閉鎖楽園の戯言――失くした人・環境のせいにする人――

落し物回廊と、ゆとり君と
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ヨコシマくん @QUIZcat

空間移動の魔法『賢者ノ近道』を唱え、遠い場所を繋いでくれる木製の扉を潜り抜けると……路上に座り込んでいたのはたった一人の男だった。いつかの様に街宣車も無く、デモの様に主義主張を書いた看板や垂れ幕もない。一人デモと言う訳でもなさそうだ。男はただそこにいるだけだった。

2013-09-25 00:49:31
ヨコシマくん @QUIZcat

しかし、何がそんなに気に入らないのか知らないが、虚ろな目をして不機嫌な顔をしながら俯いてしゃがむように、しかも不幸な僕を見てほしいと言わんばかりに道路のど真ん中に座り込む男性がいたら、誰だって迷惑に思うだろう。関わり合いたくなくて避けて歩くと思う。僕もできるなら避けたいのだが。

2013-09-25 00:50:25
ヨコシマくん @QUIZcat

「あのう、どうかされましたか? 僕でよければ力になりますよ」男にできるだけにこやかに語りかけた。男は不満そうな顔をこちらに向けた。そこで気付く。確かこの男、つい最近この閉鎖楽園に来たばかりの男だ。慣れない生活にホームシックでも起こしたか。元の世界に帰してあげる事は出来ないのだが。

2013-09-25 00:51:36
ヨコシマくん @QUIZcat

「俺のせいなのかな」男が僕に向かって言う。いきなり事情も知らないのにそんなこと言われても。「俺のせいじゃないよなぁ、周りが悪いんだよ。なんであいつらより俺ばっかり……理不尽なんだよ。分からない事があったら聞けって言うくせに自分で考えろとか言うし……わけわかんねーよ……」

2013-09-25 00:53:05
ヨコシマくん @QUIZcat

有りがちな不満を垂らして男が再び下を向く。ついでに爪の甘皮も剥く。ずっと爪をいじっている。……ふむ、この癖は良く知っているぞ。見た目通り、大分神経質な男らしい。しかし、不満だけでここに座りこむだろうか? 「君は何も間違っていない。でも、望むなら僕は君を仕事から解放できる」

2013-09-25 00:55:10
ヨコシマくん @QUIZcat

「いやぁそうじゃないんだよ……」「ほう?」「環境が悪いんだよ。仕事を分かりやすく教えない上司が悪い。そう言う上司を育てない重役共が悪い。お互いに協力し合わない同僚達が悪い。そういう体制を作った社会が悪い。俺は悪くないのにしわ寄せは俺一人だ! みんな冷たくしやがって、ふざけんな!」

2013-09-25 00:56:56
ヨコシマくん @QUIZcat

男が立ち上がって叫んだ。すぐに座り込んでため息をつく。「つまり……その環境を変えてほしいと」「あぁ、できるんならな」「それくらいならお安い御用ですよ」「……あ?」閉鎖楽園内なら僕は管理者権限によって全てを自由に操れる。僕は世界を書き換え、彼の『会社』の環境を変化させる事にした。

2013-09-25 00:58:42
ヨコシマくん @QUIZcat

「上司は、一から十まで付きっきりで貴方に仕事を教えてくれますよ。何度同じミスをしても怒りませんし、飲みにつれていってもくれます。もちろん奢りです。重役さん達は常に社員教育や社内環境、社会保険等の福利厚生に力を注いでくれていますね。同僚達もみんな和気藹藹とした、明るい良い職場です」

2013-09-25 00:59:34
ヨコシマくん @QUIZcat

以前、無限書庫で暇つぶしに読んだ求人雑誌の台詞を若干拝借し、簡単に会社の説明をした。男は「まぁそういうことなら」と、やはり不満そうな顔で出勤して行った。問題は万事解決――「……しないだろうなぁ、多分」僕は苦笑いをして、暇つぶしに近くの喫茶店に入って珈琲とパンケーキを頼んだ。

2013-09-25 01:00:49
ヨコシマくん @QUIZcat

数時間後、彼が会社からため息をついて出てきた。「ご不満でしたか?」「俺ってさー、何もできないんだよな」おや、自分の不甲斐なさに気付いたか。「これって社会が悪いよな。学校教育が悪いんだよ。社会に出た時困らない知識を教えるのが学校の役目だろう? なのに実際は何も教えちゃくれねぇ!

2013-09-25 01:01:53
ヨコシマくん @QUIZcat

税金や公共料金の払い方一つ教えちゃくれないし、社会的なマナーや常識なんて触れてすらくれなかった。お辞儀の仕方なんて知ったこっちゃねーよ。健全な教育を受けた者より校則を破ってバイトしたり未成年飲酒したり不純異性交遊してた奴の方が超幸せそうだもんなぁ、間違ってるよなぁ~これ絶対」

2013-09-25 01:02:43
ヨコシマくん @QUIZcat

男はもう一度ため息をついて座り込んだ。「それでは、学生時代からやり直しませんか? この『街空間』以外にも、現実世界で学生だった人間や、学生時代に戻りたいと願う者が集まる『学校空間(スクールサイド)』と僕が呼ぶ場所があります。そこにお連れしましょう」僕は空中に指で四角を描いた。

2013-09-25 01:04:11
ヨコシマくん @QUIZcat

『賢者ノ近道』で男を『街空間』から連れ出した。学校のチャイムが青空に鳴り響き、青少年たちの笑い声が満ちた校庭が見える。向こう側の河川敷では学生の男女がカップル座りで自転車を漕いでいて、大きな桜の木の下では女生徒が体育教師に告白していて……いや省略しよう、誰かが傷つく気がする。

2013-09-25 01:05:05
ヨコシマくん @QUIZcat

「僕の権限で、貴方が教えてほしい事全てを教えてくれる教室を作りました。教師達は生徒に親身になってくれて贔屓は絶対にしません。校長と理事長も生徒の健全な育成に努めています。クラスにいじめはありません。不良もいません。望むならお好みの可愛い彼女をおつけしますよ。生徒会は入りますか?」

2013-09-25 01:06:08
ヨコシマくん @QUIZcat

ここまで権限濫用至れり尽くせりフルコースしたのは久々だ。男は学生帽を被り、学ランに身を包み、教科書を入れた鞄を手に「まぁ、そういうことなら」と校門へと歩きだした。「いってらっしゃい、車と不審者に気を着けて」僕は自宅に帰らず、学食で焼きそばパンと珈琲を買い食いして彼を待った。

2013-09-25 01:07:56
ヨコシマくん @QUIZcat

夕暮れ。「蛍の光」が流れる下校時刻。憧れの先輩に勇気を出して「一緒に帰りませんか」と申し出た女学生を暖かく見守りながら、僕は校門で『生徒を見送る先生ゴッコ』をしていた。そして件の男がやはり全く晴れやかな表情をしていないのを確認した。「おかえりなさい。ご不満でしたか?」

2013-09-25 01:08:59
ヨコシマくん @QUIZcat

「やっぱりさ、家庭環境って大事だよなー」僕はニコニコと微笑んだ。「そうですねぇ」「親ってさ、子供を教育する義務があるだろう? 子供の健全な育成をさ。父親は男としての生き方を背中で語り息子の目標となる。母親は息子の成長を暖かく見守る。何があっても受け入れてくれてさ

2013-09-25 01:10:03
ヨコシマくん @QUIZcat

何か悪い事をしたらキチンと理由立てて説明してくれて、不満も全部聞き入れてくれて、休日は出かけて思い出を作ってくれて、いつも笑顔の明るい家庭を保つよう親は努力すべきなんじゃねーの? 俺の家族なんかダメ親父にバカなお袋だもんな、育児放棄だよ。……妹は生意気でムカつくしよぉ」

2013-09-25 01:10:53
ヨコシマくん @QUIZcat

僕は息を深く深く吸い込んで――「そうですね、良い家庭の中で社交性を学び、豊かな生活が余裕をもたらし、結果学校でも円滑な交友関係を築けて経験を積める。ズルをする賢さも身につけルールの隙間を掻い潜り、度が過ぎない程度に先生もそれを許容する。何かあったら怒り、庇ってもくれますね。それは

2013-09-25 01:13:38
ヨコシマくん @QUIZcat

素行にももちろん依るでしょう。先程の良い家庭に繋がりますね、そして良い学校生活を送れた生徒は社会の中でも円滑な人間関係を構築できる。要領も覚えられて仕事の吸収率も良いでしょう。荒波に揉まれながらも一生懸命で前向きな人間は上司から好かれます。故に仕事も協力者の強力な協力あって上手く

2013-09-25 01:15:15
ヨコシマくん @QUIZcat

行くのでしょう。環境は全てにおいて地盤となります。環境は人間にとって重要な物です。その綻びを指摘した貴方は正しい、何も間違っていない。今まで言った事行った事全て正当性があり、もっともな意見です。良い環境を作らない社会の怠慢を一刀両断! ……かっこいいじゃないか! 胸を打たれたよ」

2013-09-25 01:17:16
ヨコシマくん @QUIZcat

そう、君は正しい。正しすぎるくらい正しい。文句なしに正しい。『だからこそ間違っている』。……この正も負も、正も誤も、正も逆も、正も悪も、正も不正も、全てが逆転し交錯し混ざり合う混沌世界・閉鎖楽園において、正当性を語る事がどれだけ愚かな事か……教えてやろうじゃないか!

2013-09-25 01:19:15
ヨコシマくん @QUIZcat

「まずは暖かい家庭環境を管理者権限で構築しますね。父親は正義を胸に抱いた警察官にしておきますか。立派ですね。母親は専業主婦で良いですか? 美人で良妻と評判です。妹さんはファンクラブが出来るくらいの美少女でお兄ちゃん大好きっ子にしましょうか。満足ですか? まぁ、まだ4歳ですけど」

2013-09-25 01:20:47
ヨコシマくん @QUIZcat

男は幼稚園の黄色い帽子を被り。つんつるてんの幼稚園の制服とピチピチの半ズボンに身を包み、ハンカチとティッシュを入れた幼稚園カバンを掛けていた。「ここまで真似る必要あるんすか」「ええもちろん。とても似合っています。さぁ、良い幼稚園と良い家庭の中でやり直せば良い環境を築けますよ!」

2013-09-25 01:25:14
ヨコシマくん @QUIZcat

――数分後。「どうしました? きちんと先生の歌に合わせて踊らないとお遊戯会にはなりませんよ」「いや、この歳になってこれはちょっと」「今の貴方は5歳児です。5歳からやり直しているんですよ」「小学校くらいからで十分ですから、いやマジでや――」僕はとても真摯な表情で男の両手を握った。

2013-09-25 01:26:41