ミューズ・イン・アウト
偶然にもそれは、古事記に語られしクレイン伝説に酷似していた。……雪の夜、罠にかかった哀れなクレインがいた。老夫婦がこれを助けると、数日後、美しい女が彼らの家に宿を乞うた。彼女は返礼として見事なシルクの反物を織った。しかし、部屋でそれを織る光景を絶対に見てはならないと言った。 72
2013-11-04 04:02:51高価なシルク反物を売り、老夫婦は豊かになった。だがある夜、老夫婦は絶対に見てはならぬと言われた部屋を覗いてしまったのだ。そこで彼らは見たのは、クレインが反物を織る恐るべき光景であった。己の正体を知られたクレインは飛び去った。そして帰って来なかった。 73
2013-11-04 04:07:50だがこの物語には腑に落ちぬ点がいくつもある。何故老夫婦は覗いてしまったのか?そしてなぜクレインは飛び去らねばならなかったのか? ……当然ながらこの説話にも、常人が知るべきではない恐るべきニンジャ真実や暗号が隠されている。だが今はそれを語るべき時ではあるまい。 74
2013-11-04 04:11:33「……ありがとう……」マツモトは傷だらけの書物を抱きしめ、涙を流した。鶴は反物の代わりに通帳にカネを残していったのだ。新たな人生を踏み出す時だろう。彼女にも、シトネ出版にも、マッポにも、全ては現代のゴーストストーリーか、あるいは彼女のメガロ妄想であるとしか考えられなかった。 75
2013-11-04 04:18:40じきに彼女は逞しく立ち上がるだろう。そうでなければネオサイタマでは生き残れないのだから。幸いにもニンジャリアリティ・ショックはしばしば、無辜なるモータルへの慈悲となる。それは荒波の如く押し寄せ、モータルの精神を掻き乱した後、引き潮めいて全てを奇麗さっぱり奪い去ってゆくのだ。 76
2013-11-04 04:23:55「…初雪な…」砂浜に一つ残された巻貝めいて、彼女のニューロンの片隅にはその詠み切れぬハイク・フラグメントだけがいつまでも残留した。その言葉を唱えるたびに、彼女はセンチメントと力を得るだろう。それを残した者の想いは定かではない。だがいずれにせよそれは、彼女の救いとなったのだ。 77
2013-11-04 04:32:17