「リアリズムと防衛を学ぶ」の暁先生(@zyesuta)による国際秩序覚書

まとめました。
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@akatuki_a
アヘン戦争は、イギリスにとってこそ国家の戦争であったが、清朝にとっては、回民起義や白蓮教徒の乱などと同様、地方的な事件であり、「鴉片焼却事件」とのみ呼んでいる。そして夷狄に対する懐柔の必要があるとして、孤島である香港島を与えて手なづけるという論法がとられている。
@akatuki_a
条約締結をもって西洋側が自らの主張が実現されたと考えることと同じ程度に、清朝は自らの論理で事態を処理したのであり、天朝の定制には何ら衝撃は与えられていない。
@akatuki_a
ヨーロッパは、たしかに自らの原理と主張は繰り返したのであったが、それがかりに条約という表現をとっても、相手側においてはまったく異なる文脈において位置づけられていたことになる。清朝はイギリスを交渉相手として規定せず、自らの旧来型認識枠組みの内部でのみ事態を解釈した。
@akatuki_a
イスラム国際体系は、理念上は、基本的に宗教共同体と宗教共同体との関係が基本となっており、「国家」を基本単位とする国際法は存在しない。そこでは、価値的に優劣の差異のある宗教共同体間の関係が問題となるにすぎない。
@akatuki_a
このかぎりでは、イスラム国際体系においても、「イスラムの家」と、「戦争の家」のさまざまの異教徒の共同体との関係を規律する規範が存在していた。この規範は、あくまで価値的に優位にある宗教共同体の側の一方的な行為規範であり、原則の共有を前提とする双務的な国際法ではない。
@akatuki_a
豊臣秀吉のとき、日本は中華との冊封関係を再度断絶した。幕府は、明国と国交をもとうとしたが、結局私貿易の関係に限定したのは、正式の国交であれば、当然生じる冊封の問題を回避するためであった。
@akatuki_a
しかし、国際体系のイデオロギーは、中国の華夷秩序に求めねばならなかった。それは封建体制の名分論に合致するものでもあった。そこで必要なことは、中国ではなく、日本自らが秩序の中心になることであった。
@akatuki_a
「知仁勇の三は聖人の三徳なり。この三徳一つも欠けては聖人の道にあらず。いまこの三徳をもって本朝と異朝とを、一々そのしるしを立て校量せしむるに、本朝はるかにまされり。誠にまさしく中国というべきところ分明なり」山鹿素行「配所残筆」
@akatuki_a
さらには日本は「大地の最初に成れる国にして世界万国の根本」(佐藤信淵)、「太陽の出づる所、元気の始まる所」(相沢安)と出世していきます。
@akatuki_a
これへの反対意見として洋学者の佐久間象山がいる。彼はアヘン戦争の敗戦の原因を「ただひたすら己の国のみよき事に心得、外国といへばひたもの軽視し候て、夷狄蛮貊と賎しめ」てきた華夷思想に求めた。
@akatuki_a
また象山は日本型華夷秩序についても「もし朝鮮・琉球をさして夷狄と御称呼御座候はば、彼の小国だにも必ず甘んじて受け申すまじく」と述べ、その再検討を迫っていた。
@akatuki_a
しかし明治以降でも「人間美の極致を窮めたのが、この国体ぢや」「こんな狭い小さな国から始まって、世界を教導し、智仁勇の下に統一するかと思へば、非常に愉快ぢゃ」(頭山満)、およびアジアで唯一近代文明化を為しえた自負もあいまって、東亜を文明化するという情熱の背景を構成していく。
@akatuki_a
他方で、対等の主権国家によって国際社会が構成される、という国際秩序観を極めて早く、極めて正確に理解し、かつ説明していた日本人としてあげられるのが福沢諭吉。
@akatuki_a
福沢は「そもそも外国の交際は相互に権利を主張するものにして、情を以て相接するに非ず。何となれば、国と国との関係は同等相対する者なればなり」と簡潔に説明している。現代でもこれがわからず「情をもって交接」しようとして勝手に失望し、あるいは憤激する人の少なくない。
@akatuki_a
さらに福沢は国家の行動原理について「或は稀に、其同類の中の小国にして、禍を蒙らんとする者あれば、又随て之を助くる者あり。此権衡を名けて権力の平均(バランス・ヲフ・パワ)と称す」とBOPについても解説している。
@akatuki_a
さらには「畢竟、同種の人類相憐むの情あればこそ、此権力の平均説も実際に行わるゝことなれ。西洋を去て東洋諸国に於ては、西洋人が如何なる暴を逞ふするも、之を傍観して、曾て嘴を容るゝ者なきに非ずや」とダブルスタンダードの指摘までしており、福沢が不動の一万円なのは至当の評価という他ない。
@akatuki_a
西洋流を心得た福沢はまだ清国が強力にみえていた時に脱亜論を発表する。日本も西欧国家の行動原理をとることを唱え「支那朝鮮に接するの法も、隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に従て処分す可きのみ」とした。
@akatuki_a
また福沢は台湾経営についても「一切の権力を日本人の手に握り……断然日本化せしむる方針」を主張して、まさに西洋人が亜細亜に接するの風に従って処分、というスタイルを説いた。
@akatuki_a
この国際社会がどういうところであり、どういう原理に従って動いていると考えているかという世界観と、その国が国際関係上の現象をどのように認識し、解釈し、評価し判断するかということはこのように連動している。どちらも一つの認識構造から解釈を構成しているから当たり前なのだけど。
@akatuki_a
あまりにも認識構造に差がありすぎるアクター間では、同一の問題を取り扱っているつもりでも解釈に極端な差が生まれ、たがいにたがいの行動を読み間違え、意図を測り間違え、得体の知れない相手だという相互認識が生成されやすい。
@akatuki_a
認識構造はそのアクターの身体、つまりは地政学的条件および内部構造や政治文化、加えて奉じているイデオロギーや宗教といった価値観によって構成されていると考えられるがもっと調べてみたい。

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