13:10
いばらの @i_barano

 二人だ。二人いる。どっちも女だ。一人は日与彦の肩に手をかけていて、もう一人はデジタルカメラを構えている。写真。カメラで撮られた。「あ、」日与彦は必死に女の手を振りほどいた。「な、な、な、な、な、」 01-27

2013-07-08 17:13:17
いばらの @i_barano

 眩暈どころじゃない。目が回っている。地球が回っているのかもしれない。回っているに決まっているけど。今この瞬間も、地球は当然。「や、やめ、な、何を、ひ、ひ、人、人ちが、人違い、かと……、」 01-28

2013-07-08 17:13:24
いばらの @i_barano

「それはないね。」日与彦の肩に手をかけたほうの女が、眼鏡の縁を指で押しあげてにやっと笑った。女はなぜか、寒い季節でもないのに手袋をつけている。「あたしたち、ずっときみをつけてきたし。」 01-29

2013-07-08 17:13:30
いばらの @i_barano

「つ、つけ、て……?」「そ。家から出て、駅で電車に乗って、降りて、ビルに入っていって、その格好になって出てきて、ここまで歩いてきたでしょ? ちゃんと見てたから。」 01-30

2013-07-08 17:13:36
いばらの @i_barano

「ごめんなさい……。」もう一人の髪が長い、量も多くて、ちょっともさっとした女が、すまなそうにデジタルカメラを示してみせた。「何枚か、撮っちゃってます。遠くからですけど。」「な、なんっ、なんっ、なんっ……、」 01-31

2013-07-08 17:13:43
いばらの @i_barano

 日与彦はしゃくりあげるような息をしながら、二人の女を交互に見た。ああ、何だろう。何だろうっていうか。ああ。この子たち、知ってる。知っている、というか。同じ。同じだ。 01-32

2013-07-08 17:13:52
いばらの @i_barano

 クラスが。同じクラスだ。名前は、眼鏡のほうは、篠井。手袋の人。言動は普通というか、とりたててなんということもないが、学校でもなぜかいつも手袋をつけていて、わりと目立っている。もっさいほうは、たしか、鍛治田だったか。 01-33

2013-07-08 17:13:59
いばらの @i_barano

 何でもいい。篠井だろうと鍛治田だろうとレボルタだろうとトラボルタだろうと何だろうと。日与彦はしゃがみこんだ。ばれた。ばれてしまった。最悪だ。終わった。終わりだ。何もかも、すべて。おしまいだ。 01-34

2013-07-08 17:14:06
いばらの @i_barano

「あらら。」篠井が首筋に手をあてて頭をかしげた。「何もそんなに落ちこまなくたっていいのに。」 01-35

2013-07-08 17:14:15
いばらの @i_barano

「……落ちこむに、決まってるじゃないですか……。」声が、震える。なんで敬語になっているのか。よくわからない。日与彦は両手で顔を覆った。「……落ちこみますよ、そりゃ……。」 01-36

2013-07-08 17:14:21
いばらの @i_barano

「どうして?」「……いや、だって、僕の人生、終わりじゃないですか。もうまともに生きてけないじゃないですか。こんなの、落ちこみますよ、誰だって……、」「そーんなことないと思うけど?」「……え?」 01-37

2013-07-08 17:14:27
いばらの @i_barano

 日与彦は指と指の合間から、おそるおそる篠井を見上げた。篠井は唇をぺろりと舐めた。獲物を前にして舌舐めずりする、猫科の大型獣みたいに。「あたしと一緒にきてくれるなら、このことは秘密にしといてあげる。どう? そんなに悪くない話だと思うけど?」 01-38

2013-07-08 17:14:34
いばらの @i_barano

 ……そんなわけで、茨野日与彦は縁側にいる。なんで?とか、尋ねないでほしい。日与彦にもわからないので、答えられない。 02-02

2013-07-08 17:14:58
いばらの @i_barano

 とにかく、日与彦は縁側にいる。腰を下ろしている。南向きだから、日当たりがいい。ぽかぽかしている。庭には何もない。雑草が生い茂っているだけだ。それがちょっと残念といえば、残念。でも、なかなか心地いい。 02-03

2013-07-08 17:15:06
いばらの @i_barano

 こんな状況じゃなければ、たぶん居心地のよさを味わうことができる縁側だと思う。でも、日与彦の右隣には、鍛治田鞠子が座っている。そして左隣には、篠井多恵が。 02-04

2013-07-08 17:15:12
いばらの @i_barano

 二人は女子高生だ。いわゆる、JK。ついでに、二人は日与彦と同じ十神高校に通っている。何の因果かクラスまで同じだ。つまりも何も、同級生だ。 02-05

2013-07-08 17:15:18
いばらの @i_barano

 二人のJKは、ペットボトルのお茶を飲んでいる。五百ミリリットルの。日与彦には与えられなかった。それはまあしょうがないかなという気もする。なんていうか、その、日与彦は捕虜? みたいなものだし? 捕虜……なのかな? よく、わからない。 02-06

2013-07-08 17:15:25
いばらの @i_barano

「あのう……、」日与彦はおずおずと質問してみた。「ここは、どなたのお宅なんでしょうか。篠井さんの? それとも、鍛治田さんの?」 02-07

2013-07-08 17:15:32
いばらの @i_barano

「かじまりのじゃ、ないよ。」と篠井多恵が脚をぶらぶらさせながら答えた。かじまり、とは鍛治田鞠子のことだろうか。まあ十中八九そうだろう。「けど、あたしんちでもない。」「えっ……、」 02-08

2013-07-08 17:15:39
いばらの @i_barano

「じゃ、じゃあ、勝手に入りこんだ……とか? 不法侵入……ですか?」「そんなわけ、ないじゃん。」「……です、よね。」「ここは、あたしの母方のおじいちゃんの家。おじいちゃん旅に出てるから、その間、あたしが管理してる。ていうか、おじいちゃんに頼まれたから。」 02-09

2013-07-08 17:15:48
いばらの @i_barano

「ああ……なるほど。そういう、事情が。」「半分ここに住んでるみたいなもんだけど。いちお、家は別になくもないしね。」「え、と、それで……僕は……、」 02-10

2013-07-08 17:15:54
いばらの @i_barano

 日与彦は唇を舐めそうになって、とっさにやめた。ウォータープルーフのグロスを塗っているので問題ないのだが、超安物の口紅を使っていたころの癖で、つい気をつけてしまう。「あの、僕は……どう、すれば?」 02-11

2013-07-08 17:16:02
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