ケンペイ天狗「リフレイン・フロム・リフレイン・オブ・ブロークン・メモリー」
ケンペイは無言のまま事切れた天龍を見た。頬を伝う涙の痕、無念だったことだろう。ケンペイは自身の脇腹の傷を埋めていた赤黒い血管を無造作に引きちぎり、むしり取った。ケンペイがそのまま握り潰すと、それは禍々しい赤黒い雫となり、天龍へと滴り落ちる。 72 #ケンペイ天狗
2014-04-16 00:57:18「おい、何をやってるんだ……?」カツロがケンペイを見上げる。その時彼はケンペイの爆ぜ割れたオメーンから露出した赤い目を見た。深海棲艦の赤い目を。かつての同僚、タマノの目を。「タマノ……?」ケンペイは応えず、赤黒い雫を天龍に振りかけ続ける。 73 #ケンペイ天狗
2014-04-16 00:59:10雫は天龍に染み込み、赤黒い血管と変わり傷口を埋めていく。血管が捩り、絡み合いながら失った下半身を徐々に構成していく。「おい、これは……?」カツロが呟く、ケンペイは答えない。 74 #ケンペイ天狗
2014-04-16 01:01:18あるいはそれは、死した艦娘に対して行うケンペイの深海棲艦としての本能だったのかもしれない。天龍の身体は深海棲艦めいた艤装に覆われ始め、その肌は死体めいて白くなっていく。それは明らかに深海棲艦化だった。「天龍!」だがカツロは一切躊躇うことなく天龍の白い手を握る。75 #ケンペイ天狗
2014-04-16 01:04:05赤黒い雫を流しながら、ケンペイは急激な脱力感に襲われていた。人間としてはとうに死んでいる彼を辛うじてこの世に繋ぎ止める深海棲艦としての力、その精髄が失われ続けているのだ。それでも彼は祈る。艦娘が無念と憎悪で深海棲艦になると言うならば、あるはずだ。その逆が。 76 #ケンペイ天狗
2014-04-16 01:06:36天龍の目が見開かれる。深海棲艦と同じ赤い目が。再構成された右手がカツロの首に伸び、喉元を掴む。それでもカツロは嬉し涙を流し微笑んだ。もし天龍の閉じた目がもう一度開くなら、その指が動くなら、たとえそれが自分を殺す者であろうとカツロにはそれで十分だったのだ。 77 #ケンペイ天狗
2014-04-16 01:09:06天龍の右手に首を締め上げられながらカツロは左手をとると、その薬指に白い指輪をはめる。「これをずっと……渡したかったんだ」天龍の顔が困惑に揺れ、首を締め上げていた右手から徐々に力が抜けていく。赤い目に、本来の山吹色が混じる。「天龍」カツロが天龍を抱きしめる。 78 #ケンペイ天狗
2014-04-16 01:11:00赤黒い雫を全て振りかけ終え、ケンペイは酷い脱力感に膝をついた。「ハァーッ!ハァーッ!」憎悪に狂気が入り混じり、再び記憶が混濁していく。目の前で泣きながら天龍を抱きしめる男の名前がどうしても思い出せない。だがもう去らなくてはならない。立ち上がり、踵を返す。 79 #ケンペイ天狗
2014-04-16 01:14:15歩きながらケンペイは一度だけ振り返る。もう男の名前も、山吹色の目をした艦娘も、自分の名前すらも彼は思い出せなかった。「私の名前はケンペイ天狗だ、そうだろう?多摩」ケンペイは隣で微笑む艦娘の幻に微笑み返すと、痛む脚を引きずりビル群の隙間へと消えていった。 80 #ケンペイ天狗
2014-04-16 01:17:52