「……六合塵清四海波静。楊万里とは、君らしく如何にも古風な引用だな」 「そうですか? ……ふふっ、そうですね。きっと。貴方がいうのなら」 彼女はこちらに目を向けずに言う。
2013-11-29 02:49:45我々の目の前に広がるのは、澄みきった青空と深い紺碧の水平線。 まるで鏡合わせのように交わる、蒼穹の景色。 潮騒の音。吹き抜ける潮風。なにもかもが穏やかなひと時。
2013-11-29 02:50:17――かつて、鉄底海峡と呼ばれた海の墓場は、今やその面影すら消えて、ただひたすらに美しい青き景色と、優しい静けさを保っていた。 これこそ、彼女たちが……我々が取り戻した。この海の、まことの青だ。
2013-11-29 02:50:41「提督」 再び、彼女はこちらに声をかけた。 潮風に靡く、長い髪を押さえながら。 この水平線と同じような穏やかさをもって。
2013-11-29 02:51:31「貴方はかつて、私の名前のことを、褒めてくださいましたよね」 「随分と昔の話を持ってくるものだ。忘れたばかりと思っていた」 「忘れる筈がありません。貴方は、私の誇りを尊んでくれたのだから」
2013-11-29 02:52:25――大和とは誰もが知る通り、旧国名より拝銘している ――和は輪に通じ、輪は即ち円であり、縁と成る ――この国の民すべてを繋ぐ大きな縁を以て和と為す、護国、愛国の祈りが顕れた良き名だ ――誇れ。そしてその名に恥じぬ君で在ってほしい
2013-11-29 02:52:54「貴方がそう言ってくれたから。私は私で在れた。かつて〝あの大戦〟で、志半ばに沈んでしまった私を、貴方が正しく使ってくれたから」 「買い被り過ぎだ。この鉄底海峡の静けさを取り戻したのは、ひとえに君たちの力の御蔭だ。感謝すべきは、むしろ――」
2013-11-29 02:53:49「いいえ」 彼女は首を横に振った。 「かつて重油と血と、錆び付いた鋼鉄の屍が積もったこの海から。深海棲艦と化した武蔵を取り戻し、阿賀野や能代……そして、矢矧も、冷たい海の底から引き揚げてくれた」
2013-11-29 02:55:34「貴方が諦めず、この鋼鉄の墓と化した海峡を超える決断をしてくれたから――あの娘たちは帰って来れたんです。かつての私のように」 南方海域強襲作戦――かつて、あの海域を支配していた深海棲艦。特例等級:南方棲戦姫。 深海棲艦として呪われた、かつての己を回顧するように。
2013-11-29 02:56:31「〝六合の塵清く、四海波静か也〟…天下太平を意味する訓示です。我々が取り戻した、この海のような」 彼女――大和は。穏やかな笑みを浮かべて。こちらに顔を向けた。
2013-11-29 02:57:07「容易い道ではないけれど――貴方が、これからも。暁の水平線に勝利を刻み続けるのであれば。その果てに、静かな海を取り戻そうと願うのなら」 「この大和。七度死に、蘇っても、その度に貴方の願いに報いましょう」
2013-11-29 02:57:49