Kiss or Knife #5

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劉度 @arther456

「……はい!」シャロンが力強く頷いた。今まで見たことのない笑顔に、提督は少し元気づけられる。「あ……提督」「なんだ?」「外、見てください」窓の外に目を向けると、キスカの霧に朝日が差し込み始めるところだった。うねる霧に陽の光が辺り、えもいえぬ光の渦を描く。41

2014-02-14 21:19:28
劉度 @arther456

「こりゃ凄いな……絶景だ」「でしょう?ふふっ、提督と一緒にこんな素敵な景色を見られて、幸せです」シャロンが肩に手を置いてくる。一瞬、その手を二度と離さないのではないか、そんな妄想が提督の頭の中をよぎったが、彼女はあっさりと提督から離れた。42

2014-02-14 21:22:07
劉度 @arther456

「では、そろそろ見回りに行って参りますね?」シャロンが優雅に立ち上がる。「ああ、気をつけてな」踵を返した彼女は、提督の声に送られて部屋を出る。残された提督は毛布を引き寄せると、また静かにストーブに当たり始める。今日は風が強い。窓枠がカタカタと鳴っていた。43

2014-02-14 21:25:28
劉度 @arther456

霧の海に、おびただしい数の深海棲艦が展開している。キスカ島を包囲する、泊地棲鬼の部隊だ。この島に裏切り者のシャルンホルストが逃げ込んだはずである。昨日の深夜から夜明けまで、深海棲艦たちは執拗に捜索を続けているが、霧と暗礁に阻まれまだ見つかっていない。45

2014-02-14 21:28:55
劉度 @arther456

一隻の軽巡が暗礁を抜けて海岸に近づいてきた。人と同じサイズの彼女らが、2,3mほどの突き出た岩を気にする必要は無いはずだが、船としての本能だけで動く彼女らは、そうすることを好まない。浅瀬から十分な距離を取り、陸地に動くものがないか観察する。46

2014-02-14 21:32:29
劉度 @arther456

ざく、と軽い音がした。軽巡の体が傾く。体を水面に浮かせる足の感覚が、消えた。驚いた軽巡が自分の足を見ると、膝から下がきれいに刈り取られていた。そして軽巡の真後ろには、大鎌を構えて立つ、黒い仮面の深海棲艦。ドレスの裾を翻し、海面に倒れた軽巡に、死神が鎌を突き立てる。47

2014-02-14 21:35:55
劉度 @arther456

ギィンと金属音が響き、刃が顔を覆う装甲に弾かれる。鎌を持った深海棲艦は、無慈悲に軽巡を踏みつけ、更に得物を振り下ろす。一撃、二撃、立て続けに刃が装甲を叩き、そして打ち破った。破れた装甲の隙間から見えるのは、人間のできそこないのような顔だった。48

2014-02-14 21:39:23
劉度 @arther456

そこに、鎌が突き刺さる。赤い液体が顔のパーツから弾け飛び、死神の黒い仮面に飛び散る。それに構わず、彼女は鎌を振り上げ、振り下ろす。ざしゅ、と鎌が肉を抉る。刃が顔に突き刺さるたびに、軽巡の死体が痙攣する。腕が、足が、壊れた人形のように宙を掻き、そして動かなくなった。49

2014-02-14 21:41:45
劉度 @arther456

「はぁ……はぁ……」軽巡を殺した深海棲艦は、鎌を突き立てたまま荒い息をついている。彼女の青い瞳が、もはや原型を留めぬ軽巡の顔を捉えた。「……ッ!」口を抑えて、その場にへたり込む。かつて同胞だった者の眼球が、彼女を非難するように見上げていた。50

2014-02-14 21:45:19
劉度 @arther456

黒い仮面を外した深海棲艦の、いや、シャロンの目から涙が溢れる。仲間たちと戦いたくない。殺したくない。だけど戦わないと提督が殺されてしまう。嫌だ。なら提督を鎮守府に戻す?それもダメだ。今度は私が提督の側にいられない。私が必要だって言ってくれた、たった一人の人なのに。51

2014-02-14 21:48:48
劉度 @arther456

「ふ、ぐ……うえっ……。ひうっ……!」ぽろぽろと、真水が頬を伝って海水に混じり、消える。涙を受け止める者は誰もいない。彼女には、気が済むまで泣き続けることしか出来ない。そして、そうしていられる時間も、もう残り僅かであった。52

2014-02-14 21:52:07