クロニアクロス

またもやお兄さんの小説ですよwktk
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U @ebleco

結論から言えば、シロネはよく働いた。雑巾を以て事務所中を動き回り、服が汚れれば自分で服の洗濯までした。煙草の香りと埃の漂う我が事務所、『シルバー・バレット』は、ものの一週間で小奇麗なアンティーク調の二階建ての戸建へと変貌してしまった。不本意ながらも契約は成立だ。 #クロニアクロス

2015-07-06 15:14:50
U @ebleco

「どう? きれいになったでしょ?」シロネは俺が帰って来るなり白いシャツ一枚の姿で得意げに胸を張った。一張羅のエプロンドレスが乾くのを待っている間に俺のシャツを勝手に拝借したらしい。鱗の浮き出た足が見え隠れする所と、ほっぺたに黒い汚れが付いている所は、減点対象だ。 #クロニアクロス

2015-07-06 15:18:00
U @ebleco

「……見えてる」「……へ? ふぁっ!? 見ないでよえっち!!」「その格好で一階に降りて来るな」「ちゃんとアージェかゼレン以外だったら隠れてるもん!」「ゼレンが来た時でもその格好で降りて来るのはやめろ。俺が死ぬ」「意味解んない! アージェのえっち!!」「見えてる」 #クロニアクロス

2015-07-06 15:21:32
U @ebleco

かくして、我が家の居候は労働によって一晩の護衛という報酬を勝ち取ったわけだ。要するに、シロネは自分が何者なのかを知りたがっていた。身を隠すように毛布を渡して、俺達は夜のスラム街へと繰り出した。その顛末が今、というわけだ。3メートルくらいは落ちた。背中がクソ痛い。 #クロニアクロス

2015-07-06 15:24:28
U @ebleco

「……アージェ? 大丈夫?」「クソ痛ぇ」「ごめん」「お前の所為じゃない」「だって」「折れてないし、何か刺さってもいない。大丈夫だ」「でも」「落ち着け。まず俺から降りろ」「……あっ、ごめん」寧ろ、俺一枚しかクッションが無かった子供が無事かどうかの方が、心配だった。 #クロニアクロス

2015-07-06 15:27:51
U @ebleco

「怪我は無いか?」「……うん、大丈夫」「そりゃ何よりだ。依頼人が怪我したら、信用に関わる」おずおずと俺の胸板から退いたシロネは、俺の視線の先を追うように空を見上げた。俺達が落ちてきた穴。獣めいた唸り声は聞こえない。『奴ら』も馬鹿じゃない。何処かに隠れたんだろう。 #クロニアクロス

2015-07-06 15:31:22
U @ebleco

「これから、どうするの?」「何処か登れる所を探して帰るさ」「……ごめん、アージェ、私……」「お前は悪くない」上体を起こす。俯いた銀色の髪に片手を乗せる。取り敢えず煙草が吸えない事だけが当面の問題だと思った。「お前は俺に報酬を支払った。お前を守るのが、俺の仕事だ」 #クロニアクロス

2015-07-06 15:34:47
U @ebleco

それに、仕事を抜きにしても、大人は子供を守るもんだ。それを言ってはシロネの働きを無碍にする事になる。俺は黙って小さな頭から手を離して立ち上がる。「……帰ったら、掃除する」「もう充分綺麗だよ」「でもする」暗い地下。瓦礫で出来た空洞。汚れたスーツの裾を掴む、白い手。 #クロニアクロス

2015-07-06 15:37:44
U @ebleco

まぁ、仕事の時くらい、こいつを一人前のレディとして扱ってやっても、罰は当たらないだろう。「じゃ、帰り道を探すか、お姫様?」「何それ、また格好つけて」「たまには大人扱いしてやるって言ってるんだよ」「私、大人だもん」「大人は人の服の裾を掴まない」「なら、手、繋いで」 #クロニアクロス

2015-07-06 15:41:24
U @ebleco

「……服の裾でいい」「何でよ!」「片手が塞がると銃が撃てない」そうだ。手を繋いでいたら、照準が定められない。トリガーを引いて、撃鉄を叩くノックバックに耐えられない。生憎、俺の相棒は片手を繋いでおけば満足するような品のあるレディでもない。鉛玉を吐き出すじゃじゃ馬だ。#クロニアクロス

2015-07-06 15:45:24
U @ebleco

撃鉄を上げる。弾一発の装填を稼いだ状態で、カートリッジを入れ替える。セーフティーは最初から外してある。手に馴染んだ動作でも、背中の裾を掴まれた状態では、勝手が違うように思えた。「毛布、置いてきちゃった」やれやれ、我が家の小さなレディは、子供の癖に細かい事に拘る。 #クロニアクロス

2015-07-06 15:48:54
U @ebleco

この街は、外の社会から『蓋』をされている。 廃墟と化した高層ビルの隙間に出来た谷底から見える空は、夜になれば星と月だけ。 今や俺達の頭上には、その星と月すら見えないように、瓦礫が二重に蓋をしていた。 † ChroniaXrossclone † #クロニアクロス

2015-12-14 13:15:23
U @ebleco

こうも暗くては、俺の黒揃えのスーツはさぞかし闇によく溶けるだろう。構えた銃の照準すら見えない闇の中を、童話めいた子供を連れた狩人が歩く。俺の服の裾を掴んだ子供の顔は、立ち止まって腰を曲げなければよく見えない。子供の護衛というものは、煙草が吸えない点が特に厄介だ。 #クロニアクロス

2015-12-14 13:19:04
U @ebleco

「ねぇ」声と共に、服の裾を遠慮がちに引く感覚。俺はとっくにセーフティを外している銃口を天井に向け直して立ち止まる。「……もしかして、アージェ、見えてないの?」「瓦礫の洞窟の中で、灯りも無しだ。見えないのが普通だろ」俺はシロネの顔のありそうな位置に、視線を向けた。 #クロニアクロス

2015-12-14 13:24:03
U @ebleco

「私、見えるわ」「まじかよ。お前目ぇいいな」「ずっと暗い所に居たから」その時、こいつがどんな顔をしていたかは、俺には見えない。逆に俺の顔は見られているような気がして、俺は暗闇の向こう側へと顔を背けた。「そりゃあいいニュースだ。この辺りに見覚えはあるか?」「全然」 #クロニアクロス

2015-12-14 13:26:54
U @ebleco

「怪我をしそうな所には行こうとも思わなかったし、穴の中にこんな場所が広がってるなんて思ってもいなかった」「……『不死者』には襲われなかったのか?」「音がしたら、隠れてた。だから直接見たのも今日が二回目」成程。その『一回目』が殺害現場じゃ、ああも怯えはするだろう。 #クロニアクロス

2015-12-14 13:32:35
U @ebleco

見た目こそ人間の子供のような格好(ナリ)をしているが、シロネも『不死者』に違いない。俺はこいつの同族殺しで日銭を稼いでいるし、それでも俺はこいつを『人間』だと思っているのだから、皮肉なものだ。「……怖いか?」俺は、子供に向かって下らない事を訊いたのかも知れない。 #クロニアクロス

2015-12-14 13:38:08
U @ebleco

「……怖くないわ。アージェが居るもの」「……そうか」撫でようとした頭が何処にあるのかよく見えなかったので、俺はそのまま歩き出した。服の裾を引く感覚が、その後にぺたぺたと付いてくる。「一人じゃないって、夜が来ても怖くないのね。私、知らなかった」道は、とにかく暗い。 #クロニアクロス

2015-12-14 13:42:40
U @ebleco

俺は、夜を恐れた事があっただろうか。俺は大人だ。大人は夜を恐れない。仕事着のスーツがある。襤褸だが帰る家がある。手元に50口径の相棒がある。俺は夜を恐れない。だが、シロネは子供だ。最近妙に綺麗になった事務所が家になるまでは、シロネには家すら無かった。それは、怖い。#クロニアクロス

2015-12-14 13:48:15
U @ebleco

「俺は大人だ」考えは、声になっていた。「見た目はそんなでもないわ」「それでも、お前を怖がらせない事くらいは出来る」「別に、怖くないわ。アージェより目だっていいもの」右手の相棒に、左手を添える。銃から片手を離すのは、こいつが事務所で「おかえり」と言ってからでいい。 #クロニアクロス

2015-12-14 13:54:26
U @ebleco

瓦礫を押し分けるような、足音が聞こえた。背中側の服を引く手が固まる。聴覚だけを頼りに銃口を向けると、俺は小さく息を吸った。子供の浅い呼吸の音も、止まる。「隠れてろ」短くそう言うと、俺は一歩を踏み出す。シロネにも周りが見えているのなら、『奴ら』だってそうに違いない。#クロニアクロス

2015-12-14 13:59:10
U @ebleco

服を掴む手は、離れない。小さな震えが、背中側から伝わる。「隠れてろ」俺は同じ事をもう一度言った。「気付いてない」震えた声。「腕の長い方の奴。こっちは見てない」「そうか」俺は、銃から片手を離す。「それだけ判れば、十分だ」上着の片袖から腕を抜くと、その場に脱ぎ捨てる。#クロニアクロス

2015-12-14 14:06:02
U @ebleco

駆け出す。俺の足音が周囲の瓦礫に反響する。置き去りにした上着を掴んだままのシロネが、息を呑んだような気がした。――キィン、と。良く響く音を鳴らしたのは、俺の手の中のオイルライターだ。着火、放り捨てる。地面を転がる種火は、回転しながら『そいつ』の姿を朧げに映し出す。#クロニアクロス

2015-12-14 14:09:15
U @ebleco

『腕の長い方の奴』。確かにそれだ。『そいつ』が、転がっていく火種に頭を向けた。駆けながら、銃を低く構える。より早く動く事、『戦い』とはそれだ。もっと距離を詰めろ。俺の相棒はこんな距離じゃ満足しない。『そいつ』が振り返る。通り過ぎたオイルライターの灯り越し、黒い影。#クロニアクロス

2015-12-14 14:13:05
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