つぶやき短編小説「ガーデンメイド・チルドレン　飽食のセイレン」

バーチャル後方見守り女／扇智史 @o_g_s_t_

〈［照］［照］［恥］［恥］［喜］［喜］そうなんだよ～〉〈で、本当なの？〉〈［怒］［癇癪］ほんとだよ～［ぷん］［ぷん］〉怒りらしきコメントと同時に、重たいデータが飛んでくる。開いてみると、部屋のてっぺんまで届く二重螺旋が展開した。添付したネームカードの名前はまだ空白。 #G_M_C

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〈うちの子だよ～〉タグのないコメントに、逆に【まふぃん】の胸に満ちた愛情が伝わってくる気がした。〈［ガーデン］で開いたら、かわいいお子ちゃんが育つんだからね～〉こんなもの捏造なんてしないだろう。〈何ヶ月？〉〈実はもう７ヶ月なのです［不安］〉「はあ！？」 #G_M_C

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思わずリアルに声を出してしまい、しばらく咳き込む。ゲホゲホ言いながら、何とかエアロキーを打ち〈それ体大丈夫かよてか全然見えねえ〉〈［歓喜］ここぞとばかりアバターを駆使してるのです～［自慢］〉言われてみればそうに決まっている。 #G_M_C

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私がやせ細って青ざめた肉体を隠すのと同じ意味で、【まふぃん】はボテ腹を隠蔽している。〈バレねえもんだな〉〈【はッピィ】ちゃんの外見だってよく隠れてるよ～［笑］〉添えられた軽いタグに、ひやりと背筋に走るものがある。 #G_M_C

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〈老化も劣化もしないようにアバターを使うんだよ～生ドルなんか蹴散らすために～〉【まふぃん】のコメントに、私はうなずかざるを得ない。彼女と思想は同じはずだが、それを認めたくないのだ。 #G_M_C

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〈そういえば、子どものことはもう調べたの？〉内心から目をそらすように、私は話題を変える。〈隅から隅までね～［照］〉〈それじゃ遺伝子診断とかもうしたのか。ひょっとして【ガーデンメイド】にした？〉〈［肯定］〉 #G_M_C

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〈父親は誰なの？〉〈［拒否］ひみつでう～［拒否］〉自分でも分からないんじゃないか、と想像しつつ、〈ともかく気をつけろよ。大事に〉〈［愛］［愛］［愛］ありがと～［感謝］［感謝］［感謝］〉あまりのうざったさに、また吐き気がして、少し吐き、寝転がる。 #G_M_C

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……あんな、優しい言葉かけるんじゃなかった。【まふぃん】のことだ、愛しすぎて子どもを押し潰してしまうに違いない。犬を禿げさせる飼い主のように。子どもに【ガーデンメイド】の遺伝子を与えるのを愛情と勘違いしている、押しつけがましい母親のように。 #G_M_C

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ゲノムさえすぐれていれば真っ当な子どもが育つなんて勘違いして、レールから外れそうになるとそれを否定して力ずくで押し戻し、窮屈な価値観ですべてを決めつける暴力を無慈悲に行使して、ついに子どもを粉々に破壊するのだ。生まれつきだけで、命が決まるはずもないのに。 #G_M_C

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今からでも【まふぃん】の元に駆けつけて、彼女の腹を蹴飛ばして、かわいそうな子どもを救ってやりたくなる。私の惨めさを他人に味わわせたくはない、と思うが、それもおこがましい話だし、今の私は部屋を一歩たりとも出られない。 #G_M_C

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「……」唇から歌がこぼれる。すっ、と背中に力が滑り込んできたような感覚。膝に力を入れ、立ち上がる。今なら踊れるかもしれない。 #G_M_C

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【ガーデンメイド・チルドレン　－飽食のセイレン－】第２回・終 #G_M_C

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【ガーデンメイド・チルドレン　－飽食のセイレン－】第３回 #G_M_C

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荷物の入った箱とゴミ袋であふれた部屋の隅に、真っ赤なペンキで線を引いた区画がある。天井に３つのカメラを固定して、配信映像を映し出すための、私の聖域だ。ここに踏み入れば、私は【はッピィ】になれる。いつもそうあり続けてきた。そうなれるはずだ。 #G_M_C

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着の身着のまま、何を唄うかも決めないまま、私はカメラの前に立つ。アプリが起動し、空中に［開始］パネルが浮かぶ。一瞬だけ、頭がくらむけれども、今このときだけは心地よい緊張だ。指先にうっすらと冷えを感じながら、パネルに触れる。 #G_M_C

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【はッピィ】の配信開始情報はあらゆるＳＮＳを通じてファンにプッシュ告知され、すぐに拡散。目の前に〈来たああ〉〈待ってました〉〈乙〉といったコメントが大量に流れる。画面の中に取り込まれたような酩酊感が、私を鋭くさせてくれる。 #G_M_C

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たとえ私がやせっぽちのみすぼらしい小娘でも、私は【はッピィ】だ。『みんな、お待たせ！　【はッピィ】ちゃんのギラギラライブ、始まるよ！』いつもの台詞で気合いを入れて、私は手元のパネルを叩く。とっておきの新曲、【宿業フラストレート】。 #G_M_C

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一歩踏み出し、両腕を翼のように広げ『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！』のどの割れそうな叫びをアバターがさらに拡大する。息が途切れた直後、がくん、と体を前に折り曲げ、一瞬のインターバル。そして、次の瞬間には私は床を蹴って跳んでいる。着地と同時に、次の声。 #G_M_C

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荒々しく禍々しい歌詞に合わせ、ダンスも激しい振り付けが与えられた。ステップは大きく、ターンは鋭く、ジャンプの高ささえふだんより高さを求められた。これもウグモさんが私に与えてくれた使命のように思え、私は限界まで体力を振り絞る。 #G_M_C

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あっという間に汗だくになり、弱った筋肉がしびれるように痛みを訴える。回線を通せばかき消えるその痕跡は、しかし私の内側にじくじくと骨身に染みついていく。 #G_M_C

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踏ん張らなくては――思ったその時、足首からいやな音がした。このところ、ずっと右足に違和感があった――思い出したときにはすべて手遅れで、重く鈍い音がして、腰骨から脳天まで響くような激痛が走り、私はたまらず床に仰向けに倒れた。 #G_M_C

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思わずついた左手から、ぴしっ、と、不吉な音が、脳裏に突き刺さった。折れたかもしれない。カルシウムが欠乏し、骨粗鬆症だと診断された私の体が、とうとう耐えられなかったのだ。 #G_M_C

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立ち上がらなくちゃ、と思うが、動けない。ひねった足首も、打ちつけた腰も、手首も、触れることさえままならない痛みで、むしろ焼けるようだった。私の意志は、どうあっても、体の悲鳴に逆らえない。 #G_M_C

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倒れた私の頭上を、コメントが流れる。〈神新曲〉〈これ手抜きか？〉〈斬新！〉顔をゆがめたまま、視線操作で配信画面を表示する。そこに映っていたのは、ほとんど伏せった状態で顔を持ち上げ、唄い続ける私の姿だ。 #G_M_C

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動けない私、唄う【はッピィ】、矛盾を解消するためにアバターの構築した折衷案が、それだった。コメントは賛否両論だが、怒濤のような盛り上がりは映像を圧倒するかのようで、それに拮抗するかのように【はッピィ】はいっそ狂ったような表情で唄う。 #G_M_C