祖母、たーちゃんが亡くなった今、

祖母である(愛称:たーちゃん)が亡くなった今、思うところを人生の記録として連続ツイートより配信しました。査読された方は、宜しければ、感想を頂ければ幸いです。
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かずひろ @kazuhiroobata16

新年、第一回目の連続ツイートを配信します。今回は、1月2日に他界した祖母についてです。

2014-01-05 10:35:54
かずひろ @kazuhiroobata16

(1)1月2日の早朝に、僕の祖母(愛称:たーちゃん)が他界した。今回ほど、人の死に関して考えたことはないと思う。物心がついた時から、ずっと温かく見守ってくれた、たーちゃん、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。人の死って、誰しもが避けることの出来ない絶対的なことである。

2014-01-05 10:58:21
かずひろ @kazuhiroobata16

(2)これ対してどのような心構えで迎えるか、対峙していくかが、その人の人生となる。これも当然、答えのない人生最大の難問。人は意識というものがあるから死を恐れ、救いを求めようとする。天国に行ける、行けないで一喜一憂してしまうのも、その恐怖から逃れるため造り出される幻想の世界である。

2014-01-05 11:01:51
かずひろ @kazuhiroobata16

(3)幼い頃から、死後の無についての恐怖が僕にはあったように思う。死んでしまえば、死後の世界や輪廻転生などなく、限りなく続く無が待っている、あるいは何一つ待っていない。そんな事をなんとはなしにずっと考えてきた。大人となった現在では、その恐怖から逃れるため、なるべくそのようなこと

2014-01-05 11:37:14
かずひろ @kazuhiroobata16

(4)は考えないようにしていたと思う。そして、この度のたーちゃんが亡くなったという切実な事実が、人の死というものを僕に再び考えさせてくれたように思う。本当のところは、祖父が亡くなった時よりも、悲しく、寂しい。それはたーちゃんに母親に同じ匂いの母性を感じていたからなのかもしれない。

2014-01-05 11:07:02
かずひろ @kazuhiroobata16

(5)僕が、就職で上京して以降、お盆や年末年始のような休暇でしか基本的にたーちゃんに触れることは出来ない。近年は、たーちゃんにあと何回、あと何時間、触れることが出来るのだろうか、とずっと思っていた。誰しもが絶対に避けることの出来ない死、その日が時々刻々と近づいてきている事実を見て

2014-01-05 11:09:26
かずひろ @kazuhiroobata16

(6)見ぬふりをしていたように思う。そして、たーちゃんは、僕の休暇をまるで待っているかのように亡くなった。これを確率論的に割り出すと、かなり低い確率である。体調が急変し、亡くなり、通夜、葬儀の一連の流れは、今回の僕の休暇とほぼ一致している。このような偶然を数学的に確率論的に偶然と

2014-01-05 11:11:48
かずひろ @kazuhiroobata16

(7)片付けることが、どうやら今回ばかりは心情的に出来ない。というよりも、そのように思いたくないというのが正直な気持ちである。幼い頃から、僕はたーちゃんに特別可愛がってもらってきた。どうしてもそこに偶然以上の特別な何かがあってほしい、そう思ってしまうのだろう。僕の心の引き出しの中

2014-01-05 11:14:03
かずひろ @kazuhiroobata16

(8)でも、そのように捉えていた方が、自分自身が嬉しいのだと思う。物心ついた時から、大人になるまでずっと当たり前のように存在していた、たーちゃん、今まで大きな心で優しさを、愛情を与えてくれて本当にありがとう。これからもたーちゃんの思いを、教わったことを胸に人生に精進していこうと

2014-01-05 11:17:00
かずひろ @kazuhiroobata16

(9)思う。本当に、ありがとう、たーちゃん。

2014-01-05 11:17:58
かずひろ @kazuhiroobata16

以上、『祖母、たーちゃんが亡くなった今、』を連続ツイートより配信しました。

2014-01-05 11:47:03