忍殺風　魔法少女まどか☆マギカSS　「ザ・デッド・ハズ・ノー・マウス」 #1

GammaRay @sizuoka074

「ザ・デッド・ハズ・ノー・マウス」 #1 #WCHNTR

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ファンファンファンファン――甲高いサイレンを鳴らしながら、パトカーが大通りを走っていく。柏崎通り二丁目。見滝原郊外の閑静な住宅街にはその日、どこか怯えたサラリーマンや買い物袋を提げた主婦達が作る人垣から発せられる喧噪に支配されていた。 #WCHNTR

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人々が垣根を作っているのは、ある路地の入り口だった。周囲には『見滝原市警』と書かれた何台ものパトカーが並び、暴徒鎮圧用の盾や警棒を持った警官達が角を曲がるごとに立っている。 #WCHNTR

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尋常ではない気配だった。繁華街との落差において、半ば地区全体がスラムと化している風見野ならばいざ知らず、ここは見滝原の高級住宅街だ。ホームセキュリティを保有している家も多く、車で送迎される者もいる。おおよそパトカーなど似つかわしくない場所だった。 #WCHNTR

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ファンファンファンファン――その住宅街の喧噪を断ち切るようにして、パトカーは狭い路地へと入っていく。「お疲れさまです」「おう、お疲れ」途中、警棒を持っていた警官がパトカーを停めると、中の男が警察手帳を窓から出した。煙草の臭い。パトカーは路地の手前で止まった。 #WCHNTR

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「ああ、肩凝ったなあ。なんでこんな天井低いんだか」「ですねえ。まあどうしようもないですし」「やれやれ。俺もチビになりたいぜ」雑談をしながら降りてきたのはコートを羽織った二人の男だ。そのどこか注意深い眼差しと風体を見るだけで、刑事であることはすぐわかる。 #WCHNTR

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「お疲れさまです」「権堂さん。お疲れさまです」またも挨拶。今度は背の低い方の男が頭を下げ、立ち並ぶパトカーの間をくぐるように路地に向かう。鑑識がすでに来ているらしい。現場からはパシャパシャとシャッターを切る音が聞こえてきた。 #WCHNTR

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「なんつーかもう末法だよなあ、こういうのって」「ですねえ。でもまあ仕事ですからねえ」尾野は手に提げていた袋からあんパンと牛乳瓶を取り出し、かじり出した。権堂にも進めたが彼は断り、懐から取り出した煙草を口に咥える。　 #WCHNTR

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尾野と権堂は見滝原市警の刑事だった。尾野は勤続二十年超の叩き上げ、権堂は五年ほどだが、本庁に勤めた経験もあるいわゆるキャリア組だった。見滝原は国内有数の先進都市であり、彼のような人材は重宝される。もっとも、彼自身が現場主義のため、一向に出世はしていなかったが。 #WCHNTR

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「お疲れさまです」「おう」三度目の挨拶をしながら二人は『KEEP OUT』と書かれた黄色と黒のロープをくぐり、ようやく現場へと立ち入った。すでに周囲には濃密な血臭が立ち込めている。殺しの現場はいつもこうだ。尾野はパンをかじりながら鑑識の背に声を掛けた。 #WCHNTR

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「よう、お疲れさん」「やあ、権堂さんお疲れさまです」「ホトケさんはどうなってる？」「見ての通りですよ。おっかない」鑑識がシャッターを切り、フラッシュが周囲を照らした。尾野は首を回して辺りを見渡す。 #WCHNTR

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どこか築地の魚河岸に似ているなと、尾野は場違いな感想を抱いた。辺りには一面、赤黒い血痕が跡を引き、ばらばらに切り刻まれた人間の一部がチョークで囲まれた白丸で印と番号を付けられている。その中央にようやく胴体と、半分に切り取られた頭部があった。 #WCHNTR

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服装はサラリーマン。着ているスーツやネクタイがブランド物なことから見るに、『勝ち組』と言われるやつだろう。生前はさぞ弁が立ったことだろうが、上顎から上の部分を切り落とされたうえ、舌まで持ち去られた以上、彼が言葉を紡ぐ機会は永遠に失われた。　#WCHNTR

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「歯並びがいいですね。給料もらいながら歯医者通いしてたんでしょうか」「俺達もあやかりたいぜ」「ですねえ」二人はゴム手袋をして遺体に触れたが、すぐに手を離した。先月から五件目の手口、すでに調べるまでもなかった。 #WCHNTR

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「よし、ここは鑑識に任せて一度署に」「あっ、ちょっと待ちなよおっさん達」権堂がゴム手袋を鑑識に渡し、車に戻ろうとしたそのとき、一人の少女が現場に立ち入ってきた。ライムグリーンのヨットパーカー。燃えるような赤い長髪。そして狼のように鋭い目付き。 #WCHNTR

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年は若い。権堂の別れた妻についていった娘とさほど変わらない歳だろう。少女は口にロッキー――ごくありふれたチョコプレッツェルを咥え、無造作に『KEEP OUT』のロープをくぐった。 #WCHNTR

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あまりにも唐突な出来事に、権堂は慌てることさえできなかった。彼女が警察関係者でないことは明らかなのだ。「待つんだお嬢ちゃん。ここが誰だかわかってるのか？」「おかしいですよ権堂さん。見張りはなにをしてたんです？」尾野も動揺している。 #WCHNTR

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「ああ、あたしはあんたらの新しい上司だよ。佐倉杏子って言うんだ。よろしくね」「上司？冗談はよしなお嬢ちゃん」「もし上司だって言うなら身分証を持ってますよね？」「ああ、持ってるよ。ほら」二人が尋ねると、少女・杏子は嗤って右手をかざした。 #WCHNTR

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その右手の上にはウズラの卵ほどの大きさを持つ赤い宝石が乗っている。「ほら、これで十分だろ？」八重歯を見せて杏子が笑う。宝石が妖しげな光を放ち、尾野と権堂の網膜に反射した。「あっ、はい。杏子さんは私達の上司です」「どうもお疲れさまです」 #WCHNTR

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果たしてなにが起きたのか。それまで警戒の目で杏子を見ていた二人は突然お辞儀し、彼女の言葉に恭順したのだ。「あんた達もお勤めご苦労さん。……それで、守備はどうなんだい？」「あっ、はい。『シタキリ』です。間違いありません」尾野は生気のない声で答えた。 #WCHNTR

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『シタキリ』はここ最近見滝原を賑わしている、きわめて残虐な通り魔だった。昼下がりの住宅街を徘徊し、無作為に人を襲い、切り殺す。目撃者は無かったが、必ず共通した手口が一つ。被害者は必ず鋭利な刃物で切り刻まれ、上顎を両断された後、舌を切断され、持ち去られる。 #WCHNTR

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日本の犯罪史上、類を見ないほど残忍なその手口から、マスコミは犯人を『シタキリ』と呼び、低迷を続けていた新聞の発行部数を著しく伸ばすことに成功した。そして今日、晴れて五人目の犠牲者がここ柏崎通り二丁目に生み出された。 #WCHNTR

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「なにか手掛かりは見つかったのかい？」杏子が尋ねると二人が同時に頷いた。「白昼堂々、しかもこんな大掛かりなコロシで目撃者がいない理由はわかってない」「ですが妙なことに手掛かりは山ほど残ってます。髪の毛、指紋、衣服の切れ端。なんなんでしょうね、これ一体」 #WCHNTR

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「資料を見せな」「あっ、はい。資料を見せます」木偶人形めいたぎこちない反応をし、尾野が警察端末を取り出した。最先端都市である見滝原の警察官は高度にネットワーク化されたデータ端末『ヘイジ』に接続することでいつでも資料を閲覧可能だ。実際、彼らの検挙率は非常に高い。 #WCHNTR

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杏子は尾野の差し出した端末にソウルジェムを近づけ、電子空間にその魂をダイブさせた。数式が出鱈目に走り回り、電気的な信号をやり取りする虚実の空間。このような通信手段が可能なのは、魔法少女か、あるいはインキュベーターだけだ。 #WCHNTR