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脅迫者が着いたときには開場前にもかかわらず既に二十人以上の熱心なファンらが並んでいた。 彼らはいずれも何人かの仲間と連れ立ってきているらしく、 グループ内で「偽登山漫画」関係の話題を口々にあげては盛り上がっていた。 脅迫112
2013-12-23 16:21:49どうやら脅迫者により数多くのイベントが中止に追い込まれたことで、そうとう鬱憤がたまっていたらしい。 それだけに今回の即売会開催は、彼らを正に水を得た魚に変えていた。 脅迫113
2013-12-23 16:22:37実際彼らの口からは脅迫者にまつわる発言もたびたび聞かれた。 「あいつは救いようのない屑だから死ねばいい」「今日もしこの開場でテロがあったらどうしよう」 そうしたファンらの言葉を、参加者の列にまぎれながら脅迫者は一人聞いていた。その顔に表情はなかった。 脅迫114
2013-12-23 16:25:17ただただ邪教に染まった救いがたき信徒を見る思いで彼はいた。 彼らに対する怒りや呆れの念はとうの昔に通り過ぎていた。 彼らに言葉は通じない。 彼らが真理を認識できることは、恐らく永遠にありはしないのだ。 脅迫115
2013-12-23 16:26:23それは彼らがもはや別の種族の愚かな何かであるからで、 そして別の種族の何かである以上は理性や情けを持って向き合う必要はなかった。 脅迫116
2013-12-23 16:28:24彼らが障害になるのであれば、有無を言わさぬ力で処理するよりほかない。 彼は今までそれを脅迫という手段で成し遂げてきたのだが、 それでなお意思を翻さない意固地な愚物には物理的な力をもって対応するのみだ。 脅迫117
2013-12-23 16:33:08脅迫者は決意していた。 主催者側も脅迫を受けたことは認識できているはずだから、 水面下で警戒を厳しくしていることは間違いない。 だからそのような場所に直接乗り込むのは、飛んで火にいる夏の虫以外の何者でもなかった。 脅迫118
2013-12-23 16:33:57慎重にことを進めなくては命取りになりかねない。 これまでにないプレッシャーに震える一方、しかしながら脅迫者にはどこまでいっても 自分は捕まらないのだという根拠のない確信のようなものがあった。 脅迫119
2013-12-23 16:35:12数十件の犯行予告を繰り返してもいまだに後ろに手が回る気配が訪れぬ、 行為と現実とのアンバランスさが脅迫者の危機感覚を狂わせていたし、 またこの時の脅迫者はイベント主催者側の弱みを握れた気でもいた。 脅迫120
2013-12-23 16:38:51脅迫状が送り届けられたからといって、イベントを中止にしなくてはならない 法律があるわけではない。 しかしながら自分の脅迫がこれだけ世を騒がせ、数多くの関連機関がそれに屈する中で、 今回の主催者は脅迫を受けた事実を公表しようとすらしないのだ。 脅迫121
2013-12-23 16:40:48もしかするとこのイベントの主催者は届いた脅迫状を仲間内で握りつぶし、 警察への通報もろくに行っていないのかもしれない。 脅迫122
2013-12-23 16:43:48そうする理由は安易に想像がつく。 もし脅迫を受けた事実を明るみに出せば、参加者の恐怖をあおり、会場となるビルの管理者から スペースの使用を渋られ、警察からも少なからぬ圧力を受けることとなり、 イベントの開催が難しくなる。 脅迫123
2013-12-23 16:44:22もちろん名の通った企業か何かであるならば、何よりも人命を優先する方針をとったであろうが、 今回の主催者はあくまで度の過ぎたファンからなる『有志』なのである。 脅迫124
2013-12-23 16:45:26脅迫者は彼らに自分と同じ匂いを感じていた。 自分が「本物」の登山漫画に人生をささげたように、彼らも「偽登山漫画」に入れ込むがあまり、 イベント開催のためには 最悪、罪なき人間が犠牲になってもかまわないというようなスタンスでいるのかもしれない。 脅迫125
2013-12-23 16:46:12警察が網を張っていないと仮定した場合、いかに民間の警備会社等を雇おうが態勢はかなり甘くなるはずだから、 任務完遂の芽は十分にあった。 脅迫126
2013-12-23 16:48:40大丈夫、自分なら今までどおり無事切り抜けられる。脅迫者はそう考えていた。 そうして主催側の狂信徒に自分の存在を軽んじるとどうなるかということを思い知らせなくてはならない。 脅迫127
2013-12-23 16:49:28仲間であるはずのファンの身がどうなっても構わないというのならば希望通りその事態を発生させてやらなくてはならない。 自分は異教の別種に一切容赦しない。 脅迫128
2013-12-23 16:50:00彼らは裁かれるべき罪人であり、そのうちの一部は傷つき倒れ、故意に警戒を怠った主催者側は自分以上に 世間からの糾弾を受け、彼らのような異常なファンと、自分のような異常なアンチに包囲された「偽登山漫画」の イメージは今度こそ地の底に落ちるであろう。 脅迫129
2013-12-23 16:50:47やがて開演の時間となり、すでに百人近い数に膨れ上がっていた参加者の群れは息せき切って会場へなだれ込んだ。 内部ではやはり数十からなるブースが、よりどりみどりの同人グッズを並べて待ち構えていた。 脅迫131
2013-12-23 16:51:57主に一般人が作成したものにかかわらず、その品質は高く、種類も豊富で、そこはさながら小規模な万国博覧会と化していた。 それは邪教の信徒が「偽登山漫画」に寄せる愛の表れであった。 脅迫132
2013-12-23 16:52:33購買客を装い、その各所を巡りつつ、脅迫者は苦々しい思いで物品の数々を眺めた。 本来であれば彼の愛した「本物」の登山漫画こそが、この境遇に祝われるべき存在であったのだ。 脅迫133
2013-12-23 16:53:13彼は嫉妬した。 二つの漫画の扱いの落差をわがことのように嫉妬した。 こんな理不尽に関与した人間は片っ端から粛清しなくてはならないと思った。 脅迫134
2013-12-23 16:53:43しかし爆弾の設置場所を求めてさまよううちに、脅迫者は不意に、本当の意味で彼自身が嫉妬しているのではないかというアイデアに襲われた。 脅迫135
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