モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Summer IX~
- IngaSakimori
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(偶然かな……?) 先行する志智のスパーダとVTRの距離は、およそ100メートル弱といったところだろうか。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:30:30たとえ先行するモーターサイクルが転倒したとしても、十分余裕を持って止まれる距離。逆に言えば、それぞれを意識せずにいることができる、最低限度の距離ということになる。 自分を追いかけてきたとは必ずしも言い切れない……それほどの距離だった。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:30:38━━だがしかし。 「うっ」 左へ大きくバンクし、コーナーの立ち上がりでアクセルを開けようとしたその瞬間、志智はミラーへうつる黄色いヘッドライトの光芒を見て、驚きの呻き声を漏らしてしまう。 速い。あっという間に差を詰められている。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:30:56(いきなり全開で攻めに来てるのかよ……) こちらが本気で走っていないとはいえ、これほどのスピードで走れるライダーにはなかなか遭遇できるものではない。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:31:09(実は亞璃須(ありす)の奴が乗ってる、とかじゃないだろうな……) そんなことを考えながらも、志智の両足は無意識のうちにステップへつま先立ちになっている。 ブレーキレバーへかけた二本の指へ電気信号が通い、目つきは狩人のように鋭くなっていく。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:31:25「そっちがそう来るなら……!!」 直線区間に入る。右手が勝手にアクセルを全開にし、ブレーキングをぎりぎりまで遅らせていく。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:31:35過酷な下り傾斜での減速G。タンクへ引っかけた片膝と、ステップへ押しつける踵(ヒール)のグリップだけで五体を保持し、ハングオン。 突き出した膝と地面の間には、小石の一粒ほども入り込む余地がない。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:31:53(どうだ……?) 突き放しただろう。ついてこられないだろう。 ほんの一コーナー、ほんの小さなストレートではあったが、三鳥栖志智(みとす しち)にとって最大限のプッシュ。平均時速は100kmをゆうに超えている。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:32:05これについてこられる同クラスのマシンなどは━━ 「くっ……!!」 だが、いる。志智のすぐ背後に。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:32:13何の変哲もない丸ライト。女子供でも乗りこなせそうな高いハンドル。 日本人の体格にあわせて設計したとしか思えないほどコンパクトなVTRの車体が、振り向いて手を伸ばせば届きそうな距離に接近している。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:32:26(嘘だろ……VTRってこんなに速いのか!?) その光景は志智にとってショックだった。 おなじVTエンジンの排気音が、奇妙な二重奏をかなでていることに気づく。 ヘルメットの中で鳴る風の渦巻き。まだ緑色の葉が一枚飛んできて、シールドにキスしていく。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:32:57「こっちの方がパワーはあるはずなのに……!?」 同じエンジン。車重も変わらない。 それでいて、スパーダの方がエンジンパワーは勝っている。そのはずだ。それなのに、自分は追い詰められている。 ならば、答えは一つしかない。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:33:16(向こうの方が……うまいってことか?) 首の後ろに冷たい汗。しかし、同時に瞼の奥が熱くなる。 危ないぞ、と脳裏でもう一人の自分が叫んでいた。 いまお前は一線を越えようとしている。それも準備なく、突然に。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:33:27━━それは、とても危険なことだ。 「っ……くう!!」 処刑台へあがる囚人が無駄なあがきをするように、『52段のどん詰まり』でフルブレーキング。フロントタイヤが汲々と泣きわめく。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:33:35ぶるぶると震えるハンドルを力任せに押さえつけて、右へ大きく車体を傾ける。ミラーを見た。VTRのヘッドライトは遠ざかっている。 続くストレート! こちらの方が速い! さらに差が開く。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:33:44(どうだよ!!) が、コーナーが二つ、三つ、四つ重なると、結果は同じだった。 志智の背後には、亡霊のように黄色いヘッドライトが迫ってくる。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:33:52「なんなんだ……なんなんだ、こいつは!!」 焦りが自分の中にある精密な何かを狂わせていくのが分かった。 諦めてしまえばいい。それでも遮二無二アクセルをあけ、ブレーキを遅らせることしかできない。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:34:02そんな抵抗をどれだけ繰り返しただろうか。 (これでも……ダメなのか……?) 自分の中で張りつめていた糸がぷっつりと切れそうになる感覚。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:34:17背後のVTRはなぜか抜きにかかろうとしない。 いや、抜けないのかもしれないとも思う。しかし、自分の方が遅いことには変わりない。そんなことはわかりきっているのだ。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:34:21「……ふるさと村の先……川野の区間なら!!」 ヘリポート脇のコーナーを大きく回り込み、志智が正真正銘、最後の悪あがきを試みようとした頃。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:34:35「あれっ」 不意にミラーへ映る亡霊の姿は消えた。 スパーダの排気音とかさなりあうように響いていた、VTエンジンの咆哮も今は一重である。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:34:42(止まった……? ペースを落とした? それにしたって……) 志智の胸にはどこかすっきりとしないものが残っていた。 だから、直進しかしたことのない、ふるさと村の信号を右折。すぐにUターンする。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:34:57「……ここか……」 VTRの姿は折り返してすぐに見つかった。 登り車線、ヘリポートの手前。左手にある小さな駐車スペースに銀色の車体が停まっている。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:35:09(そういえばここ……取り締まりにも使ってるよな……) 刹那、頭に嫌な想像が浮かぶ。実は自分がVTRだと思っていたのは何かの間違いで、白バイだったのではないだろうか。 #mor_cy_dar
2013-09-18 23:35:15