131204 アートと「発見と紹介」に関する考察(更新)
@kei_koizumi 自分の頭の中にあるものを何らかの表現で外部化した時点で、紹介は果たしてるのでは。誰に見せようとしたかは紹介の要件でなくともよいと思う。あとそれとは別として、自分の頭の中のものが具象化された形を自分の目で見てみたい! ということであれば、観客は自分自身とも
2013-12-23 17:03:46@kei_koizumi 丸9年1人洞窟に籠り悟りを拓いた達磨を変態だと思ってるけど、その悟り(結果物)はアートだろうか? その行為はアートだろうか? アートだったとして、彼が悟りを拓いたのち人知れず死んでもアートだろうか?
2013-12-23 17:59:15@kei_koizumi キリスト教や仏教みたいな世界史を変えた思想的発見も、本人が自己満足して終わって、紹介されなければアートにならないのか。というかそもそも哲学のような思想的発見までアートに含めるべきかどうか。形として紹介してないという理由でアートじゃないとするのは簡単だけど
2013-12-24 12:54:00@naruyo_t 仮に作品が自分以外誰にも発表せず、する気もなく、死後も発見されず消失したとしたら、作家の本人にとってだけ「アート」であった可能性はあるよね?だけどそういう人って今自分が取り組んでいるソレがアートだ、とさえ思ってないわけだから、これはもうアートじゃないと思うの。
2013-12-24 18:46:19@naruyo_t 認識論的な観点ていうのかもしれないけど、観測者がいなければそもそも「これはアートか」という問いすらないわけだから。
2013-12-24 18:47:46@naruyo_t ヘンリー・ダーガーというアーティストがいて、詳細はググってほしいんだけど、半世紀に渡って誰にも知られず一人で絵本を書き続けていて、死んだら持ち物も全部処分するように言っていたらしい。しかし死後に作品が発見されてこれはすごいってことで有名になった。
2013-12-24 18:51:55@naruyo_t この場合、「紹介」の要素を、死後作品を発見したり、アートとして紹介した人が保管したのであって、ダーガー本人にとっては多分「アート」じゃなかった。わからんけど。
2013-12-24 18:55:27@naruyo_t よって、ブツを作った当の本人にとって「紹介」の意思ゼロということはあり得ると思う。僕が思う「紹介」っていうのはやっぱり他者に向いてるやつ限定だわ。自分のためだけに作ってる状態は明らかに「発見」の過程だ、感覚的に。
2013-12-24 19:13:015.「アートとは発見と紹介である」を図解にしてみた
@kei_koizumi 整理した。図はまだ不正確かもだけど、「発見」があった後のどの行為を「紹介」と捉えるべきか。 http://t.co/8ccZxJwodm b22のみが紹介。あとa22で、オリジナルの発見者でなく他者が再発見者として紹介。これらを仮に「公開説」とします。
2013-12-25 08:50:33@kei_koizumi 他にも「何らかの形(思想のように目に見えなくてもいいけどとにかくカタチ)に残したか」を第一分岐にしても、なんでもいいと思うんだけど、今回は話の文脈から自覚の有無を最初の分岐にしてみた
2013-12-25 10:27:516.アートであることに「他者への紹介」は必須かどうか、再考
@kei_koizumi しかしそれでも、例えばサクラダファミリアみたいなものを1人で作っても、「それを誰にも見せようとしなかった(そして誰にも再発見されなかった)」ことでアートではなくなる、とういのには、個人的には違和感残る。
2013-12-25 10:31:00@kei_koizumi 「紹介」であることに他者の存在を不可欠とするなら、アートとはコミュニケーションである、と言えることになる。そうだろうか? だとしても、少なくとも自分との対話はやっぱり含んでもいい気もする。
2013-12-25 10:32:38@naruyo_t それは僕らが勝手に出来上がった物を見て素晴らしいって思ってるだけで、作者にとっては排泄行為同様かもしれない。僕ら(他者)が見なかったら、それはまぎれもなくうんこだよ。
2013-12-25 11:43:18@kei_koizumi ちなみにa22の他者への紹介について、例えば誰か他人に紹介しようとして創ったけど、結果的にその人に(及び誰にも)見てもらえなかった場合も、「他者への紹介」に入るでOK? 結果として誰に紹介できたか、でなく、誰かに紹介することを意識したかどうか。
2013-12-25 10:35:52@naruyo_t それ微妙だけど「紹介」は成立してる感じがする。作者一人だけだけど「発見」と「紹介」の両方を認識している人間が存在しているということはアートと言えるんじゃないか。
2013-12-25 11:52:07