ミストルティン編外伝:『ロストアロー』
- hosidukuyo
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単純な削除では無く編集もある上、経年劣化感・使用感を出す偽装もせねばならず作業は難航した。母が彼を孕んでからの30冊弱を何とか終わらせる頃には、体感で丸二日ほど経っていた。そして日記の偽装には更に時間がかかり、合わせて一週間と半日経った。完全に後始末を終えてから両親の部屋に戻る。
2014-01-01 02:07:47アルバムや日記を元に戻し、現金化した自分名義の預金を箪笥の横…両親のへそくり入れに隠す。金庫を盗まれた時用の予備らしい。 これで持ち出せ無い物の処理は終わった。作業中に一応確認した、自分が生まれる前の日記のせいで想定外に時間がかかった。
2014-01-01 02:12:05将来自分の子に付ける名前の候補として、■■…つまり少年の名が既に書かれていたのだ。似たような記述が無いか慌てて探すことになった。 大変ではあったが、それ程前から将来の子供のことを考えてくれていた両親に改めて感謝する。
2014-01-01 02:19:54「父さん。母さん。ゴメンね。大人になるまでも一緒に居られなくて。何もしてあげられなくて、ゴメン」 自分を育ててくれた十数年間…二人はどれ程の時と金と…愛を注いでくれたことだろう?それを無駄にさせてしまう自分は何と親不孝なのだろうか?
2014-01-01 02:25:05不慮の事故で死んだ子供達のことを、彼は親不孝とは考えない。だが自分で選んだこの別れは、自殺以上の親不孝だろう。思い出すら残さないのだから。 或いは子育ての経験値がゼロになってしまうところだったかも知れない。だが彼を育てた経験は妹の時に既に生かされ、そこで二人の中に留まっている。
2014-01-01 02:31:23■■が忘れ去られても、彼を育てた記憶が消えても、経験値は生きる。そして「男の子を育てた経験」は…弟の為に役立ってくれるだろう。 妹と弟がいれば、■■と彼を育てた両親の十数年は決して無駄にはならない。 「今まで、ありがとう。二人をよろしくね…」
2014-01-01 02:37:05両親に別れの言葉を残し、ベビーベッドへ向き直る。去年生まれたばかりの弟。思えば彼が生まれた時にはもう全て決まっていた。全て。 「●●……多分、君が一番辛いことになるのかも知れない…。ダメなお兄ちゃんでゴメンな…」 震える両手を弟に伸ばす。
2014-01-01 02:45:05不思議と涙は出ない。思い出を消す過程で何度も何度も流し尽くしたからだろうか?意識して呼吸を行い、両手を握り合わせて、解く。 震えの停まった手で弟の肩にそっと…そっと触れる。 時の停まった世界で、幼子の胸が上下する。 彼の時を少しの間動かしたのだ。
2014-01-01 02:55:05「●●…良いかい?今の君には分からないだろうけど聞いてくれ……僕はこれからいなくなる。お姉ちゃんとパパとママを…僕の代わりに守ってくれ。そしていつか君は、僕が■■た『■』を…■■■■■■■を■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
2014-01-01 02:59:05■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
2014-01-01 03:00:06この■■は■■されています。この■■は■■されています。この■■は■■されています。この■■は■■されています。■■されています。■■されています。■■されています。■■されています。■■されています。■■されています。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
2014-01-01 03:15:05…両親の寝室を出ると、少年は台所に向かった。金属の器にコンロの上の鍋を開け、汁を注ぐ。個包の餅を二つ取り出し、器とは別にして全て匣に入れる。…これでこの家でやるべきこと、やっておきたいこと、したいことはもう何もない。旅立ちの時だ。 何も無い?
2014-01-01 03:20:05…………………………………………………………………………………………………………何もない?……………………………………………………………………………………………………………………………………………………
2014-01-01 03:22:05ゆっくりと玄関のドアを閉める。 「行ってきま……」 何時もの習慣で言いかけて、 「…さようなら」 言い直した。
2014-01-01 03:25:05…道を歩く。真夜中ではあるが、元日だけあって人通りは多い。家族連れも少なくない。彼等を見ない様にしながら歩く。 時が停まっているとはいえ、移動の過程で空気には触れる。コートの中の体温は冷めることなく保たれている筈だが、芯まで冷えて感じるのは僅かばかりの寒風との接触のせいだろうか。
2014-01-01 03:28:05■■で■り■をしてから、人の集まる方へと歩いていく。無論人混みが目当てでは無い。見晴らしの良い神社へ向かいたいだけだ。 歩いて15分の距離。焦る必要も無い。だが少年は神社の外れの人気の無い方へと急ぎたかった。 地面を蹴る。
2014-01-01 03:31:05その跳躍力は常人とそう変わらない。少なくとも大人の世界記録を超えるほどではない。しかし少年は自由落下することなく跳んでいく。時が停まっているせいでは無い。初速を落とさず、かと言って加速もせず、そのまま変わらず速度で宙を移動し、神社の外れへと向かう。
2014-01-01 03:33:05目当ての場所に付くと、難なく着地をする。放物線を描き、キロ単位の距離を移動してきたが、着地の衝撃は小さい。それこそ自由落下したのと同程度。位置エネルギーは最高到達時から、増えも減りもせずそのままだった。 ■■は石床に座る。
2014-01-01 03:35:05金属の器に入れた汁を点火スティックで温める。手の上に餅を乗せ、炙る。彼の手の温度は一定を保ち、火や餅の熱さは伝わらない。火は弱く餅が焼けるまでの数分で汁が冷めそうなものだが、汁の温度も変わらない。焼き上がった餅を汁に入れ、雑煮の完成である。箸を出して 食べる。味を噛み締める。
2014-01-01 03:37:05具は全種類入れて来た筈だが、入れるタイミングを誤ったか微妙に母の味と違う気がした。 (そういえば母さん、鶏肉を炙ってたっけ?) この世で最後に食べる母の味だというのに、やってしまった。 気が付くと少年は笑っていた。そして泣いていた。
2014-01-01 03:40:05枯れた筈の涙を再び流し終えると、少年は立ち上がった。顔つきは既に戦う者のそれである。場所を移動し、人気の更に少ない所に移る。 森の中の開けた土地。足元は乾燥し緑の少ない赤茶の大地。数十メートルの範囲に広がる。 その中心部に箱から出した筒を設置した。 …打上花火だ。
2014-01-01 03:45:06この停まった世界の中を動いているのは少年だけでは無い。今この世界の未来に食いついている■■■■■とは別の個体、その眷属とでもいうべき存在が、一つ入り込んでいる。放置すれば『枝』の影響を何らかの形で阻害されるだろう。旅立ちの前にそれを駆逐せねばならない。それを誘き出すための花火だ。
2014-01-01 03:48:05奴はこの地球のどこかには来ている。 地表の全てから、それが目指すただ一つの目標の『枝』を見つけるのに、どれ程の時間がかかるかは分からない。 数分後かも知れないし、数億年後かも知れない。『いつかは見つかる』のなら、時の停まった世界ではどちらも同義だ。
2014-01-01 03:50:05だから倒すしかない。 今戦えるのは自分だけなのだから。 一発目を打ち上げる。 上空数十メートルで咲く筈の花は、想定されるべき場所では咲かず、大気圏を脱出してようやく咲いた。 打ち上げ時・炸裂時、どちらの初速も減じずに大きく咲いた。 二発、三発と打上げる。
2014-01-01 03:53:05