フランス発の囲碁小説「居眠り名棋士」

フランスの囲碁機関紙で連載していた囲碁小説「居眠り名棋士」を公開しています。11月20日、総合法令出版から発売です。
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居眠り名棋士 @inemurimeikishi

(101)行き当たりばったりで置いていると思われた武蔵の着手が、ゆっくりと優勢に傾きはじめたのである。碁盤の模様が、抗いがたく達人の有利に働いた逆転劇となっていた。

2010-11-09 16:00:46
居眠り名棋士 @inemurimeikishi

(102)結局のところ、最後に武蔵を起こしたのは、比呂が降参したことを告げるためだった。名人が再び勝利をおさめた。武蔵は軽く笑みを浮かべ、再び寝入った。今度は数時間の深い眠りに……。

2010-11-09 17:01:05
居眠り名棋士 @inemurimeikishi

(103)屋敷の大広間でこの対局を観覧していた領主夫妻も他の者も皆立ち上がり、この英雄に拍手を送ることを長い時間止めなかった。当の本人にはこれがまったく聞こえていないのだが……。

2010-11-10 10:00:41
居眠り名棋士 @inemurimeikishi

(104)顔面蒼白の比呂は、無言のままそそくさとその場を去った。驚愕し呆然としたバツの悪い彼の新妻は、目をキョロキョロとさせながら動転した様子で、速走馬のごとく比呂の後に続いてその場を去った。極端に着飾った彼女の井出達は、単なる滑稽なあやつり人形にしか見えなかった。

2010-11-10 11:00:24
居眠り名棋士 @inemurimeikishi

(105)二人の笑い者は、屋敷はおろか、その地方でも二度と姿を見せることはなかった。風の便りによれば、比呂は再起不能なほどの不名誉に苛まれ、誰とも顔を合わすことがない辺境へ雲隠れしたようだ。

2010-11-10 12:00:48
居眠り名棋士 @inemurimeikishi

(106)何故なら、比呂は、居眠り名棋士に惨敗したという自分の汚名が永遠に嘲笑の種になることがわかっていたからだ。

2010-11-10 13:00:45
居眠り名棋士 @inemurimeikishi

(107)栄光や名声を奪い取ろうとした者が、そういう類にまったく執着しない者によって再び成敗されてしまう。我々が多かれ少なかれ備えている野心とどう向き合うかという心の隙間に、この話は一役買えないものだろうか。(おわり)

2010-11-10 14:00:57
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