「独白~新選組隊士たちのつぶやき 第六章 沖田総司~慶応四年四月~ガンバレ、ピンさん」
でも、ピンさんは、そんな土方さんの命令を、泣き言一ついわず、黙々とこなしてた。 とても、私には真似出来ないと思った。 ピンさんには、かなわないと思った。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:15:35一度、仕事の内容は忘れてしまったけど、「私がやります」って言ったことがあった。でも、即座に、土方さんに「お前には無理だ」で却下された。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:16:33悔しかった。 土方さんに全幅の信頼を置かれているピンさんに、少しだけ嫉妬した。 でも、正直、却下されてホッとしたことも確かだったんだけど。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:17:19そんな私にも、辛い仕事がきた。 山南さんの切腹の介錯。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:17:53西本願寺集会所を屯所として借り受けることの是非をめぐって、土方さんと対立した山南さんは、何を血迷ったのか隊を脱走した。 局中法度では、脱走は連れ戻されて切腹だ。 追手は私だった。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:19:19私が出かけるとき、土方さんは、草津まで行って見つからなければ戻って来いって言った。 土方さんに言われるまでもなく、東海道と中山道に分かれる草津まで、なるべくゆっくり行って、戻ってくるつもりだった。 けれども、もう一度、山南さんが血迷った。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:20:34大津の宿で、自分から、私に声をかけてきた。 帰ってきた山南さんは、局中法度により切腹。その介錯を私がすることになったんだ。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:21:31この仕事も、土方さんは、初め、ピンさんに命じるつもりだったらしい。でも、山南さん本人が、私を希望した。 山南さんが私を指名してくれたこと、それは光栄だった。だけど、やっぱり辛かった。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:22:23なんで連れて帰って来たんだろうって、なんで大津で声をかけられたとき、聞こえない振りして、帰ってこなかったんだろうって後悔した。 そして、山南さん、なんで自分から声かけるんですか、そもそも、なんで脱走なんかするんですかって、山南さんに腹を立てた。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:23:09そして何よりも、山南さんをそこまで追い込んだ土方さんに腹が立った。 #試衛館の青春
2013-06-19 18:23:47その日、みんな何処にいるのか、屯所の中は静まりかえっていた。 私は、小声で土方さんに山南さんにそして自分に対して毒づきながら、ひとり、部屋で、刀の手入れをしていた。何度か平助が心配そうに覗きに来た。でも部屋には入らず、私に声をかけることもしなかった。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:06:27何度目かの平助が行ってしまった後、ピンさんが黙って部屋に入ってきた。そして、私と並んで座った。手入れしている刀を暫く見ていたピンさんは、やがて私に小さな冊子を手渡した。開いたところに、俳句があった。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:07:47水の北 山の南や 春の月 表紙を見ると『豊玉発句集』とある。 豊玉、土方さんの俳号だ。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:08:58俳句の素養のない私でも、それが山南さんのことを詠んだ句であるということぐらいは解る。仕事の上での対立はあったけど、ホントのところは土方さんも、春の月のように穏やかな山南さんのこと大好きだったんだ。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:09:56辛いのは私だけじゃない。土方さんの方が何倍も辛いんだ。そう言いたいんだね。ピンさん。 私はピンさんのほうを見て頷いた。 すると、京で初めて、ピンさんの方から、私に話しかけてきたんだ。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:11:06その言葉は、切れ切れではなく、ちゃんとつながっていた。 「山南さんの後ろに立ったら、首だけを見ろ。何も考えるな。刀を入れる首の関節だけに集中しろ」 山南さんの後ろに立ってから全てが終わるまで、私の記憶は全くない。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:12:19暫くの間、何にもする気がしなかった。 自分が介錯したのに、山南さんが亡くなったなんて、信じられなかった。 みんな同じ思いだっただろうと思う。 土方さんも、ピンさんも・・・。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:14:50それでも、私達は、いつまでも、立ち止まって悲しんでいるわけにはいかなかった。西本願寺への引越し、日毎に激しくなる倒幕派不逞浪士による乱暴狼藉の取り締まりなど、忙しさが、悲しみが思い出へと置き換わる速度を速めてくれた。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:15:48その後も、ピンさんは、少しづつではあったけれど、心を開いていった。 土方さんがピンさんを酷使するのは相変わらずだったけど、それでも、ピンさん、仕事の合間には、よく、平助と私と三人で居るようになった。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:16:45自分からは何にも言わなかったけど、平助と私の話を聞いて、はっきりと微笑むようになっていた。 そんなとき、平助と私は嬉しくなって、もっともっと、ピンさんを笑わそうとした。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:17:42そんな私達二人を見て、土方さんが 「まるで、惚れた女を口説いてるようだ」 って笑った。そして、二人に顔を近付けて、 「もう少しで、布団に引きずり込めるぞ。がんばれよ」 って言った。その言い方が、すごく楽しそうだった。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:18:45ああ、土方さんも、ピンさんのこと気にしてたんだって判って、安心した。土方さんも、ホントは変わってないんだって、嬉しかった。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:19:45そうこうしている内にも、私の病は、私の身体の中で、ゆっくりではあったけど、確実に進行していたようだ。 去年の初め頃から、毎日、身体が熱っぽくてだるかった。咳もよく出るようになり、時々痰に血が混じるようになっていた。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:20:39ひょっとしてって、いやな考えが頭を掠めるようになっていたけど、でも、まだ、そんなことはないって、打ち消してた。 わざと考えないようにしてたんだ。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:21:34それより、気になることがあった。 平助のことだ。 #試衛館の青春
2013-06-20 18:23:49