やられちまつた男の子の記録

はまりー @hamari

#twnovel 男は砂漠に如雨露で水を撒いていた。見かねた誰かが、その足元にオリーブの苗を植えた。別の誰かが、遠くから水を引いてきた。十年後、そこはオリーブの茂るオアシスになっていた。誰かが男に尋ねた。どうして楽園を作ろうと思ったんですか？　男は答えた。おれはただ、砂漠に水を。

はまりー @hamari

#twnovel 大震災の翌週、わたしは望遠鏡を抱えて近くの丘まで上った。神話の英雄たちが明るく輝いて夏の夜空を埋めつくしている中、いちばん新しい神話になったわたしの家族はいまにも見失いそうな六等星になって輝いていた。わたしは夜空に手を振る。星になった妻がかすかに瞬いた気がした。

はまりー @hamari

#twnovel 海の底に沈んだサン・テグジュペリの愛機に、一匹のコバンザメが住み着いた。サメは割れたキャノピーをくぐっては遊び、皮の剥がれたシーツの上で泳いだまま微睡む。輝くアフリカの砂の幻影がそのとぼしい脳味噌を、ふとよぎった。サメはみじろぎ、小さな気泡を漏らした。

はまりー @hamari

#twnovel 耳を塞いだヘッドフォンはどこにも繋がっていない。ぼくはくぐもった夜の空気を聴いているだけ。ノクターン、そう呟くと頭の中で自分の声が響く。言葉の意味なんか知らない。のくたぁん、呟くと部屋の景色がノクターンの色に染まっていく。コップの底にたまった一番重い闇の色。

はまりー @hamari

#twnovel 女王は盤上で永き眠りより目覚めた。錆びたポーンが傍らに転がっているだけで、自軍はすでに陣の体を成していない。これは負け戦か。だが白と黒の市松模様を地平線まで見透かしても敵の姿は無い。千日手の悪夢か。差し手の姿はない。白の女王は動けぬまま、盤上に独り屹立し続ける。

はまりー @hamari

#twnovel 理由、でございますか？　先年夫を亡くしまして、義眼職人の方にお願いしてあの人の右目を硝子細工にして遺していただきました。あの人の目を通した世界には色がございませんでした。林檎にも、薔薇にも、鏡に映った私にも。ただ一つの物を除いて。ええ、それが妹を殺した理由です。

はまりー @hamari

#twnovel 地獄行きのバスに私は一人で乗らない。後部座席では傲慢が私の日記を読んで大笑い。腸を首にぶら下げて自惚れはうっとりと手鏡に見入り、悪趣味は私の頭蓋骨でバスケの真似。骨も肉も醜い心も一つ残さず持っていくから安心して地上の人たち。この騒がしいバスで私は一人で逝きます。