火は風に抗う

診断メーカーの「進撃せよ!~まいにち調査兵団~」(http://shindanmaker.com/352448)のプレイログの一部抜き出し。 本編より5年ほど前のお話。 「少女時代の終わりに(http://togetter.com/li/621411)」から「親愛なる叔母さまへ(http://togetter.com/li/621364)」と続いたお話の締めくくりと言ってもいいかもしれない。
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お菊 @sara_yashiki

@mt_tl トロスト区の市場通りは喧騒に包まれていた。もともと人で賑わう場所だったが、ウォール・マリア陥落で住み処を失った者たちが流れ込み、更に騒がしくなった。職を求める男、赤子を抱き佇む女、物乞いする子供…そして、怒声が響いた。「またお前か!」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-22 16:56:07
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 大柄な男にねじ伏せられ、少年は口をへの字に曲げて悪態をついた。「手ぇ離せ、間抜け面!命取られなかっただけ、ありがたく思え!」少年は生きるためなら、盗みも…殺し以外なら…どんなことも躊躇わなかった。少年にとって、生きることは復讐だった。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-22 17:42:34
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 「ほらよ、返せばいいんだろ?」少年は身をよじって、すったばかりの財布を放り投げた。男は仏頂面で顎をしゃくる。「四日前に盗ったのも出せ」「ははっ、あれか!」少年はにやりと笑った。「あの金はパンに化けて、あっと言う間に糞になっちまったよ」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-22 23:25:28
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 「畜生、この糞ガキが!」男が拳を振り上げると、少年は体の力を抜いた。少年は知っていたし、慣れていた。人目につく大通りでは、たとえ薄汚れた糞ガキ相手でも、死ぬまでは殴れない。少年の命を脅かす飢えや寒さに比べれば、大したことはないのだ。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-23 00:03:18
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl だが、拳は振り下ろされなかった。「失礼、ムッシュ」男は突然話し掛けられ、気勢を削がれていた。声の主は、福々しい顔立ちの小柄な女だった。女は古風な眼鏡を人差し指で持ち上げ、のんびりとした口調で言う。「その坊やを貸してくださいませんか?」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-23 23:27:27
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 「なんだ、お前は?」「もちろん、タダでとは申し上げません」女は自然な動きで、男の懐に手を滑り込ませた。男は自分の懐を覗き込むと、わざと不機嫌な顔を作った。「仕方ねぇなぁ」そして、少年の顔に唾を吐き掛け、自分の財布を拾って去って行った。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-23 23:42:50
お菊 @sara_yashiki

@tos 少年は成り行きに面食らいつつ、顔をゴシゴシと拭って女に言った。「礼は言わねぇぞ!あんたが勝手に手ぇ出したんだ」「お礼なんて、端から期待しておりません…そんなことより」女の上着の袖からナイフが滑り落ちた。「相手をよく選んだ方がいいですよ」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-02-03 23:22:27
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 少年はピューッと口笛を吹いた。「すげぇ!奴から盗ったのか?」「不本意ながら」女は癖のない黒髪を耳に掛けて、澄ました顔で言った。「すげぇ!あんた、何者だ?」「私の名前はリタ・ルブラン。主人から言付かり、あなたをお迎えに上がりました」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-24 00:32:28
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 通りを一つ入ると、馬車がひっそりと停められていた。リタと名乗る女に促されて車内に入り、少年は思わず息を飲んだ。まず、少年は赤茶の巻き毛に目を惹かれた。次に紺色のワンピースに包まれた肢体を上から下へ下から上へと舐めるように隈なく眺めた。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-24 09:43:37
お菊 @sara_yashiki

@TOS 少年の視線が女の腰周りをさ迷っていると、赤毛の女は脚を組み替えて「座ったら?」と微笑んだ。少年はそそくさと女の向いに座り、その隣にリタが腰掛けて馬車の扉を閉めた。女は少年を眺め回した。少年は裸にされたような気分になり、女から目を逸らした。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-02-04 00:03:47
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 「あなた、歳は幾つ?」女が尋ねると、少年は口をへの字に曲げて答えた。「16」「嘘おっしゃい、13か14でしょう?」「わかるなら聞くなよ」女はふふと笑った。「イメージよりも肌が日に焼けているけれど、健康的で悪くない。髪は伸ばして…」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-24 11:58:41
お菊 @sara_yashiki

@tos 女が手を伸ばし、少年の短く刈り込まれた髪を摘むと、少年は思わず女の手を払いのけた。「ふふっ、手入れとしつけが必要ね」女は少年の隣に座るリタに目配せした。リタは少年を見つめ、ゆっくりと頷いた。「幼い頃のユーディット様によく似ておいでです」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-02-03 23:26:44
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 「おい、何の話だ?」少年は不安を苛立ちで隠した。「あなたにお願いがあるのよ」女は口元だけで微笑む。「あなたは死んで、別の人間として生まれ変わるの。私の甥のフリをしていてくれれば、あなたの生活は保障する。どう?悪くない話だと思うけれど」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-25 00:49:13
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 「…俺が死ぬ?」「そうよ。名前も過去もすべて捨てて、死ぬまで私の甥として生きるの」「冗談じゃねぇ!」少年は立ち上がろうとしたが、隣のリタに肩を捕まれ、どういう仕掛けか体が動かなかった。「そんなに勢いよく立つと、天井に頭をぶつけますよ」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-25 13:12:03
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl リタは眼鏡越しに少年を睨みつけた。女は軽く首を振った。「リタ、離してあげて」リタは手を離し、女は少年の膝に小さな袋を置いた。「手荒な真似をしてごめんなさい。手間賃よ。持って行きなさい」少年は袋から金貨を取り出して眺めた。「しけてるな」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-25 13:35:16
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 「あら、馬鹿にしないでくれる?私は商人なの。ここでパンが幾らで買えるかぐらい、知っているわ。そうね…贅沢をしなければ、半年ぐらいは食べていける」少年はチャリンと音を立てて、金貨を袋に戻した。女は目を細める。「それが今のあなたの価値よ」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-25 13:44:16
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 少年は袋をズボンのポケットに捩込んで、にやりと笑う。「半年分の飯と一緒なら、上等じゃねぇか!」リタは少年が通れるように、扉を開けて馬車から降りた。女は言う。「あなたは本当にそれでいいの?」少年はポケットを掻き回し、チャリリと鳴らした。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-25 22:07:21
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 馬車は賑やかな市街地を抜け、しばらくしてから止まった。少年は馬車を降り、目の前の建物を見上げていた。「工場か?」女は少年の横に立ち、一緒に見上げた。「そうよ、今は違うけれど」少年は女の横顔を仰ぎ見る。「くだらねぇ話だったら、帰るぞ」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-25 22:47:09
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 「ご自由に」女は赤茶色の髪を掻き上げた。すると、建物から五人の子供と二人の女たちが出てきた。「シシィお母さん!」子供たちが駆け寄り、少年の隣に立つ女の脚にしがみつくと、女は子供たちの頭を優しく撫でた。「みんな、元気にしていたかしら?」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-25 23:03:03
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 建物の中は賑やかだった。はしゃぐ子供たち、走り回る女たち、荷物を運ぶ男たち。少年は子供たちにワイワイと囲まれ、ヨロヨロと廊下を歩く。「なぁ、孤児院か?」女は子供たちと手を繋いで歩く。「これは慈善事業ではない。ビジネスよ」「ビジネス?」 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-26 00:07:59
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 女は扉を開き、少年を部屋に招き入れた。部屋の中は静かだった。大きな作業台が四つ並び、少年と歳の近い子供たちが台に広げた紙と向き合い、その間を気難しい表情の男が歩き回っていた。少年が覗き込むと、紙にはたくさんの直線や曲線が描かれていた。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-26 00:21:37
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 少年は、子供たちの様子をしばらく眺めていたが、正体不明の苛立ちに襲われ、近くにいた少年から鉛筆を取り上げた。「貸せよ、へたくそ!」少年は紙の前に立つと、横に置かれた機械らしきものを観察した。そして、鉛筆を棒のように握り、曲線を描いた。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-26 00:34:28
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl しかし、線は思い通りのカーブを描かない。気難しい顔の男が寄ってきて、少年の手に手を添えた。「違う、そうじゃない。鉛筆はこう持て」「わかってる!」少年は仏頂面で言いつつも、男の言う通りに持ち直した。そして、再び紙の上に鉛筆を滑らせた。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-26 00:48:58
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 少年は頭の中にあるものを紙に向かって吐き出していく。ギザギザとした板はここで、針金はこんな風についていて…機械の形をすべて出し切ると、今度は別のものを描きはじめた。青い空と白い雲、空を飛ぶ鳥、生まれ育った街の風景、石畳の隙間に咲く花。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-26 01:04:55
お菊 @sara_yashiki

@mt_tl 「おい、坊主」呼ばれて、少年の手から鉛筆が滑り落ちた。男は紙を手に取り、ニッと笑った。「実物そっくりに描けている。課題が製図じゃなけりゃ、満点だ」少年は周りを見る。子供たちが集まり、少年が描いた絵を見ていた。少年は部屋から逃げ出した。 #火は風に抗う #日刊調査兵団

2014-01-26 01:17:29