【twitter小説】砂の魚#2【幻想】

砂漠で釣りをしている一人の男。水も無いのに彼はなぜ……? 不思議な男の物語。小説アカウント @decay_world で公開した物語です。この話は#4まで続きます
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減衰世界 @decay_world

 レジルとミレウェは急いで来た道を引き返した。魚を釣ろうとしていた男、彼なら領主の要求に応え生きた魚を手に入れることができるかもしれない。二人はもう一度森に入った。森は涼しく、木は光を遮り薄暗い。 27

2013-08-26 15:42:10
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 記憶を頼りに森を進むと、先程の日だまりに辿りつくことができた。やはり男はそこでじっと魚を待っている。男はレジル達に気付き、挨拶をした。 「どうも、どうしたので?」 28

2013-08-26 15:47:14
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「街で起きてる騒動を知っていますか?」 「いいや、街にはあまり立ち寄らないね。それよりも魚が釣れるかで精一杯なんだ。今にも釣れそうな、でもまだまだ時間がかかりそうなそんな予感がするんだ」  レジルは男に領主の要求についてざっくりと説明した。 29

2013-08-26 15:52:59
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「なるほど、魚ねぇ……」  男は別段興味を持ってはいないようだったが、しばらく考えたのちフフッ笑うと笑顔で振り向いた。 「いいだろう、いい腕試した」 30

2013-08-26 15:58:29
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 そしてまた視線を釣り糸の先に戻して話を続けた。 「俺はいままで自分のために魚を釣ってきた。自分の腹を満たすため、そして自分の向上心を満たすため。こんなどうでもいいことが他人の役に立つなんて考えたことは無かった」 31

2013-08-26 16:02:59
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「でももしそれがひとのためになるなら……それは素晴らしいことだと思う。俺もとうとう皆から必要とされる……皆のためにその技術を使う、その時が来たってわけだ」  男は先刻あった時のような真面目な顔ではなく、照れるように笑顔を見せながら自己紹介した。 32

2013-08-26 16:07:42
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「俺の名はクローキ。まかせてくれよ、とびっきり活きのいい魚を釣ってやるからよ」  それを聞いてレジルもミレウェも互いの顔を見て笑い合った。そして二人もクローキに向かって軽く自己紹介をする。 33

2013-08-26 16:11:16
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 レジルはシルクハットを脱ぎ、深々とお辞儀をして言った。 「僕はレジル。新婚旅行の最中でね、世界一周旅行の途中なのさ。各地の観光名所をしらみつぶしに回っている。これでも昔はそこそこの冒険者でね……冒険者の仕事で妻と出会ったんだ」 34

2013-08-26 16:14:38
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 ミレウェはスカートを摘んで、行儀よくお辞儀をした。 「レジルの妻ミレウェですわ。射撃が得意ですが、魔法の心得も少々。今までたくさんの場所を訪れましたわ。その中でたくさんのひとと出会い、別れてきました……」 35

2013-08-26 16:17:38
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「どうもどうも。このオアシスはいいところでしょう。……いや、本当のことを言うとここに来てから少しの間準備をして、それからずっと釣りをしているので……どこがいいとかはあまり言えないのですがね。ははっ」 36

2013-08-26 16:21:21
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 クローキは自分が狙っている魚のことを語り始めた。それは白亜砂漠の地下深くに住む奇妙な魚だ。砂の魚と呼ばれ、詳しい名前はまだついていない。普段はじっと眠っているが、時折眠りから覚め地中を高速で移動するという。 37

2013-08-26 16:25:19
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「なるほど、ちゃんと狙いがあったのですね。安心しました」 「ハハッ、目標も無く挑むほど酔狂じゃないさ」  クローキは話している間も砂に沈んだ糸の先から目を離さない。糸にはラベルが貼ってあり、これが浮きのように目印となっているのだろう。 38

2013-08-26 16:30:01
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「砂の魚は眠りにつく間周囲の水を飲み干してしまう。このオアシスも元はたくさんの水で溢れていたはずなんだ。そしてそいつは……そろそろ目覚めていいはずだ。そのチャンスを狙っている」 39

2013-08-26 16:35:05
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 正確にはその時期は分からないようだったが、1ヶ月の期間くらいには絞れたらしい。しかし結果は出ないまま3週間が過ぎようとしている。いつ魚が目覚めてもおかしくない時間だ。クローキは寝る間も惜しんで釣竿を構えたという。 40

2013-08-26 16:39:47
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 寝る時は竿を握って座ったまま寝た。一瞬でも竿が動けば起きられるように……クローキはかなり痩せていた。元はもっと肉があったと笑う。落ちくぼんだ目からはかなりの疲労が感じられた。 41

2013-08-26 16:45:24
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 しかしその爛々と光る眼には恐ろしいまでの情熱と執念が感じられた。釣りの一瞬のチャンスを逃すまいと、まばたきさえ惜しむような……そんな思いが詰まっている。しかしクローキ自身はそんなことを気負いもせず自然とこなしているようだった。 42

2013-08-26 16:54:02
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「釣りの偉人……メレシエッキは座ったまま釣りをしすぎて両足が腐ってしまったことに気付かなかったという……その後神々から魚の足びれを貰ったそうだがね。私はそこまでじゃないが、そのくらいになってみたいね……」 43

2013-08-26 17:03:33
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 レジルとミレウェ、そしてクローキはしばらく語り合った。クローキはいままで一人で誰と話すことも無くずっと釣りに集中していたらしい。レジルとミレウェはクローキのいままで釣った魚などの話を聞き、話を弾ませた。 44

2013-08-26 17:08:05
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「人生の道はいくつもある。そこには行き止まりの道もあれば開かれている道もある」 「どんなに無理な道に見えても、開かれている道はあるのさ」  クローキはじっと、病的な目で糸の先を見つめ続けている。 45

2013-08-26 17:14:04
減衰世界 @decay_world

「俺はどんな不可能とされた釣り場でも魚を釣ってきた。これは俺の誇りさ。経験が俺を強くするんだ。決して誰から褒められることは無い……だけれど、その経験が俺を何度となく奮い立たせる」 46

2013-08-26 17:18:17
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「初めは一匹の釣果だったかもしれない。それが百、千、そして万と数えるたび情熱は確信へと変わっていった。この道の先に何があるかはわからない。ただ、道が続いてることだけがはっきりとわかったんだ」 47

2013-08-26 17:23:43
減衰世界 @decay_world

「その確信は道を歩いてるものにしか分からない感覚だと思う。少なくとも、その領主は……」  そして言葉を途切れさせた。フフッと笑い、視線を糸の先から逸らさずにいう。 48

2013-08-26 17:29:33
減衰世界 @decay_world

「領主をここへ連れて来てくれないか」 「見せてやりたいよ、目的を達成するには本気が必要だってことを。それを他人に任せているようじゃその道は閉ざされた道だね」 49

2013-08-26 17:37:52