『いばらの』十文字青
さわんねーよ。日与彦は内心そう思ったが、とりあえずうなずいておいた。べつに、女の子が嫌いというわけじゃないけど。正直、男よりはずっと女の子のほうがいい。かわいいし。女の子なら全員かわいいというわけじゃないけど。 02-37
2013-07-08 17:19:03日与彦は女装が好きだ。本当に女装が好きだ。女装をして、かわいくなりたい。かわいい自分が好きだ。だからといって、同性愛者なわけじゃない。それとこれとはまったく別の問題だ。 02-38
2013-07-08 17:19:10「まあでも、かじまりが今、言ったことはほんと。」多恵は縁側に両手をついて、肩をすくめてみせた。「あたし、アレルギー持ちだから。人間にはさわれないの。人間アレルギー。父親がペルセウスザセージンだからだと思うんだけど。」「へえ……、」 02-39
2013-07-08 17:19:16今、変なこと聞いたよ? 聞いちゃったような気がするよ? 気のせいかな? どうなのかな? 確認してみる? する? しちゃう? 勇気を出して、さあ。「……あ、と……よく聞こえなかったんですけど、おとうさんが、ペルセウ……?」 02-41
2013-07-08 17:19:28「ペルセウスザセージン。」多恵はゆっくりと発音した。真顔で。「ペルセウス座聖人。ペルセウスはカタカナ。座は便座の座。聖人は聖なる人ね。で、ペルセウス座聖人。」 02-42
2013-07-08 17:19:34玄関から入らないで直接、縁側に面している庭に姿を現した男は、三十歳なのか四十歳なのか、たとえばモデル出身の俳優みたいに年齢不詳で、ありていに言えば美形だった。背が高くて肩幅も広く、堅気じゃない雰囲気を芬々と漂わせていた。 03-03
2013-07-08 17:19:55たぶん髪が長いせいで、余計に浮き世離れして見えるのだろう。ジャケットにコットンパンツにシャツという、普通といえば普通の服装なのに、それすらも何か違う感を醸しだしている。 03-04
2013-07-08 17:20:01ただ、あからさまに目立つ外見なのに、妙に乾いている、生気の薄い、植物的な印象を受けた。少なくとも、茨野日与彦はそんなふうに感じた。 03-05
2013-07-08 17:20:07「これ、」と、篠井多恵が顎をしゃくって男を示してみせた。「あたしのオヤジ。篠井熊五郎涼平。名前長いから、熊さんとか呼ばれてるっぽい。」「どうも」と、篠井熊五郎涼平は頭を下げた。「篠井です。」 03-06
2013-07-08 17:20:15「娘がいつもお世話になってます。今後ともよろしくお願いします。」「いや、べつにあたし、この子の世話にはなってないから。」「あ。そうなの。じゃあ俺、どんな挨拶すればいいの。」「知らない。適当にすればいいんじゃないの。」 03-07
2013-07-08 17:20:22熊五郎はちょっと不満げだ。「多恵が呼んだのに、それはないでしょ。ていうか俺、なんで呼ばれたの。パチンコ中だったんだけど。」「あたしのオヤジはペルセウス座聖人だって言ったら、信じてないっぽい顔してたから。実物見せてやろうかと思って。」「ああ、」 03-08
2013-07-08 17:20:28耳が。それだけじゃない。尖っている。耳の先っぽが。何、その耳。個性? いや、そういうレベルの大きさじゃない。個性の範囲に収まるような尖り方じゃない。 03-10
2013-07-08 17:20:40「これ第一弾ね。」熊五郎はそう言うと、今度はうつむいて自分の目に指を突っこんだ。え。何するの。嘘でしょ。びっくりしたが、どうやらコンタクトレンズを外そうとしているらしい。「あー。待って。ドライアイドライアイ。くっついてる。くっついちゃってる。あ。あ、」 03-11
2013-07-08 17:20:46「あー。ひかれてるわ。」五郎は肩をすくめてまばたきをした。その右目が、とんでもないことになっている。シャイニーにファインにブリリアントに輝いてしまっている。百カラットか二百カラットか、それ以上のダイヤモンドでも埋めこんだみたいに、輝きまくっている。 03-13
2013-07-08 17:21:01「これ第二弾なのに。まだ。第三弾もあるのに。」熊五郎はコンタクトレンズをはめなおして、日与彦をちらっと見た。「どうする? 第三弾。いっとく? 俺はここでやめてもいいけど。」「……ど、どうせなら、だ、第三弾も。」「そう。いっちゃうんだ。へえ。そっか。」 03-14
2013-07-08 17:21:09「でも、いいのかな。責任は持てないけど。」「な、何か……その、ものすごくやばいこと……だったりするんですか。」「どうだろ。まあ、いっときますか。」「……はい。」「じゃ、ちょっと目、つぶって。その瞬間は微妙に衝撃的すぎると思うから。」 03-15
2013-07-08 17:21:16「……わ、わかりました。」言われるまま目をつぶると、すぐに熊五郎は、いいよ、と言った。「開けて。目。」「はい。……ひっ、」日与彦はのけぞった。 03-16
2013-07-08 17:21:22熊五郎の額の上端、左右のこめかみの上、髪の生え際のあたりだ。何か、突きだしている。かたつむりの触角みたいなものが。しかも、その触角めいたものの先端は、丸くなっていて、まばたいた。目。目だ。眼球。触角の先端に黒い目が。 03-17
2013-07-08 17:21:29「いやあ!」日与彦は思わず叫んでしまった。「おおっ、」と多恵が目を瞠った。「悲鳴が女子っぽい。」「え?」熊五郎は触角の目をぱちぱちさせた。触角の目が日与彦を見つめている。「何? この子って女子じゃないの? ああ、」 03-18
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