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Hemmi Tatsuo @camomille0206
ヒューム「迷信と熱狂について」を眠る前に読んでいる。この熱狂論は常軌を逸しているように見えるが、しかしあくまでも犀利である(ヒュームらしく)。
_khmt @_khmt
@camomille0206 「迷信と熱狂について」ですが、田中敏弘先生が訳され後にまとめて出版された下になった翻訳が公開されております。註1にて2つの版を比較しての異同が指摘されておりますので、もし宜しければご参照下さいませ。http://t.co/rsz5dmAh1k
Hemmi Tatsuo @camomille0206
「モリナ派はイエズス会の指導を受けた迷信の大の味方であり、外的な形式と儀式の厳格な遵守者で、聖職者の権威と伝統に対して献身的である。一方、ヤンセン派は熱狂者であり、情熱的な献身と内的生活の熱烈な促進者で、権威からはほとんど影響を受けない」
Hemmi Tatsuo @camomille0206
「イエズス会派は民衆の圧制者であり、宮廷の奴隷である。そしてヤンセン派は、フランス国民のうちに見出されるべき自由の愛好のわずかな火花を消さずに守っているのである」
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@_khmt ありがとうございます。まさしく田中訳を読んでいました。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
この場合の「熱狂」とは、シャフツベリからディドロにも継承されゆく政治的自由の表象そのものなのでしょうね。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
だがしかし、ヒュームはつねにディドロたちよりもはるかに明晰かつ判明に啓蒙の根抵を、さらにはその〈無意識〉までを語っているようにみえます。
_khmt @_khmt
田中敏弘「一七世紀カトリック教会内部におけるこの論争は、自由意志と予定説に関する問題に集中していた。ヤンセン派が救済の基礎を善行よりもむしろ神の恩寵であると見たのに対して、モリナ派は人間の意志のより大きな役割を維持することを求めた」71
田口卓臣 @takuomitaguchi
@camomille0206 ヒュームの視点は、ジャンセニストとその巣窟としての高等法院の限界を見定めながらも、王権のパワー・オブ・バランスのためにそれをクッション(中間団体)として承認したモンテスキュー~ディドロの系譜とどのように違うのでしょうか?
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@takuomitaguchi 同書にはまさしく「勢力均衡について」という節があり、「勢力均衡(balanceofpower) という思想がまったく近代の政策に起因するのか、それともその言葉だけが近代に発明されたのかは、一つの問題」と冒頭にあります。
田口卓臣 @takuomitaguchi
@camomille0206 ディドロもモンテスキューも、それは重々承知しているのではないかと思うんです。彼らが言う「勢力均衡」って、そんなものが成立する事が奇跡的だという認識が控えていると僕は感じるのですが、いかがでしょうか? 
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@takuomitaguchi 古代史に範を求めてこの原理の普遍性を探り、ひいては「ヨーロッパの自由にとってもっと恐るべき」敵たるフランスへの対抗原理としてそれを考えているようです。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@takuomitaguchi それというのはジャンセニスムに「自由」を見るヒューム的な見解でしょうか?C・メールと話したことがありますが、高等法院のもたらす政治的契機については、もはやモンテスキュー的なモデルとは、少なくとも世紀後半には切断があったのではないかと思います。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@takuomitaguchi 「均衡」というような閾値をはるか超えるレベルにまで、事態は進展していたのではないでしょうか。さらに言えば、百科全書派自身が王権、高等法院、教皇庁、亡命者とプロテスタンティズムら国内外の諸力の抗争のうちに否が応でも巻き込まれていく。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@takuomitaguchi ジャンセニスムのうちに王権に対する強大な対抗原理を見いだす、という発想が多数によって共有されていたのは、この時代のヨーロッパにおける歴史的常数であったと思います(ヒュームのみならず、ディドロにもモンテスキューにもむろんあったでしょう)。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@takuomitaguchi 問題はそれゆえ、むしろ〈熱狂〉/〈迷信〉という対立概念の構築におけるヒュームの手際の鮮やかさにあります。この〈熱狂〉概念を(モンテスキューはいざしらず)ディドロもシャフツベリの「熱狂に関する書簡」を通じてヒュームと共有していたのは明らかです。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@takuomitaguchi 逆にモンテスキューにおいて〈熱狂〉の議論構造はどのように構成されているか、伺いたい。
_khmt @_khmt
奥田太郎「ヒュームの理論的枠組みにのっとれば、迷信や熱狂が抱える「偽」や「腐敗」といった問題は、蓋然的推論の訂正という知性レベルでの作業を通じてしか解決しえないことになる」http://t.co/tjZdMy9HC0
_khmt @_khmt
奥田太郎「ヒュームが宗教批判に際してそのエネルギーの大半を奇跡の論駁とデザイン論証批判に費やしているのは、こうした洞察ゆえであると思われる」http://t.co/tjZdMy9HC0
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@_khmt ありがとうございます。ご教示くださった拝読しましたが、門外漢ゆえかいまひとつピンときません。著者のように(説明の都合上か)「熱狂」を「新教」と割り当ててしまうと、ヒュームの議論そのものが平板化してしまうように思えますし、そもそも私が引用した最後の文の意味が読めません
_khmt @_khmt
@camomille0206 おはようございます。先の論文の主眼の所在から、「ヒュームが必ずしも熱狂と新教とを常に一致するものとしては捉えていない」ことについては言及されなかったものと思われます。cont.
_khmt @_khmt
@camomille0206 (承前)「迷信と熱狂について」に続く論文は「人間本性の尊厳ないし卑しさについて」「政治的自由について」になります。『論集』は各論文の独立性は高いものの、論の流れはあるように思い、この流れを捉えた上で、再度、「迷信と熱狂」論文に当たりたいと思いました。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
@_khmt コメントありがとうございます。先のWeb記載の論文には「熱狂」と「市民的自由」との関係について分析がないのが残念に思いました。素人ながらポイントの一つのように見えます。「論の流れ」に注目すること、大事かと思います。
_khmt @_khmt
「ヒュームは、『道徳原理論』のまさに末尾で、ディオゲネスとパスカルをそれぞれの例にして、哲学のみが世俗の「日常生活」を律した古代と、哲学に代わり宗教(神の賞罰)が人間を律する近代を対比する」犬塚元 2004, 274
_khmt @_khmt
「ヒュームが、「軽蔑と嘲笑」こそ「宗教対立を鎮めるための唯一の適切な方法」とみなすのは、宗教そのものについても、そうした世俗の評判の原理によって判断・抑制されるべきと考えたことを示している(HE,5.12)」犬塚元 2004, 275
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