ストレイトロード:ルート140(1周目)
- Rista_Bakeya
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藍は部屋に入るなり、ベッドの上に飛び込んだ。白く洗い上げたカバーが大きく波打つ。宿に着くたびにこれをやっているなと思っていたら、藍が横になったまま私を睨んできた。「子供だなって思ったでしょ。これは大人でもやる人はやるんだからね!」私は思わず吹き出していた。すると枕が飛んできた。
2013-10-01 22:10:59照りつける日差しの下、浜辺へ駆け降りる藍の後ろ姿を見送った。乾いた砂に足跡を刻み、打ち寄せる波の端に両足を浸して、何やらはしゃいでいる。風は穏やか。波は静か。この分だとしばらくは戻ってこないだろう。私は藍が脱ぎ捨てていったお気に入りの靴を拾い上げると、砂を払って車の中に入れた。
2013-10-02 23:52:49「自分のことぐらい自分でできるんだから」そう言って藍は洗濯を始めた。全自動の機械に任せる所は確かにできたが、その後の手順は何も知らないらしい。ろくに広げず皺だらけのまま干したのは自分なのに、乾ききった後に文句を言い出した。私には何もできない。素直に失敗を認めて質問してくるまでは。
2013-10-03 21:51:55敵わない相手と悟ったのか、クリーチャーは両腕の翼を広げ、飛び去った。廃墟の屋上に残された藍と私は東の方角を見上げた。蝙蝠に似た影はほんの数分で紫色の空に飲み込まれていく。「また逃げられた。とどめをさせないと意味ないのに」藍が蹴飛ばした瓦礫の破片が、朝日の最初の一筋を浴びて輝いた。
2013-10-04 22:39:18手を伸ばしても届かない段に目的の商品があるらしい。棚の前で懸命に爪先立ちして腕を伸ばす藍の背後に私は立った。近くに踏み台は見当たらない。「取りますよ。どれですか」「いい。自分で取る」「分かりました」私は藍の腰を抱え、持ち上げた。藍は踵で私の下腹を強く蹴りながら、缶詰を掴み取った。
2013-10-06 00:31:33「あーもう!なんで引っ掛からないの!?」罠の残骸を前に藍が悲鳴を上げている。彼女はこういう細工を好む割に知恵も知識も不足気味な上、それを直感と想像力で補えると思っている節がある。「…一目で罠と分かるようなものでしたから」「じゃあ今度はゼファールが作ってよ!」指先を突きつけられた。
2013-10-06 21:31:58私は藍を車内に残し、一人外へ出た。伸び放題の枝が幾重にも重なる森は昼でも暗い。踏みしめた土は柔らかく、ここが人の来る場所でないことを実感する。「道を間違えたようです。これ以上先には進めません」「そんなはずない。確かにこの先なの」窓から顔を出した藍が言い切った。今度も根拠は不明だ。
2013-10-07 23:51:39目を覚ますと、白く柔らかい手が私の荒れた手を握っていた。私が高熱にうなされた一晩の間、ずっとそうしていたらしい。静かに体を起こして、ベッドの横に座ったまま眠る藍の横顔を覗くと、頬に涙の跡が見えた。私は気づかなかったふりをして窓の外に目を向けた。昨夜の雨はまだ降り続いているようだ。
2013-10-08 22:59:36曇り空の下を走る間は時間の経過が分かりにくい。車内のカーナビに表示される時刻は調整手段である電波を失って久しく、今や遠い過去の時を刻んでいる。頼りは私の古い腕時計と、藍が持っている懐中時計だが、彼女のそれは大事な品らしく滅多に出さない。私のが壊れても代わりにさせてくれないだろう。
2013-10-09 23:37:41藍という名前にはその字が表す「青」そして藍玉のイメージが反映されているという。「似合うでしょ?将来はもっと綺麗になれるんだから」今、彼女の横顔は自慢気に輝き、青い右目が光を反射して私の目に突き刺してくる。大粒の宝石のようだ。透き通る青色が何故片方だけなのかは自身も知らないらしい。
2013-10-10 21:22:48私達が通されたのは、小さいが手入れの行き届いた英国式庭園だった。出迎えた初老の男に用事があるのは藍だけで、相手の興味も彼女にしかないらしい。私は椅子も勧められず、挨拶する数秒さえ貰えないまま、一人で庭を歩いた。少しだけ離れて振り向く。着飾った藍は風景に違和感なく溶け込んで見えた。
2013-10-11 23:52:33仮眠から覚めると、助手席に藍の姿がなかった。いつの間に車外へ出たのかと左右を見てから振り向くと、シートの真後ろに佇む真っ白な影に視界を覆われた。心臓が止まったかと思った。「びっくりした?」白い布製のお化けが藍の声で喋った。「いつの間に…」「あはは、面白い顔。写真撮りたかった」
2013-10-12 22:24:05