「スリー・ニンジャズ・アンド・ベビー」#3 ――『ニンジャスレイヤー』二次創作小説
- USAGI_koTENGU
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火災報知機がけたたましい警告音を発する。タノシイを強調する壁紙が剥がれたそばから燃え落ちる。ナーサリーモビールは燃えながら回る。しかし、「ウサギチャン託児所」にそれを気にするものはいない……驚愕に目を見開いたジン・フォトダの死体はただ、ぼんやりと背後の天井を見上げている。 40
2013-12-07 23:25:15そして……全身を死後に砕かれたヤツハシ・ミゴワの亡骸は……それら夢の潰える時を、穏やかな笑顔で眺めていた。愛子を優しく包み込むボディサットヴァの笑顔。彼女が死に臨んでなにを見たか。それを知るものは誰もいない……彼女の生前を知る、二人のニンジャを除いて。 41
2013-12-07 23:27:28『それで、どうしたんだ』『託児所探しを思いついた……僕達には面倒見きれないから』『違いない……ましてお前の相手がイグナイト=サンではな』『まったくだ』『それで、見つかったんだな』『うん。しかもキョート出身の女性。それで彼女を送り出した。僕はここを離れるわけにいかないから』 44
2013-12-07 23:32:32相手のテレパスに変化が生じる。いたたまれなさ、居心地の悪さ、そういった感情が、事態をおかしむ余裕を塗りつぶしていく。きっとそれは自分も同じだ。どうしても考えてしまう……自分たちの境遇を。『そうだな、それが最善だ』『うん』『師父の後ろ盾があるとはいえ、油断はできない』 45
2013-12-07 23:34:17再び相手のテレパスに変化が生じる。静寂を、暖かい沈黙を求める気持ちが混じる。『……そろそろ、イグナイト=サンが帰ってくるかもしれない』彼はそう切り出した。『そうだな……なにか、俺にできることがあれば知らせてくれ』『ありがとう。それじゃ、また』『ああ。また』……。……。……。 46
2013-12-07 23:36:28……アンバサダーは静寂に帰還した。ボンボリライトが奥ゆかしく灯るドージョー。シシマイ型UNIXも、トリイも、「不如帰」のショドーも、黙して語らぬ。……ふと、彼は孤独を感じた。兄との断絶。あの騒がしい赤子と、赤子のように騒がしい仲間の不在。……彼は忙しない前夜の記憶をたどる。 47
2013-12-07 23:38:11前夜。泣き喚く赤子に合成ミルクをやりながら、アンバサダーはキッチンで思いついた案を早速検索にかけた。ベビーシッター。保育施設。孤児院。経験的にも実際的にも、子供を育てることのできない自分たちに代わり、赤子の面倒をみてくれるアテを探したのだ。 48
2013-12-07 23:40:12……なぜここまでするのか?もちろんアンバサダーは自問した。イグナイトも、哺乳瓶の中身を一心不乱に嚥下する赤子を足でつつきながら、こちらは声に出して尋ねた。「我らではどうにもならぬからな」アンバサダーはそう答えたが、それだけが答えでないことは知っていた。 49
2013-12-07 23:42:28幼くして両親を亡くし、兄と二人、暗黒ニンジャ組織「ザイバツ・シャドーギルド」に身を寄せた己の境遇を重ねたか。ニンジャでなくば、キョートのいずこかで餓死していたかもしれない兄弟を想起してか。……UNIXのキーボードをタイプしながら、彼はとりとめのない思考を繰り返した。 50
2013-12-07 23:44:14やがて候補が絞り込んだ。トコシマ地区カミオンナ・ストリートの一角の託児施設。キョートはアッパーガイオン出身の女が経営している、という点がアンバサダーを惹きつけた。キョート生まれキョート育ちのアンバサダーには、ネオサイタマの猥雑さは信用ならないものだった。 51
2013-12-07 23:46:11その女に数日預け、その間にイグナイトの持ち込んだ面倒事……ストーンコールドなる野良ニンジャを倒す。同時に、赤子の未来を託せる施設も探す。時間はあまりない。彼はこの面倒事を組織には報告しないと決めた。ならば、通常任務に支障を来さないよう、ASAPに処理しなければならない。 52
2013-12-07 23:48:11それからの動きはこうだ……上司にしてニンジャの師であるイグゾーションに、秘匿回線を通じて非公式の許可を取り付けた後、託児所にメッセージ。そして客間にイグナイトを泊まらせた。帰りたいと喚くのを、面倒事を持ち込んだ事実と、赤子から離れると敵と遭遇しづらいという推測を道具に説得。 53
2013-12-07 23:50:24しかし、結果は散々、彼は一睡もできず朝を迎えた……午前四時の寝入りばなに響き渡る赤子の喧しい泣き声。不満を爆発させるイグナイトの罵声。またも空腹を訴えてのことかと作ったミルクは無駄になった。紙オムツを換え、排泄物に汚れた尻を拭った時のなんともいえないニオイが鼻に残る。 54
2013-12-07 23:52:22朝を迎えれば、ネオサイタマ常駐戦力との情報交換、作戦会議などの通常任務が待っていた。彼はその特異なジツのために、組織内で一定の地位を与えられている。その地位に相応の業務もある。しかし、それは彼を監視するためでもある。彼と、彼の兄のジツはムーホンの武器ともなるからだ。 55
2013-12-07 23:54:32それはなにか……読者にお教えしよう。アンバサダー、そして彼の双子の兄・ディプロマットは、超常の双方向転移空間ゲートを発生せしめるジツを持っているのだ。キョートに身を置く兄と、密かにネオサイタマに潜伏していた彼が同時にゲートを開き、時空を超越し兵隊を送るポータルとなる。 56
2013-12-07 23:56:15このジツなくして、先の電撃侵攻作戦はありえなかった。だからこそ、彼らの存在は危険視される。彼らが敵対勢力……かつてはソウカイ・シンジケート、そして今は新興のアマクダリ・セクトに察知されれば、逆の電撃侵攻が起こりうる。さらに……ザイバツ・シャドーギルドも一枚岩ではないのだ。 57
2013-12-07 23:58:15首魁ロード・オブ・ザイバツの絶対支配の下、厳格な位階制とタテワリ規律で、キョート城のごとく鉄壁強固な組織と見えるザイバツ・シャドーギルドは、その内情は虚々実々の権謀術数渦巻く万魔殿でもある。特にグランドマスターと呼ばれる支配階級の暗闘は名状しがたい禍々しさ。 58
2013-12-08 00:00:17イグゾーションへの報告を秘匿回線としたのもそのためだ。兄弟には、複数の組織内派閥からの非公式な監視が付いている。そして、その目をくらます工作は彼の手には余る。イグゾーションは政治力の高いニンジャであるから、その部下であるアンバサダーが足をすくわれることも避けねばならない。 59
2013-12-08 00:02:48そのイグゾーションの工作が動き出したことは、先の兄・ディプロマットとのテレパス通信で報された。『俺にできることがあれば知らせてくれ』兄の気持ちがありがたい。骨肉相食むコブラ穴めいたザイバツ社会で、アンバサダーが唯一心を許せるのは、この兄だけだ。 60
2013-12-08 00:04:10彼らのジツは、ポータル・ジツだけではない。いかなる運命の三女神のいたずらか、兄弟は物質のみならず、その精神を時空を超越し送り合うことができる。これは師イグゾーションすら知らぬ秘密……万魔殿ザイバツの恐怖を知る彼らがなぜそんな隠匿行為に及んでいるか、これは今語るべきではない。 61
2013-12-08 00:06:08ともかく……夜。満足とは言えない睡眠をとったのち、残りの仕事を片付け、再びの兄とのテレパス連絡に及んだアンバサダーは、こうしてつかの間の静寂に身を置く。……彼は立ち上がった。キッチンでチャを淹れる。ドージョーに戻り、作法に則り奥ゆかしく一服。その常ならぬ濃さに顔をしかめた。 62
2013-12-08 00:08:21と……その時!「ホギャー!」「シット!シット!ブッダシット!」鳴き声と罵声!「オイ、アンバサダー=サン!どうにかしろ!」玄関から響く声に、アンバサダーの目が見開かれる。立ち上がる彼は、その足が江戸時代のアンティーク高級チャ・カップを蹴飛ばしたことに気づきもせぬ。 63
2013-12-08 00:11:05慌てて廊下に出たアンバサダーは見た!ズダボロ耐酸性コート姿のイグナイトを!そして彼女の腕に抱かれ、垂れた赤い前髪を握りしめて泣く赤子を!「それは……」「とにかく!どうにか!しろ!」イグナイトが吠える!「ホギャー!」赤子が再び絶叫! 64
2013-12-08 00:12:13