メカ提督と夕張「へいわな日常」

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「そっちの薬をくれ。そう、その青いアンプル」提督の声。がっちりした黒鉄色の腕が、拘束され横たえられた深海棲艦の首を掴む。灰色の髪をした少女は、生体解剖の現場に似つかわしくない、明るい声で返答。「これですかー？　…下手すると死にますよ」　#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「ああ、はい。提督、あのときはかわいげありましたよね。嘘だぁ！　と叫んだり」提督はヒューマニストである。余所の実験舞台で沈んだ艦娘の心配ぐらいする程度に。それがどうして、こうなったのか夕張にはわからぬ。ジト目で睨む「性欲ですか」「善意だ」最悪だった #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「落ち着けよ。善悪は相対的なものだ、とは知識人のよくいう台詞だろ？　まして深海棲艦と艦娘は、同じ素材、同じ構造を持った姉妹的存在だ。悪落ちがあり得るなら、逆もまた然りさ」いよいよもって必死の形相で暴れ回るヲ級、菩薩のような声の提督。夕張は地獄を見ている　#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「えっと、つまり、ヲ級正義堕ち実験、ですか？」「うむ、作戦本部からもゴーサインは出てる」部屋の隅で忠犬よろしく戦闘態勢の時雨は、万が一のときのためらしい。夕張は形の良い眉をへの字に曲げ、うーんと悩む。戦場で殺し合うときはいざ知らず、後味が悪い #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「やめましょうよ、そういうの」ぶずり。痛そうな音がした。見れば、ヲ級が安らかな寝顔で眠っている――頭骨を貫通したぶっとい注射針によって「な、な、なぁ！　何を」「すまん、時雨の目が笑ってなかったもんでな」見れば、涼しげな少女の微笑みは、目だけが笑っていない　#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「ぼくは、大丈夫だよ。夕張さんと、提督が、二人で秘密の作業に従事しててもだいじょうぶ」全然平気じゃなさそうだった。独占欲強かったんだ、この子、と震える夕張。既にヲ級のことはすっぱり割り切っていた。「そうね、うん、早く済ませちゃいましょう――って、え、提督？」　#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

提督は、ストレッチャーで次々とヲ級を運んでいた。何十匹いるかもわからない拘束された女体の群れ。なんだこれ。肉体の九〇パーセントを義体化した提督は、おびただしい量の薬剤と、彼女ら全員を放り込めそうな箱形の機材を運び込んでいる。「大型艦建造実験なんだよ、これ」　#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「正義の心に目覚めたヲ級は、我々の頼りになる仲間になるだろう……魔術的な洗脳で」さらっと問題発言をした「駄目じゃないですか、共産主義者の十八番じゃあるまいし。もっとソフトな表現が求められてますよ、たぶん」次々と薬液を脳に注入したヲ級を、機材の中に放り込んでいく。　#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

幸せそうな表情のヲ級が目一杯詰め込まれた機材。その動力に灯がともり、甲高い音を立てて融合が開始された。「――正義の勝利だ」「提督はどうかしてますね」夕張は限りなく温度の低い瞳で、目の前の人間を眺めた……人間？　むしろメカである。　#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「人の姿を見て、人類の定義について悩むのはやめてくれ」「はーい…自覚あったんですね」肩をすくめる提督の、複眼型センサーが手術台の光を反射する「人間の女にはモテなくなる」「…人格の問題じゃあ」時雨は優しい微笑みを浮かべ、夕張の背後を取った　#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「提督、お疲れ様」ヤバイ、思い詰めた瞳をしている。提督の何が、あの物静かな少女を変えてしまったんだろう。深い悲しみを覚え、夕張は保身混じりの帝をした。声がうわずる。怖い「きょ、今日はみんなでご飯食べましょう！」これは、とある鎮守府の愛と改造の物語である　#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

ジェル状のかさぶたで被弾箇所を塞ぐので、大破した艦艇はぶよぶよした緑色のゼリーに覆われています。艦艇修復のバケツは、自己再生機能を活性化させ、大量の分泌液でかさぶたを剥離させる効能があります。つまり――「グロい」「提督が使えっていったんじゃないですかー」 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「――とぉ、いうわけで！　大和が一体、深海棲艦になっちゃいました。艦娘のベースマテリアルは一応気密ですので、雪風たちで処理しましょ、しーれーいー！」童女めいた顔つきで、悪魔のような少女が笑う。雪風。クソッタレの侵略者どもの尖兵、艦娘システムをもたらした最初の一匹 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「…お前と違ってまともな娘だったんだぞ。それを」「あはは、司令だって野良犬でも絞めるみたいに殺すくせにぃ。雪風が思うにですね」雪風が笑う。無邪気に「提督はもっと公平になるべきです。あなたが提督に選ばれたのは、人でなしで、公平だからです。人種も民族も国家もない」#メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「死にかけの肉の塊を、艤装ユニットの余り物でつぎはぎしただけの死に損ないによくいう」「雪風は信じてますから。大和は素晴らしい同志でした。心の底から、民を守る存在になろうと自己を律し、象徴としての戦艦との同一化に成功していた。たゆまぬ努力の結晶です」 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「彼女の努力を無に返すのは、雪風の本意ではありません。あるべき祈り、あるべき形です。彼女は、その死によって永遠になるべきです」「それがお前の意思か」十代前半の少女の肢体。言葉では言い表せない、醜悪な異種の体細胞で出来たヒトモドキが微笑んだ「はい」 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「物語が必要なんですよ、司令。だれもが思い浮かべる物語が――死に絶えた七〇億人の歴史に代わる、普遍的な"艦娘の歴史"が。雪風では、駄目なんです。ヒトモドキが艦娘であるためには、深海棲艦になった大和は不要なんです」必要なのは偶像だ、と雪風はいう。だから引き受けた。 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

資料映像：南洋の海だった。波間に浮かぶ、大和級の戦闘体――要するに戦艦そのもののボディに、大きな虚が開いている。魚雷によって穿たれた大穴、ロケット砲を幾度も浴びてねじれた砲塔、機銃で蜂の巣状態の艦橋。船の血液、緑色の体液がだらだらと青い海へ垂れ流されていた。 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

黒鉄の船体は傷つき、壊れ、半ば水没しながら――まだ生きていた。どくどくと吐き出される粘度の高い体液に魚が群がる中、一際、大きな音を立てて艦橋が傾ぐ。甲高い歪んだ咆哮。まず、砲塔がはじけ飛んだ。緑色の地が、噴水のように空へまき散らされていく。 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

青い海、青い空。そう形容できたはずの光景は、今や色鮮やかな血の池地獄であった。大和の船体が音を立て、亀裂を深めていった。やがて装甲に開いた虚から、青鈍色の触手が這いずり出てくる。太い。直径四メートルはあろうかという肉の蔦だ。海面を叩くたび、魚が死んでいく #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

艦橋が内側から膨らみ、不格好なサナギのように丸い構造体を形成。装甲がはじけ飛び、青白い肉と人間の歯茎のような顎が出現する。船体上部の武装を飲み込むように、有機物で出来た皮膜が装甲を包んでいく。ついに全体が有機物で覆われると、艦橋部分の肉塊に亀裂が入った。赤い瞳 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

「あれが……ふうん、強そう」本州沿岸部、太平洋側、５００ｋｍ。接近する異形の深海棲艦が、大和だったことを知っているのは秘書の夕張だけだ。全身に雷撃兵装を身につけた畸形的火薬庫。その艦橋に一人座り込み、汚れ仕事に溜息をつく「ああなっちゃえば、ただの敵なのに」 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

提督：艦娘の初期チームによって収集され、加工されたホモ・サピエンスを元にした種族的軍人。原材料はあらゆる民族、階層、国軍から拾われているため、その認識、人格は極めて中立的である。脳組織の有機的結合体をライブラリとする。滅んだ種族のカリカチュア。 #メカ提督と夕張

灰鉄蝸（かいてっか） @Kaigoat

戦争のための戦争、共同体の消耗と回復、永続的闘争のための最適解。深海棲艦と艦娘の原型は、自らのコロニーを維持する法則として、第二次世界大戦前後の技術レベルを再現し続ける。進歩は必要ない。彼女らが破滅させた人類と共に、プロメテウスの火は葬られた　#メカ提督と夕張