『いばらの』十文字青
「どうすればいいと思う?」篠井多恵はペットボトルを縁側に置いて、首をかしげた。「ていうか、逆に訊くけど、茨野くんはどうしたい?」「……そ、それは……どうも、したくないです。よ……?」「えー。」「……えー?」 02-12
2013-07-08 17:16:09やばい。今、絶対、顔がゆるんでしまった。というか現在進行形でゆるみまくっている。だけどしょうがなくない? だって、かわいいって。正真正銘、本物の女の子が、僕のこと、かわいいって。かわいいって。 02-14
2013-07-08 17:16:21「……ごめ……なさっ……、」日与彦はうつむいて胸を押さえた。こんな。こんな日がくるなんて。思ってもみなかった。誰かに直に、面と向かって、かわいいと言ってもらえる日がくるなんて。知ってたけど! 自分は、かわいいって! わかってたけど! 02-15
2013-07-08 17:16:28認めて、もらえた。やっぱり、かわいいんだ。間違いなく、かわいいんだ。ちゃんと、かわいいんだ! やった! かわいいんだ! やった! かわいいは、正義! かわいいで、世界平和! 僕は、かわいいんだ! やった……! 02-16
2013-07-08 17:16:35これで、認めてくれた相手が同じクラスのJKじゃなくて、日与彦が男だとがばれていなかったら、どんなによかっただろう。でも、相手はJK同級生で、当然、日与彦が男だと知っている。それゆえに、悲劇。これは悲劇だ。大いなる。嬉しいけど。嬉しいのに。 02-17
2013-07-08 17:16:42「……大丈夫です?」かじまりこと鍛治田鞠子が、身を屈めて日与彦の顔をのぞきこんできた。日与彦は胸が張り裂けそうな痛みをこらえながら、胸っていったら、この子、ずいぶん胸が大きいみたいだけど、目もかなりおっきいな、と思った。 02-18
2013-07-08 17:16:48化粧気はない。もちろん、つけまつげもしていない。それでもかなり大きく見えるということは、本当に目が大きいのだ。顔だちだって悪くない。鼻が大きすぎるけど。もうちょっと体重を落としたほうがよさそうだし。手をかければ、かわいくなる。 02-19
2013-07-08 17:16:56かわいくなれるのに。無造作すぎる。馬鹿じゃないの? もったいない。日与彦は溜息をついた。女だからだ。ナチュラルに女だから、そのままでいても醜くはない、ある程度は見られる容姿だから、放っておける。 02-20
2013-07-08 17:17:03「……大丈夫、です。なんとも、ないので。あの、だいたい、黙って写真撮った人に、心配とか、されたくないっていうか……。」 02-21
2013-07-08 17:17:09「あぅ、」かじまりは変な声を出して、ペットボトルの口をカジカジした。「……それはその、べつに、わたしも本意じゃなかったといいますか、多恵さんの命令に従っただけなので……、」「うぉーい、かじまり。」 02-22
2013-07-08 17:17:20多恵がかじまりを横目で睨んだ。「たしかにあたしはあんたに命令して、あんたはそれに従ったけど、重要な情報が欠けてる。あんたはいやいや従ったわけじゃなくて、喜んであたしの言うとおりにしたってこと。」 02-23
2013-07-08 17:17:27「そ、それは……多恵さんの命令なので、そう……なんですけど……、」「けど? 何?」「い、いいえ……ただ、ちょっと、茨野くん、怯えているから、かわいそうかな、と。」「脅迫してんだから、怯えるでしょ、そりゃ。」「脅迫し……てるんです? わたしたち?」 02-24
2013-07-08 17:17:35「そうじゃなきゃ、何なの。脅してここまで連れてきたんだから。茨野くんだって、自覚はあるでしょ? 自分が脅迫されてるって。」「……はい。どう考えても、脅迫されてるんじゃないかと……。でも、脅迫の内容が、いまいちわからなくて……。」「おお、」 02-25
2013-07-08 17:17:43多恵は手を打ちあわせた。まだ手袋をつけている。なんで手袋なんか。「そういえばそうだった。うんとね、じゃ、発表しまーす。」日与彦は両腕で自分の身体を抱きしめ、唾をのみこんだ。多恵は薄笑いを浮かべて、日与彦に人差し指を突きつける。「茨野くん、」 02-26
2013-07-08 17:17:50「あたしのおもちゃになって? ていうか、なれ。ならないと、許さん。具体的にどう許さないかっていうと、想像つくと思うけど、写真ばらまいちゃう。名前つきで。」 02-27
2013-07-08 17:17:56「……お、おもちゃって、何……を、すれば?」「とりあえず、脱いどく?」「えっ、」「うそ、うそ。いきなりそこまでは要求しないって。」「……い、いきなりそこまではっていう言い方に、個人的には、すごく不安を感じずにはいられないんですけど……、」 02-28
2013-07-08 17:18:03「ん? いきなり行くトコまで行きついっちゃったほうがいい?」「いくないですっ、」「だよねー。あたしとしても、それじゃおもしろくないし。せっかく手に入れたおもちゃだから、ゆっくりじっくり楽しみたいなー。個人的には?」 02-29
2013-07-08 17:18:09大変なことになってしまった。横目でちらりとかじまりの様子をうかがうと、依然としてペットボトルの口を囓っている。もしかして、物を囓る癖があるから、かじまり、だとか。いや、鍛治田鞠子だからか。どうでもいいんだけど。そんなことは。 02-31
2013-07-08 17:18:22なんとなく、多恵よりはかじまりのほうが常識人のような気がする。二人は仲がいいみたいだし、なんとかしてかじまりに多恵を説得してもらえないだろうか。人をおもちゃにするなんて、よくないよ。 02-32
2013-07-08 17:18:30「え、ええと……、」かじまりがペットボトルを口から外して、日与彦のほうを見た。「一つ、あらかじめ、注意しておきますけど。多恵さんの、おもちゃになるにあたって、」 02-33
2013-07-08 17:18:36かじまりは、妙に真剣な表情で言う。「多恵さんには、さわらないでくださいね。指一本。これは、絶対に守ってもらわないと、困ります。」 02-36
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