才能のない野球選手と、才能のある野球選手

野球選手は、皆それぞれのドラマを背負って生きているんだと思っています。夏の甲子園のお供に。
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ヨシムラ @ortk

野球を始めたのは確か、近所の友だちに誘われたからだった。中学でも野球部に入った。高校に進んだ。そこには、天才がいた。打撃、守備、走塁、すべてが比べ物にならなかった。同級生なのに。俺はサードにポジションを変えた。そして、そいつは俺を甲子園に連れて行ってくれた。 #twnovel

2013-08-10 00:13:33
ヨシムラ @ortk

同じ県の名門校を破って甲子園に進んだダークホース的な存在。その打線の中に奴と俺がいた。俺は二番サード。奴は三番ショート。俺がつないで、奴が返す。塁上で見る奴のバッティングフォームは、ほんとうに美しかった。ボールがバットに吸い込まれていくようだった。 #twnovel

2013-08-10 00:13:45
ヨシムラ @ortk

奴はドラフト二位だった。俺にも大学からオファーがあった。高校時代にできた彼女は、スゴイじゃん、と無邪気に喜んでくれた。俺は天才じゃない。けど、もう少し野球がしたい。そう思って大学に進むことにした。彼女の進む大学とは違ったけど、彼女は寮の近くに部屋を借りてくれた。 #twnovel

2013-08-10 00:13:53
ヨシムラ @ortk

小さな体を何とかしたくて、無茶苦茶筋トレした。そうしたら、少しずつボールが前に飛ぶようになった。天才じゃないから、努力した。大学三年の時、奴が新人王をとった。.270 21本 83打点。立派な成績だった。しかし、奴のポジションはサードだった。ショートではなく。 #twnovel

2013-08-10 00:14:01
ヨシムラ @ortk

プロのスカウトと話をする機会もあった。でも、結局指名はされなかった。彼女の親御さんに呼ばれた。どうするのかね。幸い、社会人のチームからのオファーはあった。最悪、そのまま会社員になるという道もある。そう説明した。ならまあ、よしとしようか、親御さんはそう言って笑った #twnovel

2013-08-10 00:14:09
ヨシムラ @ortk

どうやら結婚してから入社してくる、というのは前代未聞だったらしい。散々からかわれた。午前中だけとはいえ、デスクワークは新鮮だった。スカウトから、指名の可能性を伝えられた。面談をした。おそらく下位指名になることを伝えられた。外野の練習をしておいてくれ、とも。 #twnovel

2013-08-10 00:14:17
ヨシムラ @ortk

ドラフト会議の次の日の新聞を見て驚いた。外野手として育成予定、と書いてある。下位指名とはいえ社会人出身は、即戦力であることを期待される。その日から外野の位置でノックをさんざん受けた。サードの守備を評価しているって言われたのにな、と思いながら必死で球を追った。 #twnovel

2013-08-10 00:14:24
ヨシムラ @ortk

少し考えればわかることだったが、俺にサードのボジションが用意されているわけがなかった。このチームのサードには、奴がいるのだから。俺も奴も25歳。だが、奴はレギュラーでクリーンナップ。俺はルーキーで、外野は初心者だ。泥にまみれた。こういうのは慣れていた。 #twnovel

2013-08-10 00:14:31
ヨシムラ @ortk

怪我人が出て、ライトのポジションがとれた。肩には自信があった。バッティングも評価されて、何とかしがみつくことができた。新人王は取れなかったけど、また、奴と同じチームで野球ができるのが嬉しかった。それは、奴が怪我をするまで続いた。 #twnovel

2013-08-10 00:14:39
ヨシムラ @ortk

十字靭帯断裂。若きレギュラーを失った悲しみがチームを覆っていた。サードのポジションはポッカリと空いた。なんせ、ずっとフル出場してたから控えもいなかったのだ。監督が口を開く。お前、アマチュア時代はずっとサードだったらしいじゃないか。やれるか。俺は震えていた。 #twnovel

2013-08-10 00:14:54
ヨシムラ @ortk

また、二番サードに戻ってきた。奴のものとなったポジションを、俺が守っているというのはものすごく不思議な感触だった。サードを守るのは三年ぶりだったが、高校以来のポジションを思い出すのに苦労はいらなかった。評価が固まるのに時間はかからなかった。打撃は奴、守備は俺。 #twnovel

2013-08-10 00:15:18
ヨシムラ @ortk

シーズンの終わりに奴は帰ってきた。火を吹くような打撃は健在だったが、シーズン中に守備につくことはなかった。シーズンオフに監督はひとつの決断をした。古傷に障らないように、という判断から、奴は外野に回された。ポジションがそっくり入れ替わったのだ。 #twnovel

2013-08-10 00:15:25
ヨシムラ @ortk

奴は苦しんでいた。怪我の再発を恐れ、慣れないポジションに奮闘しながら、打てなければ罵倒される。俺はヤツを慰めたかったが、慰める言葉がなかった。 #twnovel

2013-08-10 00:15:40
ヨシムラ @ortk

新しい監督は、チーム再生のテコ入れとして奴をサードに戻し、俺をセカンドにコンバートした。奴を慣れたポジションで実力を発揮させ、器用な俺を力の衰えたベテランと競争させる、というプランだったらしい。奴がアキレス腱を切ったのは、シーズンが始まってまもなくの事だった #twnovel

2013-08-10 00:15:49
ヨシムラ @ortk

奴はファーストに回った。だが、毎年のように外国人との争いに晒され、ポジションは安泰ではなかった。俺はサードのポジションを盤石にしていた。奴が準レギュラーで、俺がレギュラーというのはものすごく不思議なことのように思えた。 #twnovel

2013-08-10 00:15:59
ヨシムラ @ortk

奴は引退を表明した。強かった時代の、強かったサード。俺はレギュラーとはいえ、間に合わせだ。引退試合には粋な演出が光った。奴がショート、俺がサード。それは高校時代のあの頃と同じポジション。そして、俺がライトへ回り、奴がサード。それは俺達の野球人生の縮図だった。 #twnovel

2013-08-10 00:16:11
ヨシムラ @ortk

三年して、俺も引退することになった。積み重ねたヒットの数は、奴より俺のほうが多かった。不思議だと思う。奴は紛れもなく天才だったし、俺は奴を乗り越えたことなんか一度もなかった。これが人生か? これが人生なのか? 誰も、それに答えることはできないように思えた #twnovel

2013-08-10 00:16:59
ヨシムラ @ortk

俺が引退するのと入れ違いに、奴は打撃コーチに就任した。そして、その翌年、俺は奴に呼ばれて守備走塁コーチに就任した。奴に聞きたいことはいくらでもあるのだが、現役を引退して同僚になった今でも、俺は未だに奴に何も聞けないままだ。 #twnovel

2013-08-10 00:17:07