文筆業において不可避なクトゥルー神話の壁

山本弘先生のブログを見た森瀬繚先生がつぶやいたツイートをまとめました。
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森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

山本弘氏のブログを読み、仕事上経験してきた例についていくつか。クトゥルー神話、H・P・ラヴクラフト関連の文章を仕事で書いていると、どうしたってぶつかることになる壁のひとつです。 http://t.co/e47R4z6j5Z

2013-11-10 19:24:46
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今さら説明するまでもなく、クトゥルー神話の物語には「盲目」「白痴」「ニッグ」「インディアン」など、現在は忌避されがちな言葉が大量に出てきます。

2013-11-10 19:26:23
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『図解 クトゥルフ神話』(新紀元社)の時は、「クトゥルー神話ワールド内視点でのワールドガイド」というスタンスで制作しましたので、編集部との話し合いを経て、そのあたりの語彙の使用についてはOKをいただきました。「この本に限って」の話ではありますが。

2013-11-10 19:27:31
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『図解 クトゥルフ神話』は2005年の発売から8年を経て今も増刷が続いていて、たぶん10刷前後に達しているはず。抗議をいただいたことは特にありません。イーグルパブリッシングのお仕事の時も、『図解』での事情を説明した上で好きにやらせてもらいましたが、意識的に抑えた部分もあります。

2013-11-10 19:30:24
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ソフトバンク・クリエイティブ(現SBクリエイティブ)では、クトゥルー神話本以前に、まずは『「○○」がわかる』シリーズを何冊も作ってきました。その中で、校正段階で差別語、あるいは差別を想起させる語が確認された場合、理由・理屈如何は問わず、刊行できないという壁にぶつかりました。

2013-11-10 19:34:13
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「抗議か来るから」「公序良俗に反するから」といった理由ではなく、「これはNGワードです」(大意)という頑強なもので、たとえば「群盲象をなでる」という寓話もNGですね。悪魔本をやった時のことで、この時に編集担当氏と散々やりあいまして、OKとNGを分ける境界線を何となく掴みました。

2013-11-10 19:36:27
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それでも、『ゲームシナリオのためのクトゥルー神話事典』の時は大変でした。何しろ、「出典中の細かい設定とその変遷を執拗に網羅する」というコンセプトの本です。重箱の隅を、機械式腕時計を組み立てるような精緻な工程でつつきまわす作業です。

2013-11-10 19:38:09
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インディアンについては、まあ先住民族で妥協するとして、最大の問題はアレですよアレ。「The Blind Idiot God」! こいつをどう扱えば良いのさ畜生め。あ、「畜生」は小説のセリフでは大丈夫かもですけれど、解説書の類の地の文ではNGかもですね。>SB社基準

2013-11-10 19:39:15
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最初はシレッと「盲目にして白痴の神」と書いといたわけですが、ニッコリ笑った編集担当氏から「ダメに決まってんだろこのクソボケ、さっさと書き直せ」(大意)という返事が来るのは必定でした。この戦いは、実に3週間に及び--。

2013-11-10 19:40:42
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「盲目」については早々に「目の見えない」という具合に開くことにしたわけですが、「idiot」です。莫迦? 阿呆? 愚昧? なんか違う。繰り返される押し問答にヤケになった僕は「いっそのこと白智って造語を……!」とまで言い出しました。

2013-11-10 19:42:43
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最終的に、これもダメだろうなーと半ば思いつつ「痴愚」で出してみたところ、恐怖の校正チェックを何とか潜り抜けることができたとの報が。というわけで、『ゲークト』のアザトースは「目の見えぬ痴愚の神」になった次第。まあ、他にもいろいろあったのですけど、最後までひっぱったのはこれでした。

2013-11-10 19:46:57
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何だかんだで、10冊以上このジャンルの本に携わってきましたので、ノウハウを大分積み上げることができました。最初の内は納得いかない気持ちもありましたが、最近では割と楽しんでるところがあります。

2013-11-10 19:49:36
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それはそれとして、「idiot」は大変じゃった……。(海法の人などは僕と担当が電話で押し問答しているところを眼の前で見ていた記憶)

2013-11-10 19:49:41
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話は変わりますが、阿佐ヶ谷のトークショーで「ラヴクラフトの功罪」というテーマについてディスカッションしたことがあります。

2013-11-10 19:51:47
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HPLに差別意識がなかったかというと嘘になりまして、それは黒人やユダヤ人といったマイノリティのみならず、ホワイト・トラッシュと呼ばれる無教養・低所得の白人にも向けられました。彼の時代に形成されていった「クトゥルー神話」の世界観・歴史観には、そうした偏見が影を投げかけています。

2013-11-10 19:53:27
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

無論それは、「その時代の価値観や情勢」を背負ったものではあり、「昔の作品だから大目に見よう」という空気感が読者の間では漂っているようです。しかし、それが一大カテゴリに発展し、世界観・歴史観を同じくする作品が作られ続けるとなりますと、話は変わってきます。

2013-11-10 19:55:14
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

具体的には、リン・カーターなどのHPL、R・E・ハワードのフォロワー作家たちが、あまりにも無邪気かつ無頓着に、「過去の時代」の価値観をそのまま引き継いでいることについて、作り手側の人間からも批判されることがあります。

2013-11-10 19:57:12
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

と、まあこうしたあたりの話題と、科学知識の発展に基づく「地質学的に見たクトゥルー神話年代記」の齟齬について、「ラヴクラフトの功罪」という形でお話をしたわけですね。>トークショーで

2013-11-10 19:58:24
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

そのあたりに一つ一つ配慮していくと『政治的に正しいクトゥルー神話』になってしまうわけで--いや、それはそれで超楽しそうなんで読んでみたいし書いてみたいのだけど、そこまで離れ過ぎても、何だ、その、ねえ。

2013-11-10 19:59:37
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

こればっかりは、何が正しいのか、どうすればいいのかなど、「万人が納得する明解な答え」を出しようもない話ですので、ともあれ、お客様がたも「いろいろめんどくさい話があるんですよ」程度のことを覚えておいていただけると、水面下で必死にバタ足している身としては、ちょっと嬉しいです。

2013-11-10 20:05:56
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

話はとびますが、『ゲームシナリオのためのクトゥルー神話事典』をお持ちの方は、「猫」の項目にありますラヴクラフト作品に登場する猫の名前をご確認ください。アレにつきまして、「ラヴやん本当は猫嫌いだったんじゃ」「いや逆に●●大好きだったとか」という憶測が今でも仲間内で飛び交うのです。

2013-11-10 20:16:01
森瀬 繚@翻訳クラファン開催中(固定ポスト参照) @Molice

以上、山本氏のblog記事を枕に、僕自身の体験についてあれこれお話させていただきました。

2013-11-10 20:21:59