1945年広島 比婆防衛隊 8月6日~8月20日

原爆の後片付けの任務にあたった方の手記
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つるや ことぶき @turututukotokot

毎年、8月6日の平和記念式典の原爆死没者名簿の奉納の様子を孫と見ながら「来年は、爺ちゃんの名前が載る」と言い、「爺ちゃん、もう、それ、10年以上前から毎年聞きよる。」と笑われていた。今朝、中継を見ながら「やっと念願のこの日が来たね、爺ちゃん」と思った。…けど、ちょっと寂しい。

2013-08-06 10:35:40
つるや ことぶき @turututukotokot

安倍総理は、相変わらず滑舌が悪い。しかも、せっかく書いて貰った挨拶原稿を3行も読み飛ばした。国連総長の挨拶中にめんどくさそうな顔をして何かぶつぶつ呟いていた。誰か、あの子に躾をしてやってよ。

2013-08-06 10:42:30
つるや ことぶき @turututukotokot

そんな安倍総理を批判していても、核を無くす為の役には立たないと思うので、これから父の体験した1945年8月6日から20日をつぶやく。7年前に書き残したものだ。ちょっと長いけど、遺言だから。

2013-08-06 10:49:00
つるや ことぶき @turututukotokot

「昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下された。その日は朝から快晴の暑い日であった。学校へ出勤して、自分の教室の窓を開けていたところ、まっ青な南の上空の山の上に「ピカッ」と閃光が走った。雨も降っていないのに稲妻が走るとは不思議なこともあるものだなあと話しながら、…つづく

2013-08-06 11:01:19
つるや ことぶき @turututukotokot

訳の分からぬまま気にも止めていなかったが、数日してそれが広島に強力な特殊爆弾(原爆とは当時解っていなかった)を投下された閃光だったと解り、こんな山奥にも届く強烈な光だったのかと驚いたものだった。…つづく

2013-08-06 11:09:41
つるや ことぶき @turututukotokot

8月10日、いつものとおり授業をしていると、父が顔色を変えてやって来た。私に召集令状がきたという。粗末なピンク色のザラ紙に印刷されたものを持ってきている。来る12日に庄原実業高校に講堂へ出頭せよと言うものだ。いよいよ来たかと覚悟を決め、家に帰って身支度をし、眠れぬまま翌日…つづく

2013-08-06 11:15:26
つるや ことぶき @turututukotokot

家族の者や先生、子どもたちや近所の人々に見送られて入隊のため学校をたっていった。本来は、広島の第5師団に入隊するのが本筋であるが、原爆で壊滅しているため、急遽ここを集合地ときめたのだという。集まったメンバーは比婆郡西部で当時残っていた40歳以上の丙種合格者と我々18歳位の…つづく

2013-08-06 11:21:41
つるや ことぶき @turututukotokot

予備役の者だった。確か100人位だったと思うが比婆防衛隊という隊が編成され、汽車で広島に行き、原爆の後片付けをすることになった。一応兵隊であるため、陸軍2等兵の襟章のついた軍服と軍帽、ゲートル、軍靴それに竹の鞘の牛蒡剣や雑嚢などの支給を受けたが、銃は不足しているので…つづく

2013-08-06 11:31:23
つるや ことぶき @turututukotokot

支給しないということだった。後片付けに行くのになんで銃がいるのかと思ったが、聞けば敵軍がいつ広島に上陸するか解らないので必要だという。しかし渡せないので上がってくれば牛蒡剣で戦えと言う。これは心細いことになったと内心辟易したが仕方ない。翌日国鉄の汽車で広島に向かった。…つづく

2013-08-06 11:49:24
つるや ことぶき @turututukotokot

途中の駅で、無蓋の貨物列車とすれ違うたびに、体中に真っ赤なアカチンを塗った兵隊や市民が満載され、うめきながら奥地(三次や庄原など)へ運ばれて行くのに出会った。その惨状を目の当たりにして、これは大変なことになっているぞと、嫌と言うほど知らされてぞくぞくっと身震いを覚えた。…つづく

2013-08-06 11:54:36
つるや ことぶき @turututukotokot

広島に近づくにつれ、うだるような暑さが襲って来、人の焼ける臭い(いわしの腐ったのを焼くような)と建物や草木の焼ける臭いが交じりあって風に乗って鼻を突く。喩えようのない異臭に嘔吐を催しながら、矢賀駅に着いた。駅は見る影もなく吹っ飛び、周囲はすべて焼き尽くされて…つづく

2013-08-06 12:02:53
つるや ことぶき @turututukotokot

一望する範囲何も見当たらない。スピードをぐっと落としながら、徐々に広島駅に入っていった。駅のホームは屋根がすっかり飛ばされており、駅舎はすべて焼け焦げ、黒々とした残骸が不気味に立っていた。駅前に整列して、駐屯地へ出発することになったが、駅前周辺には、焼け出されて、真っ黒の…つづく

2013-08-06 12:08:01
つるや ことぶき @turututukotokot

顔に、ぼろぼろになった被服をまとい、虚ろな表情で座り込んだりうろついている人々や真っ裸で走り回る子どもたちがいっぱいいた。猿猴橋を渡り、稲荷橋を通って八丁堀に出たが、途中は見渡す限り焼け野原になっており、あちこちに、火傷を負って動けなくなりうずくまって、小さな声で水を…つづく

2013-08-06 12:12:57
つるや ことぶき @turututukotokot

欲しがっている人達がいた。八丁堀付近には、福屋や中国新聞社(現在三越)などのビルが真っ黒の残骸をとどめていた。紙屋町ではまだ電柱がくすぶっており、電車の焼けた残骸が醜く転がっていた。現在のそごう百貨店や県庁付近は、その当時広島西練兵場で、今の広島市民球場(現在は跡地)…つづく

2013-08-06 12:19:58
つるや ことぶき @turututukotokot

のあたりに護国神社の鳥居が半分に折れて倒れていた。産業奨励館(現在の原爆ドーム)は赤茶けて立っていた。紙屋町を左に折れて、鷹野橋方面へ向かったが、途中に住友銀行や日本銀行の建物が黒く焼け焦げ突っ立っていた。国泰寺の楠の根元が裂け、枝葉が電車軌道に散らばっており、それを…つづく

2013-08-06 12:34:37
つるや ことぶき @turututukotokot

避けながら歩いて大手町の国民学校(現在の大手町中学校)へ辿り着いた。早速持参の昼食を食べ、宿舎の設営にかかった。宿舎といっても材料がある訳ではなく、運動場にあった高鉄棒の鉄を棟に、付近の焦土から拾い集めた鉄材で屋根を作り、焼けたトタンで葺いて急造の宿舎を建て、砂場に…つづく

2013-08-06 12:41:15
つるや ことぶき @turututukotokot

荒むしろを敷いて寝るところを確保した。道路のアスファルトが熔けて軟らかくなり、歩くと軍靴の足跡がつく程の暑さであるから、この程度の設備で充分だ。近くにコンクリート製の防火用水の桶を集めて並べ、板を渡し、周囲にトタン板を立てて便所を作った。また、焼け残っていた五右衛門風呂を…つづく

2013-08-06 12:48:18
つるや ことぶき @turututukotokot

2つとドラム缶を拾ってきて、ご飯を炊いたり塩汁を作る炊事施設や風呂を作ったりして作業を終わった。周囲の異臭と今までに経験した事のない猛烈な暑さですっかり参り、殆ど食欲はない。それでも食べないわけにはいかないので、軍から配給された玄米をそのまま五右衛門風呂の釜に入れ、…つづく

2013-08-06 12:55:04
つるや ことぶき @turututukotokot

焼け残りの板切れを集めてご飯を炊いた。普通ではとても食えたものではない。それにおかずは何も無いから、川から獲ってきた「あおさ」という青海苔に似た草を入れた塩汁を作り、玄米飯にかけて無理矢理流し込んだ。午後10時を過ぎる頃、激しい夕立。黒い雨だったのか急造の屋根は…つづく

2013-08-06 13:03:11
つるや ことぶき @turututukotokot

あちこちから雨漏りを始め、とても寝ている状態ではなかった。やっとあめが上がったが、無理に寝付こうとしてもなかなか寝付かれない。そのうち誰かが、「遠くの方で鬼火が飛んでいる」と言い出した。見ると、あちこちで「ボー」と青白い火がついては消えていく。それが点々とあちこち断続的に…つづく

2013-08-06 13:08:29
つるや ことぶき @turututukotokot

続くので、ちょうど火が飛んでいるように見える。とても幻想的で薄気味悪く、息を飲んで見つめていた。多くの人が一瞬にして非業の死を遂げた訳だから、その恨みをこの世にぶっつけているのだろうか。年寄りから聞いてはいたが、現実に見たのは初めてである。意識が錯乱して、ただ呆然と…つづく

2013-08-06 13:13:53
つるや ことぶき @turututukotokot

見続けるだけだった。また続けて遠くの空をオレンジ色の「火の玉」がゆっくりと横切って行ったのも見た。よく聞いた話だが未だもって不思議でならない。とうとうまんじりともせず一夜を明かし、いよいよ復旧作業に当たることになった。全員校庭に集合、小隊長から訓示があった。…つづく

2013-08-06 13:58:15
つるや ことぶき @turututukotokot

『本日から復旧作業に入るが、ひとつ皆にお願いすることがある。敵軍はいつ広島に上陸してくるか解らない。それに備えて今夜から歩哨についてくれ。』兵舎から100メートル離れた位置に1名立ち、そこを中心に30メートル以内を動きながら警戒せよと言う。そして怪しい人影を発見すれば…つづく

2013-08-06 14:05:03
つるや ことぶき @turututukotokot

直ちに「誰か、誰か、誰か」と大声で3回誰何(すいか)して、3回目に何の応答も無ければ剣を抜いて突入し刺し殺せと言う。全く経験の無い我々にとってはびっくり仰天。でも、やらないではいられない。早速今夜午前2時から、2人1組で1時間交代の勤務に就くことになった。覚悟を決めて就く…つづく

2013-08-06 14:11:45
つるや ことぶき @turututukotokot

作業の記憶は定かでないが、確か第1日目は、宿舎のある大手町国民学校の周囲に巡らされていたコンクリートの塀が爆風で倒れ、その下敷きとなった登校中の生徒を掘り起こし火葬せよというものだった。ツルハシでコンクリートを壊し、下で死んでいる遺体を引き出すのであるが、遺体の状況…つづく

2013-08-06 14:18:14
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