閉鎖楽園の戯言――失くした人・環境のせいにする人――

落し物回廊と、ゆとり君と
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ヨコシマくん @QUIZcat

男は黙った。僕は足元の長い縄を杖で払った。回廊の先ではガードレールの支柱に被せられた手袋が手を振って、帽子が笑うように頷いている。つり革の傘が、風が無いのに揺れた。「私は」男が杖を強く付いた。「私は30年探したんだ」僕は返事をしなかった。独り言に聞こえたからだ。

2013-09-24 18:10:14
ヨコシマくん @QUIZcat

「彼女は、初めて会った時輝いて見えた。とても愛らしかった。私なんかにも微笑んでくれたんだ。だから、彼女を愛した」男が唇をかみしめた。「いい女性だったんですね」僕は適当に相槌を打って鞄を蹴っ飛ばした。「彼女は死んでしまった」それはお気の毒。声には出さずに目の前の傘を避けた。

2013-09-24 18:14:06
ヨコシマくん @QUIZcat

「死んでしまった。彼女は死んでしまったんだ。もう思い出を重ねる事も微笑みを眺める事もできない。だから私に残されたのは……これだけだ」男は背負い袋をもう一度背負いなおし、肩紐を拳で握りしめた。カンテラの灯りが揺れる。「全て揃えて見せる」自分に言い聞かせるように、呟いた。

2013-09-24 18:16:50
ヨコシマくん @QUIZcat

「どうして失くしてしまったんですか? そんな大事な物なのに」単純な疑問を僕は背中越しに投げかける。後ろから付いてきている男が悔しそうに杖を叩きつける音が聞こえた。「……分からない、分からないんだ。私は誰にも見つからないようにバラバラにこれを隠した。後で全て集めるつもりだった!

2013-09-24 18:19:21
ヨコシマくん @QUIZcat

なのに何故か無くなっていた! 誰かが持って行ったのか!? 何かの拍子に別の場所へ行ってしまったのか!? どうしても一つだけ、見つからなかったんだ! 私は探した。全財産を投げうって。なのに……こんなところにっ!」「……視界が悪いと転びますよ」僕は立ち止まって、ハンカチを男に渡した。

2013-09-24 18:21:41
ヨコシマくん @QUIZcat

「……もうすぐ、揃う。やっと……揃うんだ……」男が皺くちゃな顔をごしごしと拭って、再び強く歩き出す。足元にあったバナナの皮を僕は咄嗟に払った。「冷静に。転んでは元も子もありませんよ」「帰る場所など、元より無い」「それならば、一つだけいい場所があります」僕はにっこりと微笑んで見せた

2013-09-24 18:25:05
ヨコシマくん @QUIZcat

「閉鎖楽園。全ての願いが叶う場所。居場所のない者の居場所。あらゆる弱者の最後の楽園です。貴方にピッタリだと思いますが。きっと、貴方の愛した女性も気に入ってくれますよ。ここでは死人も生き返りますから」男は何も答えなかった。その理由が僕には何となく分かっていた。分かっていて聞いた。

2013-09-24 18:27:42
ヨコシマくん @QUIZcat

……どれほど歩いただろうか。今日の『主』の機嫌は悪かったらしい。かなり歩いた末に目的の物はあった。男が目を見開いて走り出そうとした先に、その袋はあった。僕が抑えるのを無視して、男は袋に手を伸ばす。「あぁ! あった! あったぞ! 私の愛しい―― 愛しい―― ……私だけの君だ」

2013-09-24 18:29:57
ヨコシマくん @QUIZcat

「落ちついてください、転んでは元も子も」「放してくれぇ! あぁ、名前も知らぬ君よ! 私の愛した君! おおおお!」僕は強く突き飛ばされた。済んでのところで転ぶ事は回避したが、男がそのまま袋の方へと全力で走って行く。「いけない!」僕が声を張り上げても、彼の耳には届かなかった。

2013-09-24 18:32:37
ヨコシマくん @QUIZcat

「愛している!」男が袋に向かって飛びかかり、それを強く抱きかかえるようにして『転がった』。不気味に笑いながら、袋を胸に床の上をのたうち回る男。もう遅い。……所有権が『移った』。男が起きあがり、落し物の袋を広げて中身を掴む。壊さないように、ゆっくりと、愛しそうに出したそれは

2013-09-24 18:35:41
ヨコシマくん @QUIZcat

女性の『頭』だった。まだ20にも満たない少女の生首だった。眠るように瞳を閉じられた彼女の唇は生を失ってなお赤く、艶やかだった。首の傷口も丁寧に加工されていて、何かしらの処置がしてある事は明らかだった。男が何度も『彼女』に口づけをした。そして背負い袋からでてきたのは『体』だった。

2013-09-24 18:38:13
ヨコシマくん @QUIZcat

それも、腕も脚も胸も下腹部も全てがバラバラになった体だった。男はパズルのようにそれらを床に並べて繋ぎ合せ、彼女を完成させた。繋ぎ目を特殊な装置で繋げた、『生身の球体関節人形』を。男は彼女のふくよかな体を撫で、何度も顔を擦りつけた。「私の、私の、愛しい君……愛している……」

2013-09-24 18:41:28
ヨコシマくん @QUIZcat

僕は今来た道を振り返って歩きだす。目の前、10mの距離に出口となる扉があった。早く出て行けと言わんばかりに。だが、もう僕は男も彼女も連れ帰ることができない。「彼女は、貴方の物ではありませんよ」男に聞こえているかどうかは分からなかった。だが床に並べた時点で全ては終わっていたのだ。

2013-09-24 18:44:46
ヨコシマくん @QUIZcat

「彼女は、『落し物回廊』の所有物です」全ての手袋が手を叩いて笑っていた。全ての帽子が楽しそうに回っていた。全ての傘が新しい仲間を歓迎するように揺れていた。僕が外に出ると落し物回廊の扉が、パタンと軽い音を立てて閉まった。落とした物が、何一つ返ってこなかった事を嘲笑われた気がした。

2013-09-24 18:50:39
ヨコシマくん @QUIZcat

人は環境に左右される生き物だ。環境のせいにするなと人は言うが、大抵そう言う人は一筋の希望だけは残される様な恵まれた環境にいるものだ。恵まれない環境に育った人でもこのクローズドガーデンに来ると全てが上手くいくので、やはり環境は大事だ。砂漠に花は咲かない。サボテンでもあるまい。

2013-09-25 00:39:01
ヨコシマくん @QUIZcat

だが、逆にどんな恵まれた環境に居てもそれら全てを無駄にしてしまう人間がいる事も否定はできない。優れた才能を持ち素晴らしき周りの人々に支えられていても、本人がそれらを行使するかどうかは別問題だ。僕なんて膨大な力を持っているがここ数万年使っていない。錆ついてしまったかもしれない。

2013-09-25 00:39:57
ヨコシマくん @QUIZcat

申し遅れた。僕はクレイオン。クローズド・ガーデン(以下閉鎖楽園)管理人だ。全ての願いが叶うこの世界で、別に望んでもいないのに誰かの願いを叶える役目を負ってしまっている。嫌々やっている様に聞こえるが、別に嫌いじゃない。かと言って好きでもない。他人に興味が無い、ただの無関心だ。

2013-09-25 00:40:47
ヨコシマくん @QUIZcat

その役目故に、僕の所には良く依頼が来るのだ。願いを叶えて欲しい、その手伝いをしてほしい。もちろん僕に出来る限りで全てを聞き入れている。忠実に叶えている。こう言ってしまうと僕が神様みたいだが、僕がやるそれは慈悲や優しさからではなく甘さから行うものだ。どちらかと言うと悪魔かな。

2013-09-25 00:41:18
ヨコシマくん @QUIZcat

それでも叶えられない願いがごく稀に存在する。さて、今日は僕が珍しくも叶える事が出来なかった願いについて語るとしよう。言わば僕の失態の記録を公開するのだから不名誉な事極まりない。いやぁ! お恥ずかしい限りだ、情けなさに頭を抱えてしまう。穴があったら入りたい気分だね。……フフフ。

2013-09-25 00:41:59
ヨコシマくん @QUIZcat

今から語る出来事の多くは社会的弱者による嘆き弱音泣き事言い訳消極的発言で、大半が詭弁戯言虚言妄言暴言世迷言、ほぼ全て暴論屁理屈嘘八百出鱈目千万な発言だ。誰も読まない事と、誰の目にもとまらない事と、誰の心にも響かない事を祈って僕は書く。これは僕の暇つぶしでしかない。

2013-09-25 00:43:49
ヨコシマくん @QUIZcat

―――「環境のせいにする人」―――

2013-09-25 00:44:05
ヨコシマくん @QUIZcat

現実、しかも現代の都会の街並みに非常に似ており、スーツや作業着を着た歩行者が行き交う空間を僕は『街空間(シティサイド)』と呼んでいる。現実を追い出されて尚仕事に執着した、或いは出来るだけ生活を変えたくないと望む者がここに来る。意外かもしれないが、そう言う人も多いのだ。

2013-09-25 00:46:31
ヨコシマくん @QUIZcat

例え、閉鎖楽園の中でも公共の場で迷惑行為をすれば、それが終わるまで待つか誰かが解決しなくてはいけない。そう、どんな小さな事でも『依頼』が出されれば、僕は動かなくてはいけないのだ。今日もいつもの様にソラミミ(空耳で人の想いを他人に伝える幻想世界の郵便屋)が僕の所へ飛んできた。

2013-09-25 00:47:39
ヨコシマくん @QUIZcat

「……座り込みデモでもやっているのかね」雌鶏のソラミミが持ってきた手紙を読んで僕は独りごちた。内容は『男が座り込んでいて迷惑だ、駆除してほしい』とのこと。僕はシティサイドへと向かう準備を整えて、雌鶏が何故か勝手に産みつけた鶏卵を机の上に置いた。育児放棄だ。後で食べるとしよう。

2013-09-25 00:48:21